第154話 男の目的
魔物たちと戦った場所で、俺とドラゴニルだけになる。だが、これといって話す事もなくずっと黙ったままである。そのドラゴニルの足元には、魔物を操っていた男が踏みつけられていた。
(さっきからだんまりだが、一体何のために俺だけを残らせたんだよ、こいつ……)
俺がじっとドラゴニルを見つめているが、ドラゴニルはまったく反応しない。
そして、ドラゴニルはずっと考え込んでいたかと思うと、急に足を上げて足元に転がる男を思い切り踏みつけた。
「うぐっ!」
うめき声をあげる男。すると、その顔が動いていた。
「はあはあ……。なぜだ、どうしてお前たちに復讐ができぬ……」
「復讐だと? 我はお前を知らんし、ランドルフにも恨みを買うような覚えはないのだがな」
男の言葉に反応するドラゴニル。
だが、俺はそれを素直に認める事はできなかった。ドラゴニルの普段の態度を見ていると、恨まれていない方が信じられないのだからな。そのくらいにはこいつはいろいろやらかしているんだよ。
それだというのにドラゴニルにはまったくその自覚がない。その認識のずれは時に問題を大きくしているようだった。
「アリスもどうしたのだ?」
「いえ、なんでもありません。とりあえず話の続きをなさって下さい」
ドラゴニルが俺を見て首を傾げるものだから、俺は頭を押さえながら話の続きを促した。やっぱりドラゴニルは首を傾げていた。
「まったく、よく分からんな。とりあえず、こいつにはここで洗いざらいを吐いてもらおうか」
「くっ、誰が話すかと……、いででででっ!」
強情に黙秘しようかと考えている魔物使いだが、ドラゴニルが踵に体重を乗せて背中を踏むものだから、魔物使いはすごく痛がっていた。踵が細くなっているので、相当に痛いのは想像に難くない。俺も思わず寒気に襲われた。
ところが、ドラゴニルは踏む力をまったく緩めようとしない。その度に魔物使いの体が反り上がっていく。
「話さぬと体に穴が開くやも知れんな。残念だが舌は噛めぬぞ? 我がそれを阻止しているからな」
そう言いながら今度は踵の動きに捻りが加わる。魔物使いはさらに声を上げていくが、ドラゴニルはまったく遠慮がない。見てる俺がやめさせたくなるくらいだよ。本当にこいつ遠慮がねえよな……。
もう拷問といってもいいくらいの状態なのだが、魔物使いの方もかなり強情でまったく口を割ろうとはしなかった。
そこで、ドラゴニルは次の手段に打って出た。
「魔王……」
その瞬間、魔物使いがぴくりと反応する。
わずかな反応ではあったものの、それをドラゴニルが見逃すわけはなかった。
「やはりな。フェイダン公爵家の起こりたるドラゴンたる我と魔物を滅する力を持つ者が同時存在する現在だ。魔王を崇拝する者が、復活の妨げとなる我らを排除するためにいろいろと裏で動いておるのだろう。当時の再現を阻止するためにな」
魔物使いはうめき声も出さなくなり、黙り込んでいる。
その様子を見ていた俺は、どういった状況なのか分からずに反応に困っている。
「簡単な話だ。魔物を操れるというのは、その王たる魔王に通ずる力だ。恐らく一族の末席で劣等感を持っていたランドルフに計画を持ち込んだのだろう。見ての通りの野心家だったから、奴は簡単にその誘いに乗ったのであろうな」
「となると、ここに魔物を集めていたのは……」
「おそらく、ここが魔王の封印の地なのだろう。封印されている魔王に力を与えるために、ここに魔物を集めてあの村をその生贄にしようとしたのだろう」
ドラゴニルがこう話すと、魔物使いの男の様子がおかしくなっていく。
「ふはははは、はーっはっはっはっはっ!」
急に狂ったかのように笑い始めた。
「何がおかしいのですか」
「そうだ、その通りだよ、ドラゴニル・フェイダン。よくそこにたどり着いたなぁっ!」
うつぶせに倒れた状態のまま、魔物使いの男は愉悦の表情を浮かべながら叫んでいる。
「お前たちを排除できなかったのは非常に残念だが、ここで魔物たちを討伐しまくってくれたのは感謝するぞ」
「なに?」
魔物使いの言葉に、つい眉をひそめるドラゴニル。その表情を見た男は、さらに気持ち悪く笑みを浮かべている。
「魔王様の復活には確かに生贄が必要だ。だが、それは人間である必要はないんだぜ。ひゃーっはっはっはっはっ!」
狂ったように笑い続ける魔物使いの男。
「我が主よ、最後に俺の命を捧げます。どうか、その力でもってこの世界を滅ぼして下さいませ!」
次の瞬間、男は口から血を吐いていた。
「ちっ、隠し持っていた短剣で自分の胸を突いたか。だが、死なれても困るからな。ふんぬ!」
ドラゴニルは何やら気合いを入れていた。すると、魔物使いの男の動きがぴたりと止まっていた。
「な、何をしたのですか?」
「なに、我らの時間を巻き戻したようにな、こやつの時間を止めてやったのだ。あまり長くはもたぬがな」
「こんな奴のためにそんな大それた力を使わないで下さい」
「何を言う。こうせねばこやつの命が引き金となって、魔王が復活せぬとも限らぬ。これは世界を守るためなのだ、とやかく言うな」
文句を言う俺を、その言葉で黙らせるドラゴニル。
そして、ドラゴニルは男を担ぎ上げると、俺と一緒に村へと戻っていったのだった。