第131話 ドラゴニルの確信
空が急激に曇り、風が出てきた。
急な嵐の様相に、学生たちが混乱をしている。この風では宿泊に使っている小屋では耐えられそうにない。フリードたちはやむなく学生たちをランドルフ邸に避難させ始めた。
(まったく、何が起きているというのですか……)
学生の指導に打ち込んでいた上にあまりに急なできごとだったので、フリードたちも状況を把握しきれていないようだった。
しかし、状況が切迫しているために、教師たちは学生の避難に全力を尽くしていた。
外野が戸惑う中、俺とドラゴニルはまだ睨み合っている。
「さあ、受けてみろ!」
準備が整ったのか、ドラゴニルが改めて宣言してくる。迎え撃つ俺の体にも力が入る。思わぬ力が発揮されていて体が軽いとはいえ、ドラゴニルの一撃は想像がつかない。こんな状態でも無事に攻撃に対応できるのか不安になってくる。
俺が引き締めた瞬間、ドラゴニルが動いた。
(速えっ!)
まさに一瞬だった。
ドラゴニルが動いたかと思った次の瞬間、高い金属の響き渡る。それと同時に雷が落ちた。
直後からぽつぽつと雨が降り始め、あっという間に大降りの雨になる。すべての音がかき消されるような雨の中、俺やドラゴニルはもちろん、ブレアやニール、それとルイスもまったく動けずにいた。
「ふん、まさか剣が折れるとはな。しょせんはなまくらか……」
折れた剣を眺めながら、ドラゴニルは文句を言っている。しかし、大降りの雨のせいでその声はよく聞こえない。
ちなみにだが、俺の持つ剣とぶつかり合い、根元からポッキリと折れてしまった剣。その剣先はかなり離れた場所に落ちていた。
「はぁはぁ……」
平然と立つドラゴニルとは対照的に、俺の方は折れた剣を構えたまま、激しく肩で息をしていた。思わぬ形で力を発揮したせいか、体が耐えきれていなかったようなのだ。
次の瞬間、俺は膝を地面につく。
「アリスさん?!」
ブレアの目には俺の姿が見えたのか、大声を出すとバシャバシャと音を立てながら俺に駆け寄ってきた。
そして、駆け寄ってきたブレアに抱え上げられて立ち上がる。
「ちょっと刺激したらその力が出たのは褒めてやれるところだが、扱い切れねば意味はないな」
歩きながら俺の横へやって来たドラゴニルは、耳にしっかりと聞こえるように話し掛けてくる。
「いつでもその力が扱えるように、精進するのだな」
そう言いながら、ドラゴニルは屋敷の中へと姿を消していった。
「ちょっと、ドラゴニル様! ……ニールさん! ルイスさん!」
ドラゴニルを呼び止めようとするも、足早に姿を消してしまう。仕方ないので、ブレアはニールとルイスを呼びつける。
「早く戻ってお風呂に入りませんと風邪を引いてしまいますわ。雨に濡れたドレスは重いですから、アリスさんを運ぶのを手伝って下さいませ」
「わ、分かった」
「畏まりました。……今回ばかりは仕方ありませんね」
ブレアの声に、ニールとルイスは顔を背けながらもやむを得ない感じだった。
この時の俺は悔しさで泣いていた事もあったので、気が付いていなかった。実は雨でびしょ濡れになったドレスが、思わぬ事態になっていたらしい。後でブレアから聞かされた時は、思わず赤面して言葉を失ったものだった。
ドラゴニル、覚えておけよ。絶対にいつかぎゃふんって言わせてやるからな……。
どうにかお風呂で温まってベッドで横になる俺は、今日の事を思い出しながら強く心の中で決意したのだった。
―――
その頃のドラゴニルは、ランドルフ邸の執務室で仕事をしていた。
ドラゴニルも雨でびしょ濡れになったというのに、すでに服などは完全に乾き切っており、実に平気そうな顔で淡々と執務をこなしていた。
(ふん、あの感じは懐かしいな……)
そうかと思えば、急にさっきの事を思い出してニヤついていた。
(我の中のドラゴンの記憶が騒いでおるわ。やはりアリスこそ、我が運命の相手に相違ないな)
ぴたりとドラゴニルの手が止まる。
(思えば、回帰前の最後に戦った時から、妙に懐かしい感じがしたのだ。しかし、なぜあの力があのような場所に宿る事になったのか、それだけはまったく分からぬな)
ドラゴニルはそこから、男だった頃のアリス、つまりは回帰前の騎士アルスの事を思い出していた。純粋なるフェイダンの血筋である自分と、唯一互角に渡り合った人物である。
(今回ぶつかり合ってみて分かった。我が一族の始祖が惚れ込んだ者が持つ力、アリスはそれを持っている)
なんという事だろうか。
ドラゴニルが推測するに、アリスの中に眠っている力はフェイダン公爵家の始祖が惚れ込んだ相手、つまりはドラゴンと結ばれた王女と同じ力だというのだ。
これに確信めいた気持ちを抱えているので、ドラゴニルが珍しくにやけているというわけなのだ。
(だが、さすがに今日は無理をさせたな。だが、来年卒業をするまでにはしっかりとものにしてもらわねばな……)
気持ちを整理できたのか、ドラゴニルは表情に険しさを戻すと執務を再開させる。だが、その動きはいつもに比べて軽やかだった。