第138話 ドラゴニルと学園長
どのくらい経っただろうか、学園に久しぶりにドラゴニルが姿を見せた。
「まったく、貴族どもは面倒だ。この我に力が集まるのがそんなに嫌だというのか」
今は学園長室に居座り、学園長に愚痴をぶちまけている。付き合わされている学園長は困り顔ではあるものの、穏やかにドラゴニルの愚痴に対応している。
出された紅茶を一気に飲み干すドラゴニル。淹れたばかりでかなり熱いはずなのだが、ドラゴニルは気にする事なく、飲んだ後の反応もまったくなかった。
ドラゴンなのか、熱いのは平気なようである。……やはりこの男はおかしいようだ。
「ドラゴニル。お前さんのそういう性格が嫌われておるのではないのか?」
学園長が鋭く指摘する。
「我のどこが嫌われるというのだ。よく分からぬ事を申すでないぞ、コーレイン侯爵」
だが、ドラゴニルにその指摘は通じなかった。これには学園長も苦笑いをするのみである。
ドラゴニルは昔からこうなのだ。常に我が道を行くタイプであり、周りの話はあまりよく聞かないし、あまり気にもかけやしなかった。それがゆえに、幼少時から交友のあったコーレイン侯爵はかなり苦労させられた。
年齢的には自分の子ども以上に年の離れた相手で、ドラゴニルが自分の腰の高さくらいの背だった頃から知っている。
思えばその頃から、変わった少年だった。
10歳の頃には自領の騎士たちを相手にほぼ無敗。13歳で王国の騎士団に入団してそのまま大活躍。20歳でフェイダン公爵を引き継ぎ、領地に戻る。
13歳で騎士団に入団というだけでもよく分からないが、20歳で領地に戻るまでの間に上げた武勇伝も数知れず、まるでおとぎ話のように今も伝えられている。
学園長であるコーレイン侯爵は、そのほぼすべてに同行していた生き証人である。なにかとドラゴニルの事は可愛がってきたし、トラブルの仲裁も行ってきた。それがゆえに、ドラゴニルの頭が上がらない数少ない人物ではあるが、そんな学園長の前でもドラゴニルの態度は普段通りなのである。
それにしても、昔からの性格とはいえ、ドラゴニルの偉そうな態度というのはまったく改善しなかった。
いくら王族と枝分かれをした公爵家とはいえど、今代の当主たるドラゴニルの態度は他の貴族からはとにかく目の敵にされている。
それがゆえに、逆行前の女性時代には罠に嵌められて失脚してしまったのだ。そういう過去があるというのに、その時の反省が今のドラゴニルにはないのである。頭が痛くなる学園長である。
「それで、貴族どもの文句は鎮静化できたのか?」
「腰抜けどもを黙らせるなど、簡単だ。人が居ないとなると威勢がいいが、しょせんは腰抜けどもだ。ちょっと威圧しただけで黙りおったわ」
学園長の質問に答えるドラゴニルだが、顔は終始不機嫌なままである。
「まったく、この王国があるのは誰のおかげだと思っておるのだ。我がフェイダン公爵家と王家の間の盟約があるからなのだぞ」
「聞いた事があるな。我が家も歴史ある侯爵家だからな」
ドラゴニルのぼやきに、学園長が反応する。
「ドラゴンというのは実在する。実際にランドルフのやつが変身したのを見たであろう?」
「むぅ……」
もう1年も前にはなる話だが、学園長も鮮明に覚えている話だ。
もっとも、学園長室が吹き飛んだ時点で気絶していたのだが……。
「我にはドラゴンの血と王家の血が流れている。その血のさだめによって、王家に逆らう事はない。むしろ、王家の障害となるものを排除するように働くのだ」
ドラゴニルは学園長室の中を歩きながら、窓際の方へと移動していく。そして、窓際に立つと学園長への方へと振り返る。
「ランドルフは人間の血の方が濃くなった傍流も傍流、末席も末席よ。それがゆえに欲にまみれてあのような暴挙に出たのだがな……」
再び窓の外を見て、遠い目になるドラゴニル。
「まったく、我も忘れるくらいに末席だったがゆえに、あのような悲劇になった事は残念だったな」
この言葉を最後に、しばらく沈黙に包まれる学園長室内。
だが、その沈黙は破られる。
「話題を変えるが、お前はずいぶんとあのアリスという少女に入れ込んでいるな」
学園長がドラゴニルに質問をぶつけていた。
気になるのも無理はない。事あるごとにアリスの名前を出して様子を見に来ているのだから。
「ふん、我の運命の相手だ。気になるのも無理はなかろう」
「……なるほどな」
あまりににこやかなドラゴニルの顔に、学園長は黙ってしまう。
「だがな、最近はその運命の相手という考えが確信に変わってきたのだよ」
「ほほぉ、それはどういう事かな?」
「アリスの持つ力だ」
ドラゴニルの発言が気になって学園長が聞くと、ドラゴニルからしっかりとした反応が返ってくる。
「アリスの力……とな?」
学園長はよく分からないという感じで首を傾げている。
「うむ。この間、ちょっと突いてみたのだが、その時にはっきりしたのだよ」
ドラゴニルは学園長に近付いていく。
「コーレイン侯爵は我の師匠ゆえに信用して話そう。だが、他言無用ぞ?」
「お前がそういうのなら、約束しよう」
ドラゴニルの真剣な表情に気圧され、学園長はおとなしく頷く。
学園長のその様子を確認したドラゴニルは、その口から衝撃的な事を話し始めたのだった。