第123話 全力で暴れたい
次の休校日。
俺はブレアと一緒に特別許可をもらって学園の外にやって来ていた。
ジークにいいようにあしらわれた後、俺たちの未熟さを思い知ったために、学園長に必死に掛け合ったのだ。そしたら、ドラゴニルの知り合いという事もあって、悩みに悩んだ末に許可を出してくれたのだ。こういう時だけは感謝させてもらうぜ、ドラゴニル。
以前の野外実習で入った森の近くまでやって来た俺たち。そこで荷物を置いた俺たちは、ひとまず食事をする事にした。
野外実習で調理をした経験というのは、実に今も活きている。
男だった頃の俺の料理は壊滅的だったからな。食えればいいという考えで、もうおよそ料理なんていうものじゃなかったからな。それを思えば、今目の前にある料理はとてもおいしそうだった。
女の体になった今なら、あの頃の料理は多分吐いてただろうな……。
「どうされましたの、アリスさん」
俺がいろいろと思い返していたら、ブレアが声を掛けてきた。やばいやばい、多分すごく変な顔をしてたんだろうな。
「な、なんでもありませんよ、ブレアさん」
とりあえず笑ってごまかしておく俺。すごく怪訝な顔をして見つめてくるブレアだったが、そこでおとなしく引き下がってくれていた。本当に空気の読める奴で助かる。
その辺りにあった切り株に腰を落ち着けた俺たちは、食事を取りながらここまでの移動の疲れを回復させたのだった。
食事を済ませた俺たちは、木剣ではなく刃を潰した訓練用の剣を取り出す。
この剣は学園長に許可を取りに行った際に渡されたものだ。どうやらこれ以上俺たちに木剣を砕かれるのが嫌になったらしい。まぁ既に何本粉々にしたか分からないからな。しょうがないってもんだな。
なにせ先日も俺とニールで砕いてやったもんな……。
とはいえ、ドラゴンの力と魔物を滅する力が本気でぶつかり合えば、この程度の金属じゃ同じように砕けちまうと思うんだがな。
男だった時に使ってて最終的にドラゴニルと相打ちになった時の剣が……。
「アリスさん!」
「うわっ!」
俺がいろいろと考えていると、目の前にブレアの顔があって驚いた。
「何を一人でぶつぶつ言ってますの。さっさと始めませんか?」
うわっ、俺の独り言が知らない間に口からこぼれていたらしい。聞かれたからって困るわけでもないが、さすがに独り言はやばいな。俺は適当に笑ってごまかしておく。
「……変なアリスさんですわね」
ブレアは首を傾げている。
正直言って、さっきの独り言を真面目に説明しても誰にも伝わらないだろうからな。唯一の情報の共有者であるドラゴニルも言わずもがな……。ここはごまかしておくのが得策なんだよ。
「おほん。では、早速始めましょうか、ブレアさん」
「ええ、そう致しましょう、アリスさん」
切り株から腰を上げて、俺とブレアは開けた場所で向かい合う。
刃を潰してあるとはいえ、金属剣を扱うのは去年末の騎士団での体験以来だ。俺は男の時の経験があるし、ブレアだってフェイダン公爵邸での訓練で扱った事がある。おそらくは大丈夫だろう。
(うおっ、地味に重たいな)
持ち上げようとした瞬間驚いた。構えようとしたら少しふらついてしまったのだ。よく俺たちはここまで持ってこれたもんだな。
身体強化をして荷車を引いてきたからとはいえ、これはちょっと予想外だったな。
「まったく、何をしてますのよ、アリスさんは……」
俺がふらついた姿を見て、ブレアは呆れた顔をして苦言を呈している。
そんなブレアは訓練用の剣を片手で持ち上げて構えていた。ドラゴンの力恐るべし。
「これは失礼しました。ちょっと力を使わずに持ってみたかったものですからね。ここまで変わるとは思いませんでした」
にこりと笑って恥ずかしさをごまかしておく。するとブレアは困惑した笑顔を見せていた。なんか馬鹿にされた気分だけど、自業自得なので俺は笑ってごまかし続けた。
「まあ、いいですわ」
ブレアは俺の方へと完全に向き直る。
「さっさと始めてしまいましょう。手加減は致しませんわよ」
改めて剣を構えるブレア。燃えるような赤髪と赤い瞳、その端正な顔立ちのせいでかなり絵になる姿だった。
「ふふっ、私だって手加減はしませんよ。私はお父様の横に並び立つ人物でなければなりませんからね」
表情を引き締めて、俺はブレアへ言葉を返しておく。それを聞いたブレアの口角が上がっていく。まるでそう来なくっちゃと言っているみたいだった。
「ここなら周りを気にせず全力で行けますからね。思う存分暴れましょう」
「まったくもう。ほどほどにしませんとまた叱られますよ」
お互いに、剣を持つ手に力が入る。
「やああーっ!!」
俺たちはお互いに一気に踏み込んでいった。
後日の事だが、王都の中では近くの森で化け物が出たとかいう噂が広まる事になる。
原因は俺たちの戦いで、森の王都に近い部分はほぼすべての木がなぎ倒されてしまっていた事だった。
魔物を滅する力を持つ俺と、ドラゴンの力を受け継ぐブレアが本気でぶつかれば、当然の結果というわけだ。
これには俺たちは学園長から大目玉を食らって大いに反省をさせられたものだが、これだけ本気で暴れられた事には大変満足したのだった。