第128話 体の異変
俺はルイスと向かい合う。ニールですら軽くあしらわれたのだ。実力はブレアとそう大差がない上に、今はドレスという動きにくい格好をしている。はっきりいって勝てる要素などどこにもなかった。
しかし、今の俺には簡単にやられてなるものかという意識がある。なにせドラゴニルまで見に来ているんだ。しかも人の背中を強く叩きやがって……。ドラゴニルに対する意趣返しもあるから、簡単に負けるわけにはいかないんだよ。
「ふふふ、そういった格好をされたアリスお嬢様は本当にお美しい。その姿から繰り出される攻撃の一つ一つに、騎士たちはつい見惚れてしまうものです」
「……私の動揺を誘っているのですか?」
ルイスの言葉に、俺は皮肉っぽく返してみる。
「いえいえ。むしろその姿に私たちの方が動揺させられていましたよ。ドレス姿での戦いなど、私たちの誰も経験はしておりませんからね。女性騎士ですらです」
俺の言葉にルイスは苦笑いをしていた。それもそうかと納得のいく俺だったが、どうも時間稼ぎは無駄だったようだな。
話を打ち切って改めて構え直す俺たち。
さすがにルイスはニールと激しく打ち合うだけあって、隙と呼べるようなものが存在しなかった。1年半前まではそこそこいい勝負はできたのだろうが、俺が学園に居る間にずいぶんと鍛えたようだった。
「むぅ、すっかり水を開けられてしまいましたね」
「騎士たるもの、常に鍛えるのが責務ですからね」
「それじゃ、学園に居た私がさぼっていたみたいに聞こえるじゃないですか」
「学園はアリスお嬢様やブレア様にとっては不十分なのですよ。批判するわけではありませんが、やはりドラゴンと人間とでは格が違い過ぎるのです」
散々に言われているが、実際に俺もそう思う。
「さあ、無駄話は終わりです。いきますよ!」
言い終わらないうちに一気に踏み込んでくるルイス。
「いきなりとはずいぶんですね!」
だが、この程度なら俺は十分対応できる。しっかりとルイスの剣を受け止める。
「さすがはアリスお嬢様。腕が鈍っているというわけではないですな」
「ぬるま湯につかっていたとでも言いたいのですか?」
ルイスの言葉にちょっとカチンときた俺は、力を込めてルイスの剣を弾く。
「ふっ、この感覚ですよ。やはりアリスお嬢様はこうでなければ……!」
怖え顔をしやがんじゃねえよ!
ルイスが再度突進をしてくるので、俺はそれを迎え撃つ。重い金属の音がキンキンと鳴り響く。
ブレアは俺の事を心配そうに見ているが、ドラゴニルどころかニールまで俺の戦いを冷静に見てやがる。正直、ドラゴニルに現状敵うとは思ってもないが、年下のニールにあんな顔をされるのはどうも納得がいかねえ。
そう思った俺の剣を持つ手に力が入る。
「ほう……」
ルイスの動きが止まる。これはチャンスとばかりに、俺はルイスへと斬りかかる。
「力が増幅したようですが、動きが甘いですよ、アリスお嬢様」
ルイスは俺の攻撃を躱して反撃を入れようとする。だが、俺だってそう簡単にやられてたまるかというもんだ。模擬戦とはいえ戦いだからな。
俺は体を捻って地面を蹴る。そして、あっという間にルイスと距離を取った。
「ひゅう、やりますね」
ドレス姿のまま距離を取った俺に、ルイスは剣で肩を叩きながら褒め言葉を投げてきた。
「当たり前ですよ。養女とはいえ、私はフェイダン公爵令嬢。このくらいできなくてどうするというのですか」
強がってみる俺。
(あっぶねーっ! うまくいってよかったぜ)
内心はものすごく焦っていた。さっきの動きは一か八かの賭けだったからな。成功してよかったぜ。
とはいえ、油断はできない状況が続いていた。俺の体勢がよろしくないからだ。ここで攻撃を仕掛けられれば、屈んだ状態で応戦する事になっちまう。
だが、その懸念は実現してしまった。ルイスがすぐさま追撃を仕掛けてきたのだ。
「くっ……!」
どうにか立ち上がって応戦しようとするが、整う前にルイスの攻撃が到達してしまう。
(このまま力の差を見せつけられて負けてたまるかよ。俺は、強い騎士になってやるんだからな!)
応戦しようとした瞬間、俺の心臓が激しく脈打つ。
それと同時に、何かを感じたルイスが攻撃を止めて俺との距離を取った。
「ほう……」
「な、何なんですの、今のは……」
ドラゴニルはにやりと笑い、ブレアは冷や汗を流している。どうやら、俺から発せられた何かを、周りも感じ取っているようだった。
(熱い……。何なんだ、この感覚は……)
俺は息苦しくて胸を押さえている。
「ルイス、我と代われ」
「し、しかし、ドラゴニル様」
「くどい。今アリスに必要なのは我の方だ。傍流ではこの状況をどうする事もできぬ。純然たるドラゴンの血族たる我でなければな!」
ドラゴニルは大声を上げてルイスを制する。ルイスは仕方なく下がり、代わってドラゴニルが俺の前へと出てきた。
「くくく、この気配は久しいぞ。よもやこれほどまでに早い段階で再び相まみえようとはな!」
ドラゴニルのやつ、一体何を言っているんだ?
疑問に思っている間にも、俺の中の何かが段々と大きくなってきている。
「体が……あ、つい……」
俺の様子を見たニールが叫ぶ。
「ドラゴニル様、ここは俺が!」
「退け小童。この力は我でなければ相手にならん。むざむざ死にたくもなかろう?」
「……承知、致しました」
ドラゴニルに睨まれて、ニールはおとなしく引き下がる。
それにしてもドラゴニルが出てくるとは、一体俺の体に何が起きているというんだ!?