インチキ老人と誕生日プレゼント
今日は俺の誕生日である。
20歳の時に変な老人に出会い、魂まで穢される屈辱を味わった。1回どころか2回も弄ばれ、最終的に「21歳になったらまた会おう」という、イヤな予感しかしないメッセージを残された。
そして、本日21歳の誕生日を向かえた。
目が覚めた途端にドキドキしながら鏡を見た。体に変化はなく、いつもの俺が鏡に映っていた。
「やっぱり夢か幻だな。もしくは奴が嘘つきか」
安心して誕生日を迎えられそうである。
まあ、誕生日といっても彼女がいる訳でもないし、友人と約束もしていない。いまさら家族に祝われても小学生じゃあるまいし悲しいだけだ。
「さて、自分用のプレゼントでも物色しに行くか!」
そう思い、階段を駆け下りた時だった。
急激な目眩に襲われ、俺はド派手な音を立てて見事な階段落ちを披露した。
気が付くと、お花畑だった。
「マジ……か」
遠くから例の奴が姿を現した。
頭に鉢巻をし、袴に浅葱色のダンダラ羽織を身に纏い、六方飛びで近づいて来た。
「誕生日おめでとう!」
「……めでたくねぇよ」
「21歳って、人生これからだよね」
「今日は誕生日なんだ。お前と遊んでいるヒマはない」
「またまたぁ~。照れ屋さん!」
「……いいから早く戻せよ」
「戻せって、自ら望んでここへ来たんでしょ?」
「望んで来たわけじゃねぇよ!」
「だってほら!」
そう言うと、老人は再び青写真を広げた。
20歳 牛になる
21歳 神様に会う(仮)
そう書かれていた。その他の項目についてはモザイク処理が施されていた。
「(仮)ってなんだよ」
「あくまで仮定という意味で」
「人生に仮定があるのかよ!」
「楽しき我が家」
「家庭だろ、それ」
「カリは大切よ。特に夫婦間において……」
「やめておけ!」
こいつはどうしてもシモに走りたいらしい。
「本当に俺が計画した人生なのか?」
「間違いなく!」
「お前が書き加えているんじゃないのか?」
「無礼千万な奴ね。ワシはこれでも神様よ」
「それも本当だか疑わしいな」
「カミサマ、ウソツカナイ」
「……インディアンだろ?」
仮に俺が率先して決めた計画であるとしたら、完全に狂っている。本気で牛になりたいと願い、人生設計の申請書的なモノに記入したと言うのか? どう考えても納得いかないし、老人のニヤニヤしたゲスな笑いが疑わしい。
それより何より、自分が誕生した記念すべき日に、このイカレた老人と過ごさねばならないのは苦痛以外の何者でもない。
「はぁ~。今日は最悪の日だな」
「そんな事はないと思うよ」
「なぜ?」
「プレゼントを用意したから。ウフッ!」
「……」
「何が欲しい?」
「もちろん、元の世界へ戻りたい」
「あーん。このスケベ!」
「何がだよっ!」
こいつの脳はどうなっているんだ。もはや会話にならんぞ!
「頼むから復活させてくれ」
「運命に逆らっちゃダメ!」
「何の運命だよ」
「私とあなたの出会いと未来に!」
「……」
「同棲しちゃう?」
「しねぇよ!」
「じゃあ、これ」
老人は親指と人差し指を丸めてニヤッとした。
「金か……」
「地獄の沙汰も金次第」
「くっそぉ~」
自分用の誕生日プレゼントを買おうと思っていたので、財布には結構な額が入っている。奴に見透かされているようで気が滅入るが、俺は渋々100円を取り出して渡した。
「100円ですかぁ~。今時!」
「ないよりはマシだろう」
「消費税も含めたら何も買えないんだなぁ~」
「じゃあ、110円でどうだ?」
「0を2個くらい増やして欲しいなぁ~」
「1万円は無理だ。欲しいモノがあるんだから」
「復活しなければ何も買えないよ?」
「なっ……」
ニヤニヤしながら脅された。
ひじょう~~にイラついたが、復活のためなら仕方あるまい。交渉の末、2000円で手を打つ事にした。
俺の命は2000円か……。
「それじゃあ、逝くよ?」
「ゲーム内容は?」
「箱の中身を当てましょうゲーーーム!」
「……」
すると、目の前に3つの箱が現れた。
「この中の1つに元に戻るが入ってます」
「で?」
「当てられたら大成功」
「他の2つは?」
「それは開けてからのお楽しみ」
「3分の1か……」
「さあ、好きな箱をチョイス!」
今までの経験からいくと、戻る以外はロクなモノじゃない気がする。
俺は全ての頭脳と持てる五感をフルに活用し、箱の中身を透視した。
手を当ててみたり、いろんな角度から覗き込んだり。匂いを嗅ぎ、耳を近づけ、箱の外側を舐めた。そして残るは直感だけ。目をつぶり運命に任せて真ん中の箱を指さした。
「これ!」
「本当にそれでいいの?」
「ここまで来たら自分を信じるしかない」
「立派だねぇ~。漢だねぇ~」
「どうでもいいから、早くしてくれ!」
「慌てるな。若人よ!」
老人はゆっくりと箱を開けた。
毛布だった。
「やったね。大当たりぃぃ!」
「当たりじゃねぇ。大外れだ!」
「今日から君は毛布として生きていけるよ」
「生き物じゃねぇだろうがっ!」
「でも、毛布だよ?」
「だから何なんだよ」
「可愛い子といつでも一緒。寝る時はフワッと覆いかぶさるの」
「……」
「女の子独特の優雅で気品のある香りがいつでもあなたの物」
お前 ……マジで捕まるぞ。
「想像しただけで楽しくない?」
「オヤジだったらどうするんだよ」
「それもまた人生」
「嫌だよ! そんな人生は!」
もうワンチャンおねだりすると、老人は下世話な笑みを浮かべながら手を差し出した。さらに2000円を追加した。
怖ろしくレートの高いゲームである。
俺はもう一度慎重に選んだ。
「じゃあ、これ!」
「ファイナルアンサー?」
「……大丈夫だと……思う」
「自信を持ちなさいよ。それが自信に繋がるのよ」
「訳わかんねぇよ……」
老人は箱をそろ~っと開けた。
ローソクだった。
「おおっ、誕生日に相応しい選択だね」
「相応しくないわ!」
「半被、バスで、つゆ~~!」
「なんじゃそりゃ!」
「ほら、遠慮せずにフーッてしてごらん」
「消えるだろうがっ!」
「まさに風前の灯」
「……」
「他にも使い道が……」
「やめろ!」
ず、頭痛が痛い……。
「このゲーム、リスクが大きすぎるぞ」
「でも、選んだのは自分だよ」
「そうだけど……」
「人生は洗濯の連続」
「それじゃ主婦だろ」
4000円も出してローソク人生じゃ割に合わない。それに、さっきから老人の動きが怪しい。箱を開ける時、一瞬、間を置いてからオープンする。
こいつは一応神様らしいので、開ける際に何かしらのトリックを仕掛けているかもしれない。全知全能の神様であれば、中身を瞬時に入れ替えるのは造作もないことだろう。
「なあ、確認作業を俺にやらせてくれないか?」
「ふーん。君は日々成長してるんだねぇ~」
「お前を信用していないだけだ」
「まあ、失礼しちゃうわね。この子ったら!」
さらに2000円を手渡した。
人生が選択の連続なら、箱の中身を確認するのも俺の責任である。自分の運命は自分で確認したい。合計6000円も支払ったのだから。
3つ並んだ箱を丹念に調べ上げ、意を決して1つを叩いた。
「これだ!」
「三度目の正直?」
「そうだ!」
「三度目は定の目?」
「そうだ!」
「二度あることは三度ある?」
「黙れ!」
気合を入れて思いっきり開けた。
戻るだった。
よっしゃぁぁぁーーーー!
安堵の表情を浮かべた俺に対し、老人はニヤッとしてこう言った。
「今年1年は君にとって修行の年だね」
奥歯に物の挟まった言い方である。
「それはどういう意味で?」
「君は色んな経験をしたいらしいね」
「は? 何を根拠に?」
「21歳の青写真は、イベントが盛りだくさんだから」
「……マ、マジか」
「ウフッ~~ン。この欲張り! 酒池肉林!」
「やかましいわ!」
老人はバイバイと手を振ると、クルっ背中を向けて立ち去った。
「……」
何でもいいが一言だけいいか?
俺が見事な階段落ちを披露したので、新選組にかけて浅葱色のダンダラ羽織を着たのだろう。そのギャグセンスは認める。
ただ、後ろの文字が「誠」ではなく「嘘」になっているのだが……。
もしかして、今までの内容は全て嘘なのか?
それとも、俺をバカにしてるのか?
どっちだ。答えろ! このインチキ老人がぁぁぁ!
最後までお読みいただきありがとうございます。