第151話 公爵家の戦い
俺とジークが睨み合う。
ジークの表情は余裕を持ったものだが、俺の方はというと動けるようにするだけで精いっぱいといった感じだった。
「さて、ドラゴニルが気に入ったという少女の力、しっかり見せてもらいましょうかね。講義の時の力が、実力ってわけでもないでしょうに」
肩でトントンと剣を叩いているジーク。本当に余裕綽々といった感じの態度だ。
その姿を見て、俺の怒りはさらに高まっていく。
「さて、俺とどっこいどっこいまで強くなったお前の本気、見させてもらおうか」
ジークの挑発が続く。俺はしっかりと剣を構えて、ジークと対峙する。
「まさかそんな方だなんて思いもしませんでしたわ。ここでしっかりと決着をつけてあげます!」
「うん、そうこなくっちゃな」
ジークの顔がにやけている。
だが、俺はこの時、重大な事に気が付いていなかった。のちに分かる事とはいえ、頭に血が上り過ぎていたようだ。
とにかく今の俺はジークが許せない。みんなを危険な目に遭わせておきながら、そうやって笑ってられる根性がな!
「そうだ。本気で来い」
「うわああああっ!」
雄たけびのような声を上げる。もはや完全に頭に血が上っている俺は、自分が公爵令嬢だという事を忘れてしまっている。
剣を構えてジークへと突進していく俺。それをジークはまったく避けもしないで真っすぐ受けようとしている。
「舐めやがって……」
次の瞬間、剣と剣がぶつかる音が響き渡る。
歯を食いしばりながら剣を押し込む俺だが、ジークはまだまだ余裕がありそうだ。
「そうだ、それでいい。時間を稼ぐために、しっかりと楽しませてくれよ」
「てめえ……」
剣を払って距離を取り、再び突進する。だが、それもジークには軽くあしらわれる。
「感情が高ぶっているせいか、実に単調で分かりやすい攻撃だ。俺とお前を比べれば、おそらく自力ではお前の方が上なはずなんだがな」
再び斬りかかった俺の剣を受け止めるジーク。まだまだ余裕そうな表情が、俺の苛立ちをさらにかき立てる。
「若いゆえか、感情に飲まれやすい。それがお前の弱さだ」
「おぶっ!」
剣を払いのけ、ジークの肘が俺のみぞおちに入る。さすがの俺もこれには耐えられなかった。
「ぜえぜえ……」
「おっと、わりぃわりぃ。ついまともに入っちまったな」
苦しそうな顔をする俺を見ながら、ジークは悪びれるような感じではないが、一応悪い事をした意識はあるようだ。
しかし、この様子を見ている限り、ジークが俺を相手に遊んでいるようにしか見えない。この時の俺は実際そのように感じたからな。
「負ける……ものですか……」
「ふっ、立ち上がるか。いいぜ、もっと俺を楽しませてくれ」
俺とジークの戦いはまだまだ終わりそうになかった。
―――
その周りでは、魔物たちと学生たちの戦いが始まっていた。
魔物使いの魔法のせいでみんなの動きが悪くなっているが、それでもフリードとブレアの二人が健闘しており、今のところは被害が出ていない。
「まったく、酷いものですわね。ですが、この程度の魔法でわたくしの動きを封じられると思ったら、大間違いですわよ」
「そうですね。ドラゴニル様に鍛えられた私にしてみれば、このくらいの負荷はむしろ心地よいくらいです」
さっきまでジークを前に動けなくなっていたはずのフリードも、今ではどういうわけか軽快に動いている。
ブレアの方はドラゴンの力を解放しているので、アリスと同じようにあまり負荷を感じずに動いていられるようだった。
「しかし、わたくしたちだけではこの数の魔物の相手は厳しすぎますわ。まともに動けているのは、わたくしとフリード教官とアリスさんくらいですもの」
ちらりとアリスの方を見るブレア。アリスが戦う相手はジークだ。これまでの講義の中でも実力が競っているだけあって、この環境下ではどうしても気になってしまうのだ。
しかし、そのちらりとよそ見したところに魔物が襲い掛かってくる。
「しまった」
思わぬ攻撃を食らいそうになり、ブレアは剣を引いて庇うように自分の前に構える。
「おいおい、この我を忘れてもらっては困るぞ」
だが、魔物の攻撃はブレアに届く前に、大きな男によって殴り飛ばされて潰されていた。
「ドラゴニル様」
「ふぅ、最初こそ少し驚いたが、この程度で我を押さえようなど片腹痛いわ」
そう言いながら、ドラゴニルは両手の拳で魔物たちを殴り飛ばしていく。本当にただ者ではない。
「ふははははっ。それにしても魔物が多いというのはよい。気兼ねなく暴れられるからな」
目をぎらつかせながら周りを見るドラゴニル。
「貴族の中は堅苦しくてかなわん。そこな魔物ども、我のうっ憤晴らしに付き合うがよいぞ!」
ドラゴニルが叫ぶと、ブレアもフリードも呆れて思わず固まってしまった。
だが、こうしている間にも学生たちが魔物に襲われている。
「人の話を聞けい!」
ドラゴニルは学生たちに襲い掛かる魔物を殴り飛ばす。辺りの木を何本もなぎ倒しながら、魔物たちが吹き飛んでいく。
その光景には学生や騎士たちはもちろん、ローブの男や魔物たちも思わず固まってしまっていた。
「くっ、くそっ、雑魚は後回しだ。魔物ども、その男を全力で潰せ!」
ローブの男は叫ぶ。
だが、ドラゴニルはこれにも余裕の表情だ。
「さあ、いくらでも来い。我がまとめて相手にしてやろう」
ドラゴニルが本気を出した事で、何か流れが変わったような気がしたブレアたちだった。