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オリジナル短編集

偽愛

作者: のなめ

「ねえママ~。みてみて絵かいた~」


「あら上手ねぇ。よく描けてるじゃない」


「えへへ~。ぼく、将来は絵をかく人になりたい!」


「あらそうなの。かなとならきっとなれるわよ! ママ楽しみだわ~!」


 いつだったか――。そんな会話をしていた記憶をふと思い出す。あの頃に戻りたい。何も気にせず好きなことをして生きていた、あの頃に戻りたい。そう思い、彼は握っていたペンを机に置き、窓の外を眺める。

 彼――高校三年生である大平叶斗は、勉強が嫌いだった。しかし、自分の通っている高校、それから両親が、自分を勉強せざるを得ない状態にさせていた。


「はぁ……。こんなの、やりたくないな。でも、仕方ないか」


 

 特に両親については、勉強に限らずどんな物事でも、自分の意思を尊重してくれることはまずなく、全てお前のためだと言われ、それに従うことを強制してくる。

 

 こんな生活を始めたのは、中学二年生の頃からだった。そのあたりから、両親は人が変わったように自分の行動を制限しはじめ、勉強勉強と自分を塾に入れ、嫌でもそれと向き合わせる環境を作った。成績も、試験の種類関係なく全て結果はチェックされ、下がっていると物凄い剣幕で叱ってくる。そんな中で、叶斗は両親に反発したことがあった。


「ねぇ、何で僕はこんな辛い想いをしながら毎日生活しなきゃならないの!? いい加減好きにさせてよ!!」


 その反発に両親は、彼の目を見つめ、優しい表情で答えた。


「いいかい叶斗。今はまだ分からないだろうが、父さんたちがお前に色々制限させるのも、勉強させるのも、全てお前のためなんだ。学生のうちに苦労して勉強を頑張っておけば、将来、職やお金に困ることもないし、そういう人が世の中に少ないからこそ、必要とされ、多くの困ってる人の役に立つことが出来る」


「そうよ。あなたは社会で役に立ち、最終的にはこの国を引っ張っていくような、そんな立派な人になれるの」


「そうなれば、叶斗も周りの人も、きっと皆幸せになれる。その為に、今は嫌でも、父さんたちの言うとおりにした方がいいんだ」


 はたして本当にそうなのだろうか。今辛い想いをすれば、将来自分も周りも幸せになれるのだろうか。彼にはいまひとつよく分からなかったが、これに反論したところで結局何かが変わるわけではないと悟り、それきり反発しなくなった。そしてそんな中で迎えた―高校受験。彼は日々辛さに耐えながら必死で勉強し、何とか第一志望の高校に合格した。県内でもトップの進学校。両親は大歓喜し、合格を祝ってくれた。


「叶斗! 今まで大変だっただろうが、本当によく頑張った! 父さん、お前ならきっと受かるだろうと思ってたぞ! やっぱり俺たちの息子は凄いな!!」


「叶斗! よくやったわね! 無事、第一歩を踏み出すことに成功したのよ! やっぱり私たちの息子だわ! 今日は何もかも忘れて、お祝いしましょう!!」


「はは、応援ありがとう、父さん母さん」


「ん? なんだか元気なくないか? どうした?」


「やあねぇ、この子は今まで物凄く努力してここまで頑張ってきたのよ? きっと安心感と疲労でいっぱいいっぱいなんだわ」


「あぁそうか! 確かにそうだよな! じゃあご飯食べたら、今日はゆっくり休みなさい」


「うん……そうする」


 彼は心配されない程度の食事量で席を立つと、両親が談笑しているその空間から逃げるように二階にある自分の部屋へと向かっていった。外はすっかり夜になっていて、月明かりの差すベッドに横たわる。そして枕に顔をうずめると、深いため息とともに涙が溢れた。


「はぁ~……。やっと、終わった……。でも、次は大学受験か……」


 終わった後の達成感なんてものは全くなかった。あるのはかつてないほどの安堵感、しかしそれも瞬く間に消え、不安と恐怖が心を支配する。本当に両親の言うとおりにしていれば、自分は幸せになれるのだろうか。高校受験は成功したが、大学受験はどうか。もし失敗したら――。


「そもそも勉強なんて、何も楽しくない。一体いつまでこんな辛いことを続けなきゃならないんだ……」


 彼にとってこんな生活は、苦痛でしかなかった。しかし、だからと言って何か特別やりたいことがあるわけでもない。いや、あったかもしれないが、勉強に明け暮れる日々の中で、いつしかそれも消えてしまったのだろう。


「今日は休めるけど、明日からまた少しずつ勉強漬けの日々が始まるんだろうな」

 

いつか両親の言ったように、この経験が報われて心の底から幸せになれたらと、そう思いながら、彼は眠りについた。

 

 そして――それから二年の月日が流れ現在高校三年生になり、今までよりも一層勉強に力を入れ日々懸命に生きている叶斗へと戻る。

 

 窓の外を眺めるのをやめ、再びペンを持ち、勉強を始めるも、やはり考えてしまう。はたして本当にこれが正しい道なのだろうか。もしあの時――絵描きになりたい気持ちのまま、親の言う事なんて無視してその方向に突き進んでいたら、何かが変わっていたのだろうか。

 

 そんな想いを抱えながら日々生きていく中で、ついに大学受験が間近に迫る。彼は今までの成績から、最難関大学を目指せる資格はあった。故に、最後の伸びに期待して両親と学校の後押しのもと、受験することになった。


「大平叶斗君。君の成績を見る限り、最後まで頑張りぬけばきっと志望校に受かるだろう。先生達にわが校の生徒は流石だと言わせてくれ。期待してるぞ」


 その言葉を受け、無理やり自分を奮い立たせ、ラストスパートに挑む叶斗。

 そして迎えた本番。


「叶斗、お前ならきっと大丈夫だ。今まで自分がやってきたことを信じて、全力でぶつかってこい!!」


「叶斗、あなたならきっと受かるわ! 自信をもって! 何せお母さんたちの息子なんだから!!」


 そんな言葉を胸に刻み、偽りのやる気をみなぎらせ、自分とは言い難い自分を信じていざ挑む。

 合格発表当日――両親は届いた合格発表のメールを、息子よりも先に、争いながら食い入るように見ていた。パソコンの画面を下にスクロールし、そこに書かれた、不合格の三文字が両親の目に入る。その瞬間、彼らの希望に満ち明るかった表情は、まるで何が起こったか分からないような唖然とした表情に。そしてみるみるうちに暗い表情へと変わっていった。その表情を見て、叶斗は結果を悟る。

 

 しかし、彼は薄々こうなることは分かっていた。何故なら、どういうわけか――会場で解いていた問題、それがほとんど解けなかったからだ。別に勉強を疎かにしていたわけではない。事実、挑戦できる学力は備えていた。だが本番で、何らかの要因によって、何も考えられなくなってしまったのだ。いつもなら分かるはずのものも、全く分からなかった。おそらく最後の最後で、色々なものが自分の限界を超えてしまったのかもしれない。だがその時――不思議と心は清々しかった。それどころか安堵感まで芽生えていた。それらの感情を再び意識した途端、目元から涙が溢れ出す。この、憑き物が落ちたような暖かい感情は何か。幸せとはまた違うが、何かを代償に得た、それに近しいものであることは間違いないだろう。もはや結果なんて、今の彼にとってはどうでもよかった。

 

 そう、大事なのは――ようやくこれで、自分の受験人生が終わった、ということ。彼は滑り止めに地方の私立大学を受けておいて正解だったと、改めて思った。これで親元を離れようやく一時的であろうと、自由なキャンパスライフを謳歌出来る。長年続いていた抑圧の日々から遂に解放される。そう思い涙を拭った。そして、そんな彼の様子を見て、


「……まあ、最後まで頑張るのは難しいからな。それでもよく頑張ったと思う。結果は不合格だったが、受験には運もある。当然、浪人はするんだろ? 悔しいのは分かるが、自分を責めるな。今はゆっくり休め」


「本当に残念だったわね。でも、きっと来年は受かるわよ! だって私たちの子だもの。よく頑張ったわ」


 と、両親は優しい笑顔ではあるが、どことなく圧を感じさせる雰囲気で浪人という、自分にとって最悪な単語を口にしていた。そしてその時、叶斗は両親の目が口元とは対照的に、全く笑っていないことに気が付く。


「あぁ……やっぱり、か……」


 彼はそんな両親の様子を見て、ようやく一 つの結論に辿り着く。今までは、そういったことは考えずにいた。はっきりしてしまうのが怖かったからだ。だからこそ、多少歪みつ つも両親は一生懸命自分を育ててくれていて、その愛情は自分に向けられたものだと思うようにしていた。しかし、もうここまでくれば、嫌でもはっきりと分かる。今まで自分に向けられていたと思っていた両親からの愛情は、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()に向けられていたということ。そして今まで行動を制限し勉強させていたのは、叶斗本人のためではなく、自分たちのため。叶斗を思い通りに教育し結果を出させ、世間に認めさせることで、自分たちの無価値感と世の中に対する無力感を埋めようとしていた。つまり、自分は()()だったのだ。


「浪人は…… 」


 したくない。と、返される言葉は分かっているが勇気を出して言おうとする。しかし、


「大丈夫。予備校ならお母さんたちが選んであげるから、何も気にしなくていいのよ」


「そうそう。お前は勉強のことだけ考えていればいいんだ。負担は少ない方がいいからな」


 と、自分の話を遮る形で食い気味にそう言葉をかぶせてきた。その有無を言わせないような言動に、彼は言葉も出なくなる。もはやここに自分の人権は無いも同然だった。彼は俯きながら自分の部屋に向かい、ベッドに横たわると、暗い意識の底へと身を投げる。叶うと言われた先の幸せよりも、絶対に叶わないであろう今の幸せを願いながら――。


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