表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
142/175

第141話 出発を前に

 学園長室に集まった俺たちの間に、重苦しい空気が漂っている。誰も何も言えない状態なので、本当に重苦しいものだ。

 その空気をぶち破ったのは、やっぱりドラゴニルだった。


「お前たち、今回の野外実習の行き先は聞いたな?」


 ドラゴニルの問い掛けに、俺たちは無言で頷く。


「実は、今回の実習の場所としてその場所を選んだのは、訳があるのだよ」


 続けて学園長が口を開く。だが、その声色は重かった。

 その様子を見た俺は、学園長からドラゴニルの方へと視線を移す。俺から視線を向けられても、ドラゴニルにはまったく動じる様子はない。

 思わずごくりと息を飲んでしまう。


「実はな、村に駐屯させているケイルから連絡があった」


 ドラゴニルから静かに告げられた言葉で、俺はすぐにピンときてしまう。

 俺が男だった時にあった、魔物の襲撃の件だった。


「……魔物の数が増えているのですね?」


「ああ、そうだ」


 俺が躊躇しながら確認を取ると、ドラゴニルから間髪入れずに答えが返ってきた。やはり、16歳の時に発生した魔物氾濫が起きようとしているのだ。


「先程聞きましたが、その村はアリスさんの出身地なのですわよね?」


「そうだ。だからこそ、我も守らねばならぬというわけだ。運命の伴侶たる者に悲しい思いをさせるわけにはいかぬからな」


 ブレアの問い掛けにも、ドラゴニルは真剣な表情で答えている。この一件はドラゴニルにとっても重要だという事なのだろう。


「だったら、俺たちまで向かわせる理由ってのは何なのですか? ドラゴニル様の騎士たちだけで十分ではないのですか?」


 ドラゴニル相手なので、丁寧な言葉遣いで質問をぶつけるニール。この指摘は確かにもっともと言えよう。なにせ、領地内での話なのだ。規模次第ではあるが、ドラゴニルがここに来ている以上、外部に声を掛けるような状況ではないはずだ。俺も疑問視をしてしまう。

 すると、ドラゴニルは真面目な面持ちを崩さず、俺たちに説明してくる。


「幸い、まだ魔物の数が少ない。騎士になれば将来的には魔物の相手もする事があろう。だからこそ、今のうちに経験を積ませてやりたいというわけだ。それに、今のうちの減らしておけば、2年後の状況も変わるだろうしな」


 説明を終えると、俺の方を見てにかっと笑うドラゴニルだ。どうやら、俺が以前話した魔物の襲撃の事を覚えていたようだった。

 だが、ドラゴニルの表情とは対照的に、ブレアとニールの表情は重苦しかった。

 それもそうだろう。ブレアは一応魔物との戦闘経験はあるものの、去年の夏の野外実習くらいだ。俺の知る範囲では二人には魔物との交戦経験はないに等しかった。

 二人の中にはそういう意味での不安があるのだろう。


「何を重苦しい顔をしておるのだ。我と同じドラゴンの血を継ぐ者だぞ? 魔物の相手くらいでびびっておっては困るな」


 ドラゴニルが呆れ気味に反応している。こいつは相変わらず悩みらしい悩みがないな。

 俺が睨むような顔をしていると、それに気が付いたドラゴニルは得意げに笑っているだけだった。なんか殴りたくなるな。だが、今は真剣な話をしているので、それはとりあえず堪えておいた。


「とりあえずだ、今回の実習の場所は決まっておる。明日には出発だからしっかり備えておけ。ちなみにだが、我も同行するからな?」


「はあ?!」


 ドラゴニルがとんでもない事を言うものだから、俺は思わず変な声を出してしまった。


「当たり前だろうが。我の領地の話ぞ?」


 意外だったせいか、ドラゴニルが眉を歪めながら俺の事を見ている。なんか変な反応をしただろうか。


「コーレイン侯爵。これでは先が思いやられそうだぞ」


「ははははっ、あくまでも学園の教育の一環だけに、領主まで来るとは思わなかったのだろう。あまり責めてやるな、ドラゴニル」


「むぅ、コーレイン侯爵がそう言うのなら、そういう事にしておいてやろう」


 学園長に言われて、ドラゴニルは不満ながらにも納得したようだった。


「とりあえず伝えられる事はこれだけだ。本格的な魔物との戦闘が予想されるから、しっかりと備えておくのだぞ?」


「はい、分かりました」


 話が終わるとドラゴニルは学園長室から出て行く。その際に俺の肩にポンと手を置いて、珍しく笑顔を見せていた。俺を気遣ってくれたのだろうか。


「まったく、昔っから不器用な男だな、ドラゴニルは」


 ドラゴニルを見送った学園長がおかしそうに笑っている。そのくらいには珍しい姿だったのかもしれない。

 近くでずっと見てきたが、我が強すぎて他人を気遣うという事が確かに少なかった。だからこそ、笑う学園長の気持ちが理解できた。

 何とも言えない空気が漂う中、話が終わったという事で解散となったのだった。


 何にしても明日からはいよいよ2年生の締めとなる野外実習が始まる。

 目的地はフェイダン公爵領内にある俺の生まれ故郷の村だ。

 まだ男だった頃の俺が16歳の時に、魔物の襲撃によって大打撃を受けた村。あの時の事は、いまだ持って俺は引きずっていた。そのくらいに忘れられない出来事なのである。


(もう、あの時のような悲劇は繰り返さない。絶対に村を守ってみせるんだ)


 騎士の養成学園の野外実習に臨むにあたって、俺は心の中で強く決意を固めるのだった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ