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第147話 ブレイクディア

 俺たちがじっと見つめる目の前には、鹿のような魔物が立っていた。


「あれはブレイクディアです。あの巨大な角でぶつかって何でもかんでも破壊するのでそのように呼ばれています」


 ピエルたちはほーっという表情で説明を聞いている。確かに貴族の連中なら見た事も聞いた事もないだろうな。

 だが、俺だけは見覚えがある。

 ……間違いなく、翌年の魔物氾濫で出現した魔物のうちの1体だ。こいつ1体に、一体何人の自警団の村人が傷付けられただろうか。思い出すとなんともイライラしてくるものだな。

 しかし、俺が思い出したのが間違いだったらしい。

 突然、ブレイクディアが俺たちの方を見たのだ。気配は完全に消していたはずなのだが、気付かれてしまった。


「いけません、気付かれましたね」


 女性見習い騎士が焦った表情をしている。

 それも無理はない。まだ騎士として未熟な学生たちを引率しているのだ。こいつらに何かがあれば責任を問われかねないからな。

 だとしてもだ。多分、ブレイクディアが気が付いたのは俺のせいだ。ここは俺が責任を取るべきだろう。


「ごめんなさい。あれを倒してきます」


「えっ?」


 俺は一言だけ告げると、女性見習い騎士は混乱したような反応をしていた。

 俺はそれに構う事なく、ブレイクディアへ突っ込んでいく。


(仲間を呼ばれるというのなら、その前に倒すのみ!)


 剣を振りかぶってブレイクディアへ斬りかかる。

 仲間を呼ぼうとしていたブレイクディアは、驚いて後ろへと跳んで攻撃を躱す。

 だが、その程度の動き、この俺がついていけないとでも思ったか?


「だりゃあっ!」


 力強く踏み込んでブレイクディアに剣を真っすぐ向ける。


「ピギャーーッ!」


 剣が突き刺さり、ブレイクディアが悲鳴を上げる。そして、そのまま横倒しに倒れてしまった。

 ずしんという大きな音が響き渡り、その場に居る全員が大口を開けて静まり返っていた。見習い騎士の女性すらなので、俺の動きは彼女にも想像できなかったものなのだろうな。

 俺はブレイクディアから剣を引き抜くと、剣を素早く振って血を払う。


「す、すごいわ。さすがアリス様……」


 ようやく口を開いたかと思えば、非常に短い単純な褒め言葉だった。

 だが、まだ油断できるような状況ではない。見習い騎士の話によれば、魔物はお互いに呼び合う習性があるらしいからな。そうなると、さっきの断末魔を聞いて魔物が駆けつけてくる可能性がある。俺はしっかりと剣を握ったまま周囲に気を配る。

 ただ、さっきみたいな事があるので、なるべく殺気を出さないようにしながらだ。下手に引き寄せてしまうような事があれば、それだけでかなり危険だからな。

 剣を構えたまま、右左と視線を動かす。

 その時、がさりと音がする。


「そこです!」


 次の瞬間、俺は物音のした方へと飛び掛かっていく。

 ところが、いざ斬りかかろうとした俺は動きをぴたりと止める。


「いきなり斬りかかってくるとは、ずいぶんじゃないかな。アリス・フェイダン」


「ジーク教官?」


 俺の前に姿を現したのはジークだった。


「あの、どうしてこちらに?」


「いや、魔物の声が聞こえたからやって来ただけなんだが? そしたら、お前に剣を向けられたってわけだよ」


 ジークは驚いた表情をしてはいたが、実に落ち着いた声で事情を説明していた。


「そ、そうでしたか……。これは失礼しました」


 俺は慌てて剣を引っ込める。


「っと、それはブレイクディアか。こんなのがうろついているとは、あの村ってそんなに危険な場所なのか?」


 ジークが俺に聞いてくる。


「ええ、時々ですけれど、魔物が集団で襲ってくる事がありますね。直近ですと、数年前ってところですね」


「そうか……。なるほど、俺たちをここに行くようにした理由が、ようやく納得いったってもんだ」


 ジークは頭を掻きながらため息まじりに話している。うん、絶対納得してないな、これは。


「えっと、ジークさんでしたね。ここに来るまで他に魔物は見ませんでしたか?」


「いや、見てないぜ。それがどうかしたのか?」


「あっ、いえ……」


 口ごもる見習い騎士。一体どうしたというのだろうか。


「み、見てないならいいです。この辺りの魔物は敵を見かけると仲間を呼ぶ性質がありますので、近くに居なかったか気になったんですよ」


「そうか。でも、俺は見ていないぜ」


「分かりました」


 学生たちは安堵の表情を浮かべているが、この二人のやり取りに、俺はどうしても違和感を拭いきれなかった。しかし、どこに引っ掛かったのかは分からない。腕を組んで首を左右に倒すばかりだ。


「どうしたんだ、アリス・フェイダン。妙な行動をして」


 俺の仕草に気が付いたジークが声を掛けてくる。


「な、なんでもありませんよ」


 指摘された俺は取り繕いの言葉を返しておいた。


「そっか。だったら俺は戻るぜ。近くとはいえ待たせておくのは危険だからな」


「お一人で大丈夫なんですか?」


「これでも俺は王家の騎士だぜ? ブレイクディア程度ならなんてことはないさ。心配はありがたいが、そんなに俺はやわじゃねえぜ」


 ジークは力こぶを作って、強さをアピールしていた。その行動に俺はつい笑ってしまった。


「じゃあな。夜には各班から警邏の結果を報告してもらうから、しっかり見回ってくれよ」


「分かりました」


 そんなわけで簡単に言葉を交わすと、一人森へと姿を消すジークを見送ったのだった。

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