第132話 当然の結果
「くしゅん!」
翌日のことだった。
俺はものの見事に風邪を引いていた。
ちなみにだが俺だけではない。あの時同じ場所に居たブレアとニールも見事に風邪を引いていた。
ところがだ、同じ場所に居たもう一人、ルイスだけはぴんぴんと元気にしていた。熱がある様子もない。これが騎士というものなのか?
「うう、鼻水が止まらない……。ルイスはどうして平気なのですか……」
ベッドで寝込む俺は、見舞いにやって来たルイスに質問をぶつける。すると返ってきた答えは、
「鍛えておりますから」
という実に単純なものだった。鍛えているからとはいっても、正直どうにかなるような雨だったようには思えないんだがな。
ちなみにその雨だが、いまだに降り続けている。学生たちは屋外には出さずに、屋敷内での座学に振り替えられていた。野外実習なら雨の中でも続行といいたいところだが、初体験をさせるには雨の勢いが強すぎたのである。フリードたちとしても苦渋の決断だったようだ。
それにしても、どうして突然、あんなに強い雨が降り始めたのだろうか。
ベッドの中でゆっくりしながら、俺はあの時の事をじっくり思い出そうとしていた。
「ああ、雨でしたら、ドラゴニル様のせいですよ」
そう言いながら部屋に入ってきたのは、学園に入るまで家庭教師をしてくれていたサウラだった。後ろにはレサも居る。
「二人とも、どうしてこちらに? げほっ、ごほっ……」
急に動いたものだから、思い切りむせてしまった。そうだよ、俺は今風邪を引いていたんだった。
「アリス様はご存じないかも知れませんが、ドラゴンの一族の中には、感情が高ぶると天候を急変させてしまう方がいらっしゃるのです」
「ドラゴニル様は特に力がお強いですから、今回のように嵐を引き寄せてしまう事もあるんです。普段は抑えているので滅多に起きるわけではないですけれど」
サウラは淡々とした表情で、レサの方は苦笑いをしながら話をしてくれている。
まぁなんというか、自分のところの使用人までこう言われてしまうとは。ドラゴニルって感じがして、不思議と納得してしまう。
それにしても、感情が天候に影響するか……。これはブレアたちにもあったりするのだろうか。非常に興味がある話だな。
「げほっげほっ!」
っといけない。今の俺は風邪を引いているんだった。突然の咳に、サウラもレサも慌ててしまっていた。これはやっちまったな……。
「レサ、何か消化のいいものを作ってもらってきて下さい。さすがにアリス様に何かがあれば、ドラゴニル様が大暴れしますから」
「しょ、承知致しました。すぐに用意して参ります」
大慌てで出て行くレサ。扉の付近で派手にずっこけていたので、かなり動揺しているのだろう。レサらしからぬ失態だった。
「アリスお嬢様、とにかく今はゆっくり休んでいて下さい。私はブレア様とニール様の様子も見て参りますので」
「わ、分かりました……」
俺はおとなしく返事をして、布団を深くかぶっておとなしくする事にした。
しばらく横になっていると、再び扉が開く。
レサが戻ってきたのかと思って顔を向けると、そこに居た予想外の人物に俺は思わず体を起こしてしまう。
「お、父……様?!」
ところが、急に体を起こした事で、めまいを起こしてしまう。再びベッドにこてんと横になってしまう俺。ドラゴニルにその失態を見せた俺は、風邪で元々赤い顔がさらに赤くなった気がした。
「風邪とは情けない限りだが、ブレアとニールも寝込んでいるのなら、あまり強くは言えんな。だが、この程度で風邪を引くなど未熟な証拠だぞ」
「わ、私をドラゴンの血族と一緒にしないで、くれません?!」
ドラゴニルの言い分に精一杯反発してみせる。
それにしても、風邪のせいでおとなしくなっているせいか、自然と女の口調で喋っちまってるな……。まあいいや、いつ誰が来るともしれないからな。
「わっはっはっはっ、そうだったな。ただの人間だったな。すまんすまん、忘れておったわ」
すると、謝罪っぽく感じさせながらもただの悪口のような言葉が返ってきた。まったく、女だった時に敵を作りまくったのがよく理解できるぜ。人の神経を逆なでし過ぎだ、こいつは。
風邪で調子は悪いものの、さすがにこのドラゴニルの態度にはジト目を送っておかないと気が済まない。だが、そんな目を向けられてもドラゴニルは大口を開けて笑っていた。
「アリスお嬢様、おかゆをお持ち致しました」
その微妙な空気のところにレサが戻ってきた。
「ドラゴニル様、いらしていたのですか」
「うむ、娘の心配をせぬ父親など居ると思うか?」
「ドラゴニル様でしたら、さほど家と存じますが?」
「がーっはっはっはっ!」
レサに言い返されると笑ってごまかすドラゴニル。認めるのかよ……。
「さて、レサが居るのならアリスは任せようか。ブレアとニールにも気合いを入れてやらんとな。傍流とはいえドラゴンの血族。風邪ごときでいつまでも寝込むようなら、困ったものだからな」
ドラゴニルはそう言って、ブレアたちの休む部屋へと向かっていった。
「まったく、みなさんがドラゴニル様と同じだと思わないで下さいませ」
レサがお小言を漏らすが、はたしてドラゴニルに聞こえたかどうだか……。
ドラゴニルが出て行った後、レサは思い切りため息を吐く。そして、気を取り直して俺におかゆを食べさせていた。
この年になって人に食べさせてもらうのは恥ずかしかったが、たまにはこういうのも悪くないなと思う俺だった。