第137話 体を動かすのが好きなんだ
ようやく野外実習が終わる。
それに伴って、俺も領地から学園に戻る事となった。
今回の実習は特に問題もなく終わったので、ようやくフリードたち教師陣は安心したような表情をしていた。
去年の夏はスライムの群れが湖から湧いてきたし、冬は冬でその事後処理の真っ只中で忙しかったから、王都の騎士団に任せるような形になってたものな。ようやく自分たちでまともに最後まで終わらせられたのだから、その気持ちは分からなくはない。
トラブルとはいっても、ドラゴニルが興奮して降らせた大雨くらいだったしな。うん、特に何もなかったな。
というわけで、俺はサウラやレサたちに挨拶をして、ブレアたちと一緒に学園まで歩いて帰る運びとなった。
学園に戻ってくると、各々寮へと戻っていく。
実習が終われば10日間ほどの自由が待っているために、ランドルフ領から学園までの徒歩移動に疲れたせいか、さっさと休もうとする学生ばかりだった。こういうところはまだまだ貴族の子どもといった感じだ。
そんな中俺は、ブレアたちと一緒にまずは寮の部屋に荷物を置きに行く。
「さて、アリスさん、どうされますか?」
荷物を置いたところで、ブレアが俺に質問をぶつけてきた。
「どうするって、どういう意味ですか?」
あえて尋ね返す俺。
「じっとしているのは性に合いませんでしょう?」
いや、なんでそういう話になるんだ?
確かに、俺は体を動かしているのが好きだが、それはどっちかといったらブレアの方だろう。俺はそこまで脳筋じゃねえ。
……といいたいところだけど、実は結構勉強に時間を費やされたせいで体を動かして仕方がない。俺はおとなしくブレアの誘いに乗る事にしたのだった。
学園の訓練場に出てくると、やっぱり予想通りの人物がそこに立っていた。
「よう、お前たちもじっとしていられないたちか」
ニールだった。これだからドラゴンの血族っていうのは……。
顔にも態度にも出さないが、俺は心底呆れ返っている。本当にぶれねえ連中だよ。
ちなみに俺の後ろにはセリスとソニアが居るし、ニールの後ろにもピエルとマクスが居る。結局いつもの面々が勢ぞろいしていた。
「結局揃いますのね」
「ああ、別に誘ったわけじゃないんだがな。そこでばったり顔を合わせたんでやって来たってわけだ」
なるほどな。
入学のタイミングが異なると寮の部屋は異なってしまう。学生たちの間の交流は同室でもなければ、それほど活発というわけではない。なので、わざわざ部屋に出向いて誘ったとは考えにくい。
そういう諸々の事情から、ニールの言い分は十分に説得力があるのである。
そして、集まった俺たちがやる事はひとつだった。
「そこ、剣の振りが甘い!」
「はいっ!」
「力任せに振りすぎですわよ」
「うう、難しいわ」
俺たちはセリスたち相手に剣の稽古を始めていた。先日のルイスの指導があったおかげか、冷静にセリスたちの剣を見て指摘が行えている。
楽しそうに剣を交えている俺たちを見ている他の学生たちは、実に不愉快な表情を俺たちに向けていた。
「うげっ、あいつらまたやってるよ」
「本当に飽きない連中だな」
「ただの戦闘狂じゃねえのか、あいつら」
口々に悪口を言っている。悪いが、全部聞こえてるんだよな。俺とブレアとニールにはな……。
そんな最中、ニールが動きを止める。
「悪い。この二人を任せたぞ」
「分かりました」
ニールが急に声を掛けてきたので、俺たちはそれを了承する。なぜそうしたのかが分かっているからだ。
だが、ピエルとマクスの二人は状況がよく分からないのか首を捻るばかりである。
「すぐに戻ってきますよ。その間は私がお相手をしてあげますから」
俺が剣を構えると、二人もすかさず剣を構えていた。まあ、十分なさっきを放っておいたから、俺に意識を向けざるを得ないってわけだ。このくらいなら感じ取れるようにはなってるんだな。
「さあ、来なさい」
「分かりました!」
とりあえず、俺対ピエルとマクスという戦いが始まったのだった。
さて、一人離れたニールはというと、さっき悪口を言っていた学生たちのところに居た。
「おい」
声を掛けるニール。
「なんだよ」
声に振り返った学生たちは、声の主の姿を見て思わず腰を抜かしていた。
「ふん、その程度のくせに、俺たちの悪口を言っていたのか。大した度胸だな」
ニールが睨みつけると、学生たちは黙り込んでしまってまったく反応できずにいた。
「そのような腑抜けたちは要らない。騎士という地位に座するというのなら、それなりの心身を持ち合わせる事だな。そのままであるなら、騎士というよりただの雑兵だ」
ニールがひと睨みすると、学生たちは睨み返す事もできないくらいに怯み上がり、言葉も失っていた。
そして、そのまま無言で俺たちのところまで戻ってきたのだった。
―――
学生らしく学園での生活を満喫する俺たち。
だが、その裏では、様々な思惑がうごめき始めていた。
着実のその時が近付いてきているというのに、俺は不覚にも、この時はその事をすっかり忘れてしまっていたのだった。