第114話 アリス対ニール
訓練場の中を突風が駆け抜ける。
あまりにも突然だったので、学生たちは思わず声を上げてしまう。
だが、俺はずっとニールを見据えていた。怖いなんて気持ちはない。むしろ楽しい感じだ。
「はっ、その余裕な顔が、一体いつまでもつかな?」
ニールが薙ぎ払うかのような構えを取って、俺に向かって突進してくる。
だが、この程度の突進じゃ俺にはかすりもさせられないぜ。
だいぶ制御できるようになった魔物を滅する力を使って、軽々とニールの攻撃を躱す俺。
「なんだと?!」
ニールは驚いていたが、俺に躱された後、瞬時に方向転換してきた。
「なんて奴ですの。アリスさんのあの動きについてこれるだなんて……」
苦虫を噛み潰したような、露骨に嫌な顔をするブレア。先日の打ち合いでも圧倒できなかった事が尾を引いているのだろう。
「アリスさんのライバルは、このわたくしでしてよ。他の方が割り入るなんて、絶対許せないんですから」
ブレアはギリッと爪を噛んでいた。
ブレアの呟きは丸聞こえなんだが、ニールの攻撃が続くので俺にツッコミの余裕はなかった。
俺たちより1個年下のくせに、動きは俺やブレアにほとんど引けを取らないレベルだった。そのせいで、ちょっとでも気を抜こうものならばその剣技の餌食になってしまうだろうと思われた。
(まったく、これ程の腕前とはな……。ドラゴニルの後釜狙いっていうのは本気なんだな)
そう感じながらも、俺はニールの攻撃をしっかりと躱していく。
腕前は確かなのだが、狙いに限ればいまいち甘い。これは他の連中にも言える事だが、実戦不足によるものだろう。身内の打ち合いだけじゃどうにもならない部分だ。
「くそっ、ちょこまかと!」
「その程度の剣技では、あくびをしてでも躱せそうですね」
焦りが見えるニールを俺は煽ってやる。
なにせ、狙いは甘いとはいえど剣速がある。反撃の隙を窺うので精一杯なんだ。煽って隙を作り出してやるさ。
その狙いがぴたりと当たったのか、ニールの剣が乱れ始める。
それとは対照的に、俺の方は少しずつ魔物を滅する力を発揮させていく。こうなってくると、もう大勢ははっきりとしてきていた。
心の乱れたニールに、もはや俺の攻撃を凌ぐだけの余力は残っていなかった。ただ、少し勘違いさせるために、俺は最初のうちはわざと攻撃を外しておいた。すんなり劣勢にしちまうと、こういうやつは何をしでかすか分からねえからな。俺だって馬鹿じゃないぜ。
「ふん、所詮は女。その程度か!」
狙い通りにニールは俺を見下してきていた。誘い込まれたとも知らずに、単純な奴だな。
ここという一撃で大振りになるニールだったが、その大振りの隙を俺は見逃さなかった。
大振りの一撃は俺を捉える事なく、そのまま訓練場の床に叩きつけられる。すると、その衝撃で訓練場の床が大きくえぐられてしまった。バカ力が……!
だが、その大振りの後には大きな隙ができる。
首筋に木剣を当てれば一応勝負はつくだろうが、ここはさらに屈辱的にしておいた方がいいだろうな。
そう考えた俺は、がら空きの背中に突撃する。
「がはっ!」
身体強化の掛かった体での体当たりは、ドラゴンの力で強化されていても十分通用するようだ。
俺の体当たりで吹き飛んだニールは、木剣を手放してそのまま地面へと叩きつけられる。顔を上げたところに合わせて、俺は木剣を突きつけてやった。
「これで決着ですね、ニールさん?」
にこりと微笑む俺だが、ニールの方は納得がいかないらしく、ものすごい形相で睨みつけてきていた。散々魔物を相手にしてきているせいか、凄まれても怖くないんだよな。
「フリード教官?」
地面に倒れ込むニールに木剣を突きつけたまま、俺はフリードに確認を取る。
最後の思わぬ展開に反応が鈍ったフリードだったが、首を左右に振って状況を確認している。
「うむ、決着がつきましたね。アリス・フェイダンの勝ちです!」
その瞬間に、訓練場内に大きな歓声が響き渡る。大半の学生は俺が勝つとは思っていなかったのだろう。かなり驚きに満ちているように感じられる。
この驚きようを見るに、このニール・ファフルってのは相当に強い奴だったんだな。
一応の決着がついてほっとする俺。だが、ニールがここでおとなしくなると思ったのは間違いだったようだ。
がばっと体を起こしてきたニールが俺に襲い掛かってきたのだ。
「やめないか、ニール・ファフル!」
すかさずフリードが止めに入る。
「うるせえっ!!」
闘気を放ちながら俺に殴りかかってくるニール。急な事に加えて距離が近かったために、俺は殴られてしまう。
にやりと笑うニールだが、それは一瞬で驚きの表情に変わる。なにせ俺が吹き飛ばないどころか、微動だにしなかったんだからな。
「負けを素直に認められず、しかも殴るかかってくるですか……。騎士として恥ずかしい限りですよ」
俺が真っすぐニールを見つめながら言い放つと、ニールはその場に崩れて大声で喚き始めた。
「フリード教官、ジーク教官。先程の彼の行動は私に免じて不問としてあげて下さい。ああなるように煽ったのは私ですから」
「まあ、アリス・フェイダンがそう言うのなら、そのようにしておきましょう。ただ、監視が付けられる可能性だけは伝えておきますよ」
フリードの返答に、俺は納得し軽く頭を下げておいたのだった。
その後もしばらくの間、訓練場の中にはニールの声が響き続けていた。