第136話 特殊な立ち位置
「ふぅ、やっぱり体を動かすというのはいいものですね」
その日の夜、俺はさっぱりとした状態で、寝間着になってベッドの上で転がっている。
このランドルフ邸の中に入れば、俺は暫定ながらも領主という立場になる。そのためにこのように貴族らしい服装を着させられるのだ。とはいっても、領主としての服装ではなく、令嬢としての服装なのでかなり飾り気が多い。まあ、まだ14歳だからな、俺は。
それにしても、泥だらけで戻った時のレサの剣幕はすごかった。俺が本気でビビるくらいに睨まれたもんな。
いや、騎士としての授業に出ていたわけだし、ドラゴニルのせいで地面はぬかるみばかりだし、泥だらけになるのは仕方ないじゃないか。
しかし、レサには説教を延々とされてしまった。事情を説明しようとしても言わせてもらえずに、問答無用で風呂に放り込まれた。うーん、俺だけどうも扱いが違ってるぞ。
でも、そのレサのおかげで、今の俺は今にも寝てしまいそうなくらいにリラックスしていた。あれだけ動いた後なのに、これといった疲労感はない。
とはいえども、今すぐ眠る気にはなれなかった。今するのは今日の反省だ。
今日のルイスとの打ち合いでは、思ったように魔物を滅する力が発動しなかった。足元がぬかるんでそっちに気を取られたせいもあるだろうけど、さすがにこればかりは消化不良だった。
つい声に出ちまったが、やっぱりそもそも騎士を目指していた俺にとっては、体を思い切り動かすというのが性に合っていると思う。男の頃はしがない村人で、騎士になった後はひたすら血みどろに戦っていたからな。
それは女となった今でもあまり変わっていないと再認識してしまった。
(まあ、明日も早いですし、もう寝ちゃいましょう……)
そう思った俺は、すっと意識がまどろみの中へと落ちていった。
翌日もいい天気だった。
よく眠れたせいか目覚めはとてもいい。
レサがやって来るまでに目が覚めて、ベッドから抜け出すと窓を開けて外を見る。
陽の光が眩しくキラキラと輝いている。地面に目を向ければ、昨日よりはだいぶ地面も乾いてきているようだった。ドラゴニルの置き土産もかなり減ってきているというわけだ。この分なら、俺が野外実習に出る午後にはいい感じに乾いてそうだな。そんな淡い期待を抱きながら、俺はまずは顔を洗うために水場に向かったのだった。
今日も経営の話ばかりで、俺はずっと唸りっぱなしだった。難しすぎるんだよな、経営っていうのは。
とはいえ、ランドルフ領という領地を持ってしまったからには、どうしても避けられない話だ。俺は必死に授業に食いついていた。
だが、やっぱり生来勉強というものになじみが薄かっただけに、この5年間の生活だけでそうそう変わるものではなかった。
お昼を前に勉強が終わった頃の俺は、今までとは難易度の違う話について行くのが精一杯で、燃え尽きたかのように机に突っ伏していた。
「お疲れ様です、アリスお嬢様」
「お、お疲れ様、です……、サウラ先生……」
もう魂が抜けたかのような元気のない返事である。
昨日も思ったが、サウラは驚くくらいに経営の事にも詳しかった。
「ドラゴニル様はあんな感じですからね。経理などは私たち使用人たちが担っておりましたので、私もここまで詳しくなったのですよ」
「な、なるほど……」
今回も言われっぱなしのドラゴニルだった。
ドラゴニルはどうも戦い以外の事にはからっきしのようだった。さすが脳筋だな……。
「とはいえ、交渉においてはドラゴニル様の右に出る者はそうそうおりません。あれでも相手の心を的確に見抜きますので、謀略、策略の類が通じないのですよ」
「へ、へえ……」
やや燃え尽きている俺には、サウラの話に対してろくな返事もできなかった。
「アリスお嬢様も、少しくらいドラゴニル様を見習える部分は見習って下さい。今の姿はとても余所の方には見せられませんから」
「あう……」
机に突っ伏す俺に追い打ちをかけるサウラだった。
さすがに痛いところを突かれたな……。文句の一つも言いたいが、そういう事もできない状態だ。なので、俺はサウラのお小言を一方的に浴びせられたのだった。
俺は気を取り直して、午後の野外活動へと顔を出す。
勉強で凹んだ気持ちを体を動かして吹き飛ばそうと、一層気合いが入っていた。
目の前にはセリスにソニア、ピエルにマクスというよく行動を一緒にしていた四人も集められていた。
「アリスさん、お体はもう大丈夫なんですか?」
セリスを筆頭に、四人から心配の声が掛けられる。どうやら、俺たちが風邪を引いた話が伝わっていたようだ。
「ご心配なく。もう全快しましたから」
俺はにこりと微笑んでおく。その表情に、セリスたちはほっとした表情を浮かべていた。
少し遅れて、ブレアとニールもやって来る。
「あら、みなさんもおそろいでしたのね」
「ああ、今回は私が呼んでおいた。教える側の経験を積んでおくのもいいだろうと思ってな。ちゃんといいところ悪いところも教えて改善させてこそ、指導というものなんだからな?」
ルイスに痛いところを突かれる俺たち。ニールまで苦笑いしているのだから、どうやら彼も意識していなかったようだった。
そんなわけで、ルイスの見守られながらの戦闘指導が始まる。
それにしても、技術指導がこれほどまでに難しいとは思わなかった。何度となくルイスから説明の付け足しをされてたからな。
午後の活動が終わる頃には、頭の使い過ぎで俺たちが撃沈してしまったのだった。
はあ、情けない限りだぜ……。
でも、セリスたちが「ありがとうございます」って言ってくれたので、幾分気持ちが楽になって引き上げる事ができたのだった。