第133話 いつまでも寝てられない
1日の間ずっとベッドで横になっていた俺は、翌日にはしっかりと回復していた。
フェイダン公爵家の専属の医者にもしっかり見てもらったが、熱も咳もなく完全回復である。無事に動く許可が出たのだった。
「やっと体が動かせます!」
ベッドの上で大きく伸びをして全身で喜ぶ俺。その姿にレサはくすくすと笑っていた。
「何ですか、レサ。何がそんなにおかしいんですか……」
俺が膨れっ面にジト目という顔でじっと見ると、レサはすーっと横に視線をずらしていた。こっち見ろよ。
「ま、まあ、アリスお嬢様。汗を流してお召し物を変えましょうね」
あっ、ごまかしたな。
俺はため息を吐いて、レサの言葉に従う事にした。今は野外実習中ではあるものの、俺だけはドラゴニルが無理やり予定を変更させている。なので、俺は令嬢の生活に戻っているというわけだ。そうしないと、公爵夫人の務めに影響があるとかどうとか説得したらしい。主にサウラが……。
というわけで、俺は軽く汗を流すために風呂に入り、ドレスに着替えさせられた。コルセットがきついったらありゃしねえぜ。こればかりは何度やっても慣れないもんだ。
しかし、着替えたからといって休めるわけがない。すぐさま食事を取って、サウラを含めた家庭教師陣たちによる指導が始まった。
外の大雨が止む気配はなく、昨日1日寝込んでいた事もあってか、今日は一日中ずっと室内で勉強をさせられていた。
公爵家に来てから勉強はほぼ毎日ようにしてきた事はあったものの、さすがに丸一日というのは初めてなのでかなり疲れてしまった。ああ、体動かしてえよ……。
さすがの俺も、夜の食事が喉を通りづらくなるくらいに疲れ果ててしまっていた。
(そういえば、踵の高い靴になっていたな。正直不安定でやりにくいかなと思ってたが、まったく問題なく過ごしてたぞ。予想外だったな)
食事をどうにか食べながら、俺はそんな事を思っていた。
そう、この野外実習に来てからというもの、ドレスを着ている時は踵が少し高めの靴を履かされていたのだ。
騎士の靴もそこはそこそこ厚くて大体指2本分より低いくらいだったんだが、今履いている靴はさらに1本分は踵が高い。大体倍くらいの高さだ。
しかし、騎士を目指しているという事もあってか、バランス感覚というものは鍛えてきていた。そのおかげか少々踵が高くなっても問題なかったようだ。
食事を終えた俺は部屋に戻ってソファーに座り込む。
他の学生が雑魚寝をしている中、俺だけがこんなぬくぬくとした生活をしていいのだろうかと、ついつい考え込んでしまう。
「アリスお嬢様は事情が特別ですからね。きっとみなさんも納得して下さいますよ」
一人で悶々としていると、飲み物を持ってやってきたレサがそう言いながら紅茶を淹れていた。
「そうでしょうか」
俺はレサに疑問を投げかける。
「そうですよ。ね、お二人とも」
レサが扉の外に向かって声を掛けるので、俺もつい扉の外に目を向けてしまう。
扉の陰から姿を見せたのは、ブレアとニールの二人だった。どうやら二人も風邪からすっかり回復しているようだ。
「ブレアさん、ニールさん。お二人ももう体調はよろしいのですか?」
姿を現した二人に、俺はにこりと微笑みながら声を掛ける。すると、二人揃ってどうにもよそよそしい態度だった。
思わず首を傾げてしまう俺だったが、二人はまったく言葉を発しようとしなかった。
っと、二人の服装は学園の制服か。野外実習中だから仕方はないとはいえ、そう思えばやっぱり二人は真面目だな。
「はい、アリスさん。もうすっかり良くなりましたわ」
「さすがにドラゴニル様に近い傍流の一族の俺たちが、いつまでも風邪ごときで寝ているわけにはいかないからな。ただ、回復に1日掛かったのは予想外だった」
普段通りのブレアと、実に悔しそうなミールの顔を見て、安心してしまったのか俺は笑顔をこぼしてしまったようだ。二人揃って俺の顔を見て驚いているのだから、俺は自分の顔をついぺたぺたと確認してしまった。
落ち着いた俺は、手を前で組んで気を取り直して少し首を傾けて微笑んだ。
「はあ、やはりアリスさんは素晴らしいですわ」
「あ、アリス。そういう顔はやめろ。俺の前では絶対するなよ?」
俺の表情を見て、ブレアはうっとりとして頬に手を当て、ニールは俺を指差しながら動揺したように文句を言っていた。
実に対照的な二人の反応だ。
その俺たちの様子を見ながら、レサはくすくすと笑っていた。
「な、な、何がおかしいんだ!」
「いえ、ニール様って気難しい方だと思っていましたから、そんな素直な反応が新鮮でしてね」
「な、なんだと?!」
からかうようなレサの言葉に、ニールの動揺はさらに強くなっていた。
その様子がおかしくて、俺とブレアはつい揃って大笑いをしてしまう。俺たちの反応に、ニールは顔を真っ赤にして怒っている。
何にしてもとりあえず無事に揃って風邪から回復したみたいなので、これで明日から訓練がいつも通りに行えそうだった。
あとは降り続く雨さえ上がってくれればいいわけだが……。
俺はそう思いながら、閉じられた窓の方へと視線を向けたのだった。