第143話 穏やかな時間
俺が振り返った先に居た人物、それは両親と村の幼馴染みたちだった。
「お父さん、お母さん、それとみんな?」
俺はただただ驚いていた。村に来たからそりゃあう事にはなるだろうなとは思っていたのだが、まさか初日から、しかも向こうから会いに来るとは思ってもみなかった。
俺がくるりとケイルの方を見れば、ケイルがにやりと笑っていた。これは今回の話を聞いた時から企んでいたものと思われる。くっ、なんて憎たらしい演出をしてくれたんだ。
「アリスか、すっかりきれいになって見違えたぞ」
「その格好かっこいいな」
「きれいだよ、アリスちゃん」
言う事が人それぞれ過ぎて、俺はどういった反応をしていいのか困惑してしまう。
これでも村に居た頃は、少ないながらにも近所の子たちとはよく遊んでいたから、こうやって知り合いが居るのだ。
ただ、男の頃とは違って、女性の知り合いが多いのが特徴的なんだがな。
「かっこいいのか、きれいなのか、はっきりしてほしいかなって」
俺は照れくさそうに頬を掻きながら反応する。その俺の態度を見て、親父たちはにこにこと笑っていた。うん、村は変わってないな。
俺が父親たちと楽しそうに話をする姿に、ケイルもほっとしたようだった。心配するならなぜ会わせたと突っ込みたいところだが、空気を読んでやめる俺。この雰囲気を台無しにするようなろくでなしじゃないからな。
「それじゃ、お父さん、お母さん。私はみんなのところに戻りますね。今の私は騎士学園の学生の一人ですから」
「分かった。しっかり頑張るんだぞ」
「無茶はしないでね」
両親の言葉に対して、俺はにこりと微笑んで返しておいた。言葉を交わしてたら、泣きつかれそうな気がしたからだ。
しかし、部屋を出て行こうとする俺に対して、ケイルが声を掛けてきた。
「本当にもう行くのか?」
「ええ。今の私は公爵令嬢で、騎士候補生です。時に私情は押し殺さないといけませんから」
そう言いながら、くるりと振り返る。
「でも、こうやってみんなに会わせてくれた事は感謝しますよ」
この上ない笑顔を見せる俺に、みんなも納得してくれたようだった。
詰め所の中の自分の部屋に戻る最中、みんなの姿を見て決意を新たにする。
守りたいものがあるからこそ、俺はもっとしっかり自分の力を扱えるようにならなければならないし、その力で魔物からみんなを守らなければならないと。
その表情は実に吹っ切れた清々しいものだった。
「ああ、アリスさん、お帰りなさいませ。どんな話でしたの?」
部屋に戻ると、ブレアが声を掛けてきた。どうやら俺一人だけが呼び出さたことが気になっていたようだった。
ブレアは俺とは交流が長くて姉妹みたいな関係だからだろう。
「ふふっ、故郷に戻ってきたからって、ケイルさんが気を利かせて下さったようですよ」
それに対して俺の方は笑顔で返しておく。変な顔をして困らせるわけにはいかないからな。
ブレアは本当に理解が早くて助かるものだ。俺の言葉だけで何があったのか全部わかってくれたようだ。
「それはよかったですわね。ケイルさんって雑なイメージがあったのですけれど、そんな気遣いができましたのね」
どうやらケイルに対するイメージは俺と変わらないようだ。ブレアの言葉に思わず笑ってしまう俺である。
すると、ブレアもつられて笑い出してしまった。同室であるセリスとソニアは顔を見合わせて訳が分からないといった表情をしている。そりゃまあ、ケイルの事を知らなきゃそんな顔になるよな。
「ケイルさんっていうのは、この村に駐屯しているフェイダン公爵家の騎士団の方ですわ」
「そうそう。そして、性格がちょっと適当でがさつなんです。だから、かなり意外過ぎましてね」
俺たちは笑いながら説明をしているが、二人はやっぱり首を捻っている。説明不足は仕方ないだろうけど、これ以上の説明もできないのでとりあえず保留だな。どうせすぐ分かるだろうし。
「とりあえず、ここまでの移動の疲れがありますので、今日はもうゆっくりしましょうか」
「そうですね。お風呂や食事に関しては村人たちが協力してくれるようですから、問題はなさそうですね」
「すごいな、村も全面協力なのか」
俺とブレアが話していると、ソニアが不思議に思ったのか、驚いた顔をしている。
「それはそうですわ。フェイダン公爵領内ですから、領主の命令があれば逆らえませんけれど、ここはアリスさんの出身地です。アリスさん絡みとなれば、村人たちは進んで協力をして下さいますのよ」
ブレアがはっきりしっかり言い切ってくれる。なんだか恥ずかしいな、これ。思わず顔を下に向けてもじもじとしてしまう。
見る事のない俺の姿に、ブレアたちは大盛り上がりである。余計恥ずかしくなるからやめてくれ。
「も、もう! 明日からは訓練が始まるのですから、今日はもうゆっくり休みましょうよ」
俺が恥ずかしがりながら大声で言うと、みんな笑いながらではあるものの同意してくれた。うう、やめてくれ。
その夜は疲れからか、みんなしてすぐにぐっすりと眠りについていた。この村が実習の地として選ばれた理由を知らないからだろう。
俺だけはすぐには寝付けなかった。何も知らないみんなを守り切ること、それだけを考えていたからだ。
(さて、いい加減に寝ないと明日に響くな。対策はまたその時にでも考えるか……)
こうして、俺もぐっすりと眠りについたのだった。