第130話 力比べ
(軽い……、体が軽い。これなら、ドラゴニルとまともにやり合えそうだ)
自分の体に起きている変化に戸惑っているが、今はそんな事を気にしている場合じゃねえ。目の前にはドラゴニルが居るんだからな。
そのドラゴニルは、さっきまでとは雰囲気が違ってきていた。
「くくくっ、久しいな、その力。さあ、アリス。その力でもって我を倒してみせろ!」
冷静にドラゴニルの顔を見る。目が血走っているものの、実に楽しそうな表情をしている。よほど、俺とは本気の戦いがしたいようだった。
今の状態になったとはいえ、今の体でドラゴニルとまともにやり合うのははっきり言って怖い。何といっても、まだ14歳の少女の体だ。俺が相打ちになった時は36歳のおっさんだ。何から何までも、はっきりと違うんだ。
ところが、肝心のドラゴニルが言い訳の通じる状態じゃねえ。こうなったらやるっきゃないってわけだ。
……俺の剣を持つ手に、思わず力が入る。
その瞬間だった。
ドラゴニルがものすごい勢いで俺へと向かってきた。予想外の行動に、思わず俺は身を引いてしまう。
「くはははははっ! アリス、今さら怖気づいたか?」
「違いますよ。お父様の表情が怖いんですってば!」
ドラゴニルの言葉に、とっさにそう答える俺。そして、ドラゴニルの剣をしっかりと受け止める。剛腕のドラゴニルに対して、鍛えているとはいえ細腕の俺。さすがにこれにはブレアもニールも驚いた表情をしていた。
「あのドラゴニル様の剣を止めたぞ。俺でも数回に1回しかまともに止められなかったのに……!」
「さすがアリスさんですわ」
ブレアとニールの驚きと興奮が止まらない。
「ふん、そうこなくてはな」
「くっ……!」
不敵に笑うドラゴニルに対して、俺は剣を弾いて距離を取ろうとする。
だが、ドラゴニルがそれを許さなかった。
「おっと、どこへ行こうというのだ」
距離を取ろうとする俺の手を掴むと、近くに引き寄せる。
「お前は、我がその力だけでお前を選んだと思っているのか?」
「何ですって?」
ドラゴニルの言葉に、俺はつい声が出てしまう。
「ふむ、やはりお前は自分の力が何なのかが分かっていないようだな」
その言葉に俺は一瞬驚くが、どうにかドラゴニルの手を振りほどいて距離を取る事に成功する。だが、ドラゴニル相手ではいくら距離を取ってもないに等しい。ようは気分の問題なのだ。
それにしても、ドラゴニルは俺の力の事をよく分かっているようだ。一体この力は何だっていうんだ?
「そうだな……。ただで教えるのは実によろしくないな」
顎を手で触りながら、考える仕草をするドラゴニル。余裕のある態度についイライラしてしまう。
「我に勝つ事ができたのならば、教えてやらぬ事もない。さあ、構えるのだな」
ドラゴニルが強者の貫禄で俺を煽ってくる。まったく、あのあまりある余裕の顔が気に入らないぜ。
だが、余計な気持ちを入れてしまうと剣が鈍ってしまう。俺はあえて深呼吸を一つする事で気持ちを落ち着かせる。すっと気持ちを落ち着かせて、自分の中の力をしっかりと感じ取る。
今までに感じた事がないくらい、自分に秘められた力をしっかりと感じ取れる。
その俺の姿を、余裕を持って見守るドラゴニル。その表情がますます笑みを増していくので、集中を持っていかれそうで困ったものだ。
「……いきます!」
「来るがいい」
律儀に宣言をしてからドラゴニルに突っ込んでいく俺。あまりにも真正面からすぎる。
だが、ドラゴニルには小細工など通用しないと分かっているからこそ、こうやって正面から斬り込んでいくってわけだ。
分かっちゃいたが、俺の攻撃はあえなくドラゴニルに止められてしまう。だが、ドラゴニルは余裕の表情ながらも、押し返そうとするのが精一杯のようだった。
「ぐぐっ、さすがは我が見惚れた力だ。まだまだ不完全とはいえ、ここまでの力とは感激だぞ」
ドラゴニルが怖いくらいの笑顔で言い放つ。
互いの剣が力比べでほとんど動かない。俺とドラゴニルの力は、かなり拮抗しているようだった。
「すごいですわ。ドラゴニル様と互角ですわよ」
「ありえないな。しかし、あのドラゴニル様の表情はかなり力が入っている状態だ。そうなると、一体アリスとは何者なのだ?」
ただただこの戦いに興奮するブレア。ニールの方はドラゴニルに鍛えられた影響か、かなり冷静に分析をしている。しばらく前を思えば信じられない話だ。
対照的な二人に見守られる俺たちの戦いは、今なおせめぎ合いの真っ只中だ。ドラゴニルのドラゴンの力と、俺の中の魔物を滅する力が互角にぶつかり合っている。
その力がどれほどすさまじいかというと、俺たちから周囲に向けてずっと強風が吹いているくらいだ。その強風が吹き荒れる中を、ブレアたちはじっと俺たちを見守りながら耐えているのだ。
「つまらんな……。この程度の力比べでは興が冷める」
小さく呟いたドラゴニルが、珍しく自ら距離を取った。
「真にその力を使いこなせるというのなら、これを止められるはずだ。我が渾身の一撃、しかと止めてみせろ!」
ドラゴニルが剣を振り上げて、なにやら力を溜め始めている。
その瞬間、あれだけ晴れていた空に雲が集まり始めた。
一体何が起きるというのだろうか。その場に緊張が走ったのだった。