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アフターカタストロフ -リメイク版-  作者: 優
第一章 天魔境戦争 -前編-
8/17

第二話「新米大天使の苦労」

 前回までのあらすじ

 天使に加担した罪で処刑されたハデルの父。幼くして最愛の者を亡くした彼女は、しかし、その罪状を信じられずにいた。


「私がここに来たのは、父さんの“真実”を知るため」


 戦場の前線でそう決意するハデルの前に、一人の天使が立ちはだかる。

 その天使もまた、ここに来るまでの道中、とある覚悟を誓っていた。

 

 木材の焦げる臭いが異様に鼻についた。

 赤黒い炎は、月明かりを飲み込む勢いで夜空高く昇る。風に靡くカーテンのようにゆらゆらと焔が揺れる度、少女の琥珀色の瞳もまた震えていた。

 熱が、衝撃が、辛うじて少女の意識を保たせている。


 どうして、どうして、どうして……


 もうかなり長い間、焼き崩れていく一軒の家屋を前に、少女はそこに佇んでいた。

 背後の雑木林が、火の手を恐れてやけにざわめいている。

 足元には籠が転がり、木の実が周囲に散乱していた。おそらく、木の実狩りに夢中になり、気付いたら日が沈んでしまったのだろう。時折、乱れた呼吸が聞こえてくるのは、この森の中を駆け抜けてきた証だ。

 そして、夢であれと何度も渇望する、帰る場所の成れ果てていく光景への無意味な抵抗だった。


 どうして……? 


  ******


「どうして、いい匂いはするの?」


 テーブルに並ぶ豪勢な料理を挟んで、少女はブロンドの長髪を傾げて母親に尋ねた。

 愛娘の問いかけに、母親はエプロンを外しながら応える。


「それはね、アルのために美味しくなあれ、美味しくなあれ。って思いながら作るからよ」


「私は美味しいの?」


 くすりと笑う母親の目を盗んで、料理に伸びた幼子特有の膨らみのある手が叩かれる。


「ママね、アルとパパのために料理を作ろうとすると、美味しく作ってあげなきゃって思うの」


「私のおかげ?」


 なぜそこで自分の名前が出たのか理解できず、少女は真っ直ぐな瞳で見つめ返した。


「ええ、いつもママの料理を美味しくしてくれてありがとう」


 突然の感謝の言葉に、少女はまるで自分が偉い人になったように錯覚した。誇らしく、満更でもなさそうに頬を赤らめる。

 そこで、ふとあることに気が付いた。


「でも、パパが作るご飯あんまりおいしくない……」


 そう言うと、母親の隣で、食器の用意をしていた父親の肩が大きく跳ねた。

 振り返れば、これまで父親の手料理からいい香りを嗅いだことがない。いい匂いがする日もあるが、味について思い出せば、どれも眉を捻るものばかりだった。

 母親の仮説が正しければ、それは自分を想っていないことだと、少女は胸の辺りが重くなるのを感じた。


「そうね~、パパはお料理が下手だからね~」


「……パパは、アルのこときらいなの?」


 潤んだ瞳で問えば、父親は食器をテーブルに並べながら優しい声で告げた。


「大好きだよ、もちろん。パパは、料理じゃなくてお仕事してるから、それでママもアルも美味しいものが食べられるんだぞ」


「あら、誰のおかげで美味しいものが食べられてるですって?」


「ママとパパがいるから!」


 つまり二人がいることで、自分はお腹いっぱいに美味しいものが食べられるのだと、そういう結論に至った。

 自信満々に応える少女を、両親は微笑ましく笑い合った。

 そして、いつも通り三人揃っての晩餐に、舌鼓を打って席に付く。

 それが少女にとって当たり前の日々であり、幸せだった。


  ******


 視界全土に赤とオレンジ。

 これほどまでに巨大な火を、少女は見たことがなかった。

 火とは、寒さから自分達を退けてくれるものであり、母親の料理を手助けしてくれるもので。常に少女の家庭を、裕福にしてくれるものだと信じて疑わなかった。

 黒煙は凄まじい唸りを立てて、着実に少女の家を蝕んでいく。

 もう一歩、先に進めば溶けてしまいそうな熱に、助けを求めることも、声を上げることも、恐怖に支配されておぼつかない。


 私の家。

 私と、ママとパパの家。私の、ママとパパ………。


 これが罰だとするならば、原因はなんなのか?

 帰りが遅くなってしまったからか。怒られることよりも、自分の成果を褒めてもらいたいという欲か。それとも………。

 心当たりを片っ端から思い浮かべては、心の中で謝罪する。だが、今さら後悔に頭を下げても後の祭りだった。


「どうして」


 見上げた先の変わらぬ惨劇が、霞みがかった少女の瞳に焼きついていく。


 どうして、どうして、どうして……


 朱く染まる空の下、少女の切羽詰まった問いだけが孤影していた。


 …………。


 答えてくれるものは、しかし、誰もいなかった。


「どうして、殺そうとするの?」


 いかないで、と伸ばす幼子の手をすり抜けて、二つの命が事切れた。

 最後まで読んで下さりありがとうございました。

 次回も読んでくれたら幸いです。

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