第140話 2年目の暮れ
月日が経つのは早いもので、気が付けば2年目もあっという間に年末を迎えてしまっていた。
毎日訓練と座学の繰り返しなので、特に変化はなかった。俺自身、語る事がまったくと言っていいほどないからな。
ただ、毎日のように稽古をしていたおかげで、ようやくフリードとジークにもいい勝負を仕掛けられるようになった。何回かに1回は勝てるという状況だ。
それにしても、さすがはドラゴニルと一緒に居たという騎士だけあって、力をある程度操れるようになった俺たち相手でもしっかりと対処してくる。騎士学園の教師に選ばれた事に改めて納得したものだ。
さて、年末となれば恒例行事である野外実習だ。今回は一体どこが選ばれるのだろうか。はっきり言って楽しみでしかない。
野外実習の場所は最後の講義の時間に発表されるため、全員が最後の座学の授業を息を飲んで受けていた。
やがて、最後の座学の講義が終わる。そう、全員が待ちに待った野外実習の実施場所の発表である。
全員が自分の領地になれと言わんばかりに祈るような表情を見せている。騎士の活動を受け入れたとなれば、王国の貴族となればひとつの勲章みたいになるのである。
講義の終わった室内は、何とも言えない緊張感に満ちあふれていた。
そこで登場したのは副学園長だった。ナリザスが黙って何も言わなかったのでおかしいとは思っていたが、まさかの副学園長とはな。
なんとなく嫌な予感がする俺である。
教壇に立った副学園長は、手を2回叩く。その音に学生たちが一斉に視線を向ける。
「今回の野外実習の場所は、フェイダン公爵領だ。その外れの村に赴いてもらう」
副学園長の発表に、愕然とする学生たちである。夏の実習に続いてドラゴニル関係の場所だから、それは落ち込むのも無理はないだろう。
正直言って、この時点では俺もただ驚くだけだった。今回その場所が選ばれた理由に気が付くのは、後になってからだった。
「いや、驚きましたわね。まさかフェイダン公爵領だとは思いませんでしたわ」
講義室から出たブレアが、俺に驚きを持って話し掛けてきた。
「私も驚きましたよ。ただでさえ夏にはお父様の管理下にあったランドルフ領ですからね。さすがに1年で2回ともがフェイダン公爵家に関係したとなると、他の貴族が黙ってはいないでしょうね」
俺も正直びっくりしているので、ブレアにそんな風に返していた。
「それにしても、フェイダン公爵領の外れの村って……。アリスさんはこの村の事はご存じですの?」
ブレアが地図を手にしながら俺に話を聞いてくる。そのブレアが指差す場所を見て、俺はそこがどこか分かって急に声を出してしまう。
「あーっ、ここは!」
「な、何ですの、アリスさん。急に声を出すなんて驚いてしまいますわよ」
びっくりしたブレアが身を引きながら、引きつった表情で俺の事を見ている。
「あ……、ごめんなさい」
とりあえず謝っておく。
「それで、ここは一体どこなんですの?」
「ここは、私の出身の村ですよ。のどかな村なんですけれど、魔物が時々出没する地域なんです」
ブレアの質問に答えてそう話した瞬間、俺はふと思い出してしまった。
「あっ……」
「どうなさったのですか、アリスさん?」
短く言葉を発して動きを止めた俺を心配して、ブレアが瞬きをしながら顔を覗き込んでくる。
「あっ、いえ。な、なんでもありませんよ。あはははは……」
我に返った俺は、笑ってごまかしておく。とりあえず、余計な心配をかけるわけにはいかない。これを言ったところで誰が信じるというんだ。その気持ちがあるからこそ、俺はごまかしたのだ。
(そっか。今年の俺は14歳だな。ということは、村の魔物に襲われる惨劇まであと2年を切ったというわけか。ドラゴニルのやつ、その辺を考えて今回の実習の場所を学園に持ちかけたな?)
俺の中で妙な疑惑が浮かび上がった。だが、それはすぐに正しかったと証明される。
それというのも、俺とブレアがまとめて学園長室に呼ばれたからだ。
ブレアは首を傾げているものの、俺はため息を吐いて「やっぱりか」という気持ちで学園長室へと向かった。
学園長室に到着すると、もう一人のドラゴニルの関係者が揃っていた。
「よう、お前らも呼ばれたか」
そう、ニールである。
「あら、ニールさん。あなたも呼ばれましたのね」
「ああ、学園長から直々に話があると聞かされてな。そしたら、どういうわけかドラゴニル様もいらっしゃるんだ。よく分からん状況だぜ」
ニールが視線を向けた先には、確かにドラゴニルが立っていた。しかも腕組みをして俺たちを睨むようにして立っている。一体なんでそんなに機嫌が悪そうなのか分からない。
とりあえずドラゴニルの事は置いておいて、俺たちは学園長の前に立つ。
それにしても、学園長の表情がいつも以上に硬い気がする。いや、あまり付き合いがないので正確には言えたものじゃないがな。なんというか、雰囲気が硬い。
「よく来てくれたな、アリス・フェイダン、ブレア・クロウラー、ニール・ファフル」
おもむろに開かれた学園長の口。その重苦しい雰囲気に、学園長室内には一気に緊張が走ったのだった。