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短編

地獄の淵からアイを叫ぶ

作者: 緑片とお子



─可愛い可愛いあの子を捌く


─あの子の罪は、ヒト殺し


※短編



 死者の罪の軽重をはかり地獄か天国か審判する裁判官、エンマ大王。

 真っ赤な肌に筋肉隆々、三角形の瞳で常に怒ってる……てのが一般的イメージだろうが、それはもうとうの昔。現在はそのお方の孫の孫の孫の孫が引き継いでいる。おまけに女性。きめ細かい黒髪は床に散らばるほど長く、出る所はでて締まるとこは締まる豊満なボディは薄手の布にまとわれている。吊り上がった瞳、赤い肌は遺伝だが、恐怖の象徴よりもむしろ色香の象徴と変わり果てた。

 そんな誰しも羨む完璧パーフェクトな見た目、なのだが、


「起きて仕事してください!入り口が審判待ちで大変なことになりますよ!」

「どーせ杓子がやるのだからわたしがおらずともよいのでは?」

「よくないです!」


 中身はただのサボり魔。

 人をダメにするクッションででろんと横になっている。人じゃないのにダメにしてしまうなんて。ある意味このクッションが最も恐ろしい。

 地上ではなんでもかんでもコンピューター化してるから、地下も遅れを取らずにハイテクになるぞ!と目指した結果、パーソナルデータとこれまでの判断から自動で審判できる杓子が発明された。エンマがすることなんざ杓子を持つだけだ。言い換えれば杓子台だ。エンマがやることはない。


「体裁ってものがあるんですから!行、き、ま、す、よぉ!」

「あーん、服伸びるー」

「自分の足で歩いたら伸びません!」

「歩けない」

「なら黙って引きずられてください。…………重いなぁ」

「聞こえとるぞ」


 敏腕助手の鬼、執鬼(しっき)がエンマをずるずる引きずって審判部屋へぶち込む。


「上司なのに……」

「早く座る」

「はぁい」


 どでかい椅子に座るエンマ。

 執鬼はお目付け役として傍らに立つ。


「迷える魂、入りたまえ」


 エンマがそう声を張り上げると、向こう側の扉から老婆が入ってきた。杓子を向けるとピピッと効果音のあとにピンポーンと正解音みたいな軽快な効果音が鳴る。


「貴様は天国行きだ。次、」


 次は30代ほどの男。同様にそれを指すと今度は不正解音……ブブーッとブザーが鳴る。


「地獄行きだ。次、」


 なんたる単純作業。郵便局の葉書わけや工場のコンベヤーで働いているのと同じ。人と交流が苦手なタイプのコミュ障がアルバイト始めたいと考えたら候補にあげられるくらい、とてもマニュアル通り。つまらないって表情をちらりと浮かべたら執鬼に睨まれたので顔を戻す。やばいやばい。

 仕分けのアルバイト……じゃなくて、立派な審判のお仕事を着々とこなしていく。


「次で本日は最後です」

「はいはい」


 ようやくか。椅子に座り直すのもだるく、次ーとやる気のなく呼んだ。


「……」


 入ってきたのは、珍しくも西洋の人間だった。

 齢は15、6くらいの男で、太陽の光を存分に吸収したような金髪が眩しい。サファイア如く青色の目が彼女をまっすぐに見据えた。


《ブブー》


《ブブー》


《ブブー》


「……エンマ様」


《ブブー》


《ブブー》


《ブブー》


「エンマ様!」

「天国!!!!」

「エンマ様!!??」

「えっ、ボク天国行きなんですか?」

「違う。少しそこで待て。……エンマ様、杓子の音聞こえてます?いきなり耳遠くなりましたか?」

「聞こえておる。老人扱いするな」

「ならちゃんと告げてください。」

「執鬼。おかしいと思わないか?」

「なにがですか」

「コンピューターの言うがままに物事を決めるなんて正しいことなのか?人の善悪というものは、心を持った者にしか審判できないことだろ。私達は地上にならってここの制度を変えてきたが、向こうの裁判というものは機械ではなく人間が行ってる。それは罪だけでなくその背景の」

「長々言ってますけど、あの人間を天国行きにさせたいだけでしょ」

「だってあんな純粋そうな男子(おのご)が地獄だなんておかしいだろ!掘られるぞ!」

「掘っ……全年齢向けの話にそんな言葉使わない!」


 目の前で繰り広げられる口論に瞬き数回する少年。

 結局自分はどっちなんだ。キョロキョロあたりを見回してみるが全く意味は無い。


「はぁ……ったく……。少年!」

「っはい!」


 手持ち無沙汰になってた折、執鬼に呼ばれ声が裏返ってしまった。

 ほらも〜最高可愛い〜!!!ひとりキャッキャしてるエンマ大王の頭をファイルで叩き、黙らせる。


「貴様の罪を教えろ」

「ボクの罪、ですか?」

「このバ……エンマ大王は言い間違えただけで、貴様は地獄行きと判断された。心当たりはあるんだろ」

「パパのクラリネット壊しちゃった?」

「ほんっとに黙っててください。」

「クラリネットは壊してませんが、代々伝わる家宝を壊しました。」

「家宝をか」

「はい。家宝を壊した故に死刑となり、この場におります。」

「それだけで死刑とは難儀だねぇ。」

「いえ。昔からの決まり事ですので当たり前です。」

「執鬼よ、家宝如きで地獄とは可哀想とは思わんか?」

「ふむ……しかし杓子の判定が誤っているとは一概には言えませんし。少年、家宝とはどんなものなんだ」


「人です」


「人か……『人!?』

「厳密にいえば、コールドスリープした初代妃様です。ボクはカプセルを壊したのです」

「……なるほど。貴様は“殺人”を犯したというわけだな」

「いやいや。死ぬはずの人間だったのだから、“殺亡人”なんてどうだ?」

「今は言葉遊びをする時間ではありません」

「大事なことだぞ?コールドスリープなんて人の死を操作する横暴の塊だ。死ぬべき人間を殺した、何の問題がある」

「……少年、何故そのようなことをした」

「おかしな話ですが……夢を見たのです。初代妃様が、ボクにそうするよう頼んだのです」

「ほう、ゆめ」

「初めはただの夢かと思いましたが、何度も何度も同じ夢を見て、これは眠りについている初代妃様がボクに頼んでいるのだと判断しました」

「他の者に相談は?」

「言ってはならぬと、初代妃様に口止めをされました」

「そうか……執鬼、この少年の審判は一旦置いておこう。すぐに判断するのはわたしには無理だ」

「彼をどこで待たせる気ですか。」

「もちろんわたしのとこだ。」

「却下です」

「目の保養がいればわたしの仕事もはかどるんだがなぁ」

「………………」


 執鬼は脳内で天秤にかける。

 仕事の効率化か人間を側に置くか。かけた途端、瞬時に仕事の方が最大限に下がった。毎日毎日このわがまま王を叱らずにすむならば、多少の犠牲は仕方ない。


「三日ですよ。三日後には結論をくだしてくださいよ」

「わかった。お前の物分りのよいとこは好きだぞ」

「どうもありがとうございます」


 そんなこんなで少年はエンマ大王が預かることになった。きゃぴきゃぴと年甲斐もなく彼女がはしゃぐのを執鬼は冷めた目で見つめる。


◇◇◇



 “あの”エンマ大王が進んで仕事をするようになった。

 それは地獄と天国すべてに知れ渡った。

 実際は、さっさとやることやって少年にかまいたいだけというのは執鬼だけが知っている。


「帰ったぞ、わたしの愛しの子」

「おかえりなさい。ご飯出来てますよ」

「おぉ!これはこれは。上手にできたな」

「あ、えっと、ボクは盛り付けただけで、作ったのは執鬼さんです」

「そうなのか。いやだが、盛り付けが上手だから美味しそうにみえる。お前は天才だ」

「天才だなんて……」

「冷めるのでさっさと食べてください」


 仕事上で問題はなくなったが、生活上での(執鬼の)ストレスが増えた。

 確かに、少年の顔立ちは並外れてよい。大人になりきれていない幼さが残りつつ、さすが王家と言える気品の高さが溢れている。エンマ大王が“妖艶”を極めたなら、少年はその真反対の“清純”を極めている。自分とかけ離れた存在だからあんなにも気に入っているのか……?執鬼は理解できず(したいとも思わず)、箸をすすめた。


.

.

.


「執鬼さん」

「なんだ」


 寝る直前、執鬼は廊下にて少年に呼び止められた。

余談だが少年は空いた部屋を借りてそこで寝ている。最初はエンマが自分と寝ようふたりで寝ようとゴリ押ししてたが、さすがに少年も気が引けてしまい、執鬼が間に入ってやめさせた。


「ボクは、地獄行きになっても誰も恨みません」

「……暗に地獄に行かせろと?」


少年は惚れ惚れするような微笑を零した。


「何がどうであれ、ボクが初代妃様を殺めた事実に変わりはありません。然るべき場所に行くのが正しいのです」


少年は青空に似た碧眼を執鬼へ向けた。


「エンマ様はコールドスリープは人間のエゴと仰ってました。ボクも少しばかりそう思ってたのです。そのボクの心の狡さが夢に反映されたのかもしれない」


少年は見た目通りに聡明で純真であった。


「呼び止めてしまってすみません。貴方様が良い夢を見ますように、おやすみなさい」


ぺこりと頭を下げて彼は部屋へ入っていく。

何が事実で、何が正しくて。

瞬時に判別して効率化を図る、果たしてそれは本当に真の方法と言えるのだろうか。

執鬼はその夜、コンピューター化する以前の審判の夢をみた。


◇◇◇



 三日というのは何千年生きている者にとっては刹那な時であった。あの日と同様、椅子に座るエンマと向かい合って姿勢を正す少年。


「では、貴様の審判を行う」


 エンマは細く長い指で杓子を握る。

 厚い潤った唇から、ふぅと息を漏らし少年を見つめた。


「貴様は、……天国だ」

「……天国?」

「っエンマ様、私情は挟むなと、」

「わたしはこの三日、“初代妃”を探しておってな」


 ゆたりと服の中から折りたたまれた紙を取り出す。


「仲良く地獄におったぞ」

「仲良く、とは……?」

「初代陛下とだ」

「っ初代陛下殿もですか……!?」

「二人とも人の命を操作した罪でな。杓子の判断任せだったから、そんな罪で地獄に行った者がいるとは知らなかった」


 エンマは椅子から立ち上がり少年の前に膝をつけた。

 そしてその紙を渡す。


「預かってきた」


 少年は紙を開くと、そこは王家に伝わる古い言葉で書かれていた。教養のある彼は辛うじてそれが読める。


─頼みを聞いてくれてありがとう。

 ようやく、愛する人と再会できました。


 初代妃の名前と、王家のマークが記載されていた。

 紛れもなく本人が書いたものだ。


「…………ぁ、……っ、」


 紙の上に水滴が滲む。

 少年は、間違っていなかった。

 許されたことで彼の中で溜まっていたものが瞳から溢れ出した。


「執鬼。良いだろ、天国で」

「…………」


 執鬼は考えるために黙り込む。

 “コールドスリープ”を、杓子……コンピューターは「人の命を操作する、人間の過ち」と捉え、一方では「人を生かすものだから殺人である」と捉えた。

生物の脳みそで処理しきれないものをコンピューターが完全に処理できるわけないのだ。人工知能を操っていたはずのこちら側が、逆に操られたというわけか。


「…………いいでしょう。天国行きで」

「……っ……ありが、とう……ございます……」


 彼は深々と頭を下げた。


.

.

.


「天界に視察に行ってくる」

「仕事熱心ですね」

「そうだろ?褒めておくれ」

「皮肉ですよ。視察といいつつあの少年に会いに行ってるんでしょ」

「当たり前だ」

「毎日毎日飽きませんね」

「毎日毎日飽きさせないのは彼の方だ」

「はぁ……彼が転生したときが恐ろしいです。彼なしになるとあなたがどうなってしまうか」

「はっは。泣いてしまうかもな」

「泣きわめいて仕事を疎かにしないように」

「冗談だ。なぁに、あの子と会わないのはたった百年もないんだぞ。逆織姫と彦星のようだ」

「ロマンチックはあなたに似合いませんよ」

「わたしに似合わなくとも、少年には似合うだろ」

「……否定はできませんね」

「…………たった百年だ。それくらい待てる」

「何もない限り、ですけどね」

「あぁ。何も起こらないことを祈るばかりだ」


今度は、快く天国へ送り届けたいものだな。

エンマは美しき三日月を唇に描いた。




ボツネタ

話の流れで入らなかった


「はぁ!お前は可愛い奴だな!」

「ふんぐっ!」


 エンマが少年を抱きしめる。抱きしめる?胸で窒息させる、の方が正しいか?

 そのたわわな二つの果実で少年の小さな顔を挟み、うりうりと頭を撫でる。

 傍から見ればなんて羨ましい男の(ロマン)。だが、されてる本人は苦しくて仕方ない。


「エンマ様。少年が死にます」

「おや、苦しかったか?すまない」

「いえ……平気です……」

「それにしても、死んでるのに“死ぬ”とはなかなか滑稽な言い回しだな。はっはっは!」

「笑い事ではないです」



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