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アフターカタストロフ -リメイク版-  作者: 優
第一章 天魔境戦争 -前編-
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2

 アザレス。

 またの名を『果ての地』と呼ぶ。

 剥き出しの地層と乾いた風に支配されたここが、かつては動植物たちの宝庫だったと謂えば耳を疑うだろう。まさにハデルもその一人だった。

 彼女も書物で読んだ一人に過ぎないが、文章からの想像でも分かる。

 今のアザレスに当時の面影はない。少し期待していた分、ハデルの目には深い哀愁の念が見え隠れした。


 白骨化した生き物の頭部を平然と踏み潰し、ザクロは目の前に広がる景色に笑みを零した。


「着いたぜ、第一防衛ライン」


 切り立った崖の上に、異形の姿をした二つのシルエットが姿を現す。

 先の光景に陶酔しているザクロとは裏腹に、ハデルは顔を歪ませた。

 二人の眼下に広がるのは、夥しい数の魔獣の死体だった。


「思ったより酷いはね……」


 なんとか言葉を絞り出す。

 彼女が軽く見渡しただけでも、身体を真っ二つにされた個体、頭部を吹き飛ばされた個体、全身を容赦なく穴だらけにされた個体。

 動植物たちの宝庫とは真逆の有様に、ハデルは思わず目を逸らした。


「ケヒヒ、……これだよ。これが戦争だ」


 これほどの惨状を前にしても、ザクロの言動は変わるどころか浮かれていた。寧ろ、好調といってもいいほど、その軽口に余計、拍車がかかる。


「アザレス。またの名を『果ての地』なんて呼ぶ。どこに位置し、どこに存在しているのかも知るものはいない。

 ()()()()()を見つけたもんだよな」


 そう言うのも、魔界内での喧騒や暴動などがご法度であることに、彼が反対派であるからに尽きる。それを知っているからこそ、ハデルはこの男に対し蔑みの心しか持ち合わせられなかった。

 すると、何かに気付いたように、突如、ザクロの面に影が落ちた。


「……ただ納得いかねえとするなら、明らかに事後ってところだ」


 一気に冷めた様子で呟く彼と、不本意ながらハデルも似たものを感じていた。

 戦争中とはいえ、あまりにも辺りはしんと静まり返っているのだ。


「たくっ、今回の攻防戦はもう終わっちまったのかア?」


 ザクロは尖った歯が並ぶ口を開くと、誰かに聞かせるように吠えた。

 そんな、残念そうな彼の態度とは裏腹に、ハデルはこれで面倒なことは起きないだろうと、安堵の面持ちだった。


「よかったじゃない。下見はもう済んだし、帰りましょ」


 やることは前線の下見と言われたのみ。ならばもう用はないはずと、ハデルは早々に帰路に着こうとしていた。

 くるりと踵を返し、長い黒髪を揺らした。

 しかし、次のザクロの言動に、彼女はその足取りを止めざるをえなくなる。


「おいおい、まだ来たばかりだぜ? 本当に終わった後なら、見放題じゃねえか」


 そう呟きながら、彼は崖から飛び降りたのである。


「ちょ、ちょっと」


 聞き捨てならない発言に、ハデルはザクロの方を振り返るも、すでに彼の姿は視界から消えていた。崖の先端へ急ぐと、下は傾斜になっており、


「もうちょっと見ていこうぜ〜」


 と、憎たらしい男の声が響き渡った。


「……任務違反」


 このまま一人、帰ってしまおうか。

 ハデルは小さくなるザクロを睨みつけ、深い溜息を吐き出した。そして、渋々、彼の後に続くのだった。

 崖を滑り落ちていると、ふと例の塔が目に入った。

 第一防衛ラインとなれば、塔を防衛する区域には侵入しているはずである。しかし、ハデル達がアザレスに到着したときと、塔の大きさに変化は感じられなかった。

 戦争に参加するようになれば、いずれあそこにも辿り着くことが出来るのだろうか。ハデルはそんな想いを旨に塔を凝視した。その瞳に映る景色は、どこか塔よりもずっと先を見つめている。


「(あの先に……)」


 すると、ハデルはもう一度、夢で見た記憶を回想してみることにした。今ならば、父と交わした約束を思い出せるのでは、と思ったからである。

 しかし、時間経過と共に、見た夢が曖昧になるとは本当のことで。父との約束の内容どころか、その前後の会話さえハデルは思い出せなくなっていた。


 父さんはあのとき、あのとき私になにを………?


「            」


 その言葉が知りたい。

 場面は丁度、父親が幼きハデルに約束を告げている光景だった。開閉のみを繰り返す口からは、まるでなにも伝わらなかった。唯一、はっきりと脳裏に焼き付いているのは、父親の娘に向ける微笑みのみ。

 ハデルにとって、父親のその行為は一言で表すならば『救い』だった。

 怒られたとき、傷つけられたとき、悲しいとき。ハデルの気持ちが大きく揺らいだ時期、彼女は決まって父親に相談し、決まってその笑顔を注がれることで乗り越えてきた。

 その笑顔を向けられれば、何があっても先に進むことが出来る。そう疑わずに、幼き彼女はこれまで生きてきたのである。

 だが、今の彼女にとってその救いは、『呪い』に変わっていた。


「……」


 現実。

 我に返ったハデルは土煙を引き連れて、ザクロが待つ下の地層に到着した。服についた埃を手で払いながら、より鮮明な死に様を露わにする死体の、前に立つザクロの背中を見た。


「んな? 近くで見たほうが迫力あんだろ?」


 振り返ったザクロの顔は、プレゼントに興奮する子供のようだった。一片の曇りない素顔に、ハデルは先程の身勝手な行動について言及するつもりがその気も失せてしまった。

 こちらが無言でいると、ザクロはゆっくりと死体の道を歩き出した。

 この期に及んでまだ先に進むつもりか。


「だから…」


 静止を呼び掛けると、ザクロは背中越しに彼女に手を掲げる。


「まあまあ、歩きながら話しましょうや」


 完全に彼のペースである。ハデルの頭の中では、無理矢理にでも連れて帰るという考えが浮上していた。

 すでに戦場の視察は完了している。本当ならばすぐに帰還すべきところだが……。

 その選択を鈍らせている原因。それはあの塔の存在だった。

 もう少しだけなら……。そんな気持ちが、ハデルに保留という選択を実行させてしまうのだった。

 ザクロは自分の後にハデルがついて来ていることに気付くと、目を丸くして驚いた。それに気分を良くしたのか、はにかんだ笑顔で横にやってきた彼女に話しかけた。


「そういやあ、酔いのほうは治ったのか?」


「外の空気吸えたから落ち着いた。けど、この臭いでまた気分悪くなってきたかも……」


「ケケ、どうせこれから嫌でも嗅ぐことになるんだ。これを機に慣れておきましょうよ」


「………」


 ハデルとしては、まだ先に進むことに迷いがあった。遠回しに帰路につくことを提案してみるが、やはり答えは否である。

 亡骸の間を縫うように進みながら、ハデルの視線はずっと塔へと向いていた。


「いいねえ……。俺もそんな風に情熱的に見つめられたいぜ」


「そんなんじゃないわよ。

 どうして、わざわざ天使は自分たちの領地とは別に基地を作ったのか。それを考えていただけ」


 ハデルは塔を見つめたまま、そう呟いた。

 あの塔には敵の住処と繋がる転移装置が存在するという話がある。それは、裏を返せばあそこさえ制圧できてしまえば、彼等の世界に行けてしまうということだ。

 それとも、魔族には機能しないようにできているのか。どちらにせよ、ハデルには理解ができなかった。


「余程、落とされない自信があるのかしら……」


 眉を潜めていると、隣でザクロがぽつりと呟いた。


「或いは、あの場所にある何かを護っているのかもしれねえな」


「どういうこと?」


 珍しく話に乗ってきたハデルに、ザクロは我が物顔で語り出した。


「まず、奴らがここに塔を建てたのは、ここがあの第一次天魔境戦争の舞台になった地でもあるからさ」


「第一次、天魔境戦争……」


 その戦争はハデルも知っていた。それが原因で、ここの自然が荒廃したこと、今行われている戦争が、その延長戦である『第二次天魔境戦争』であることも。


「その戦争で深手を負った最高位天使の一人が、あそこで五百年もの間、傷を癒すために眠りについてるって話だぜ? あの塔は、少しでも早く、その天使の回復を願って建てられたものなのさ」


 「敵も難儀だねえ……」と語るザクロは、同情の眼差しで塔を眺めた。


「まさか、ね」


 流石にハデルは真偽を疑った。最高位天使とはいえ、一人のために故郷全体を危険にさらしてまでの価値があるとは考えにくかった。


「かもしれない、って程度さ。他にも、世界の浄化のためとか、俺達魔族を根絶やしにする兵器を作ってるとかないとか……」


「ふっ、なにそれ。まだ最初のが納得いくわ」


 ハデルの中で虚言だと結論付けたが、口調や表情に生真面目なところが出ていたらしい。ザクロも事の信憑性はわからないことを明かした。

 ハデルは鼻で笑い返しながら、意外にも会話を楽しんでいた。


「他には、どんな噂が立てられているの?」


「さあ、申し訳ねえが俺が知っているのはここくらいだ。

 まっ、真実は楽しみに取っとくってことで」


「そう……。なら、もう十分じゃない? 戻らないかしら?」


「ええ~? 俺もう少し見たいんですけど」


「もう十分よ。私はこの後、予定があるの」


「ハア? 聞いてねえよ。そうならそうと、もっと早く言って下さいよ」


「あんたがここまで自分勝手だとは思わなかったのよ。

 ほら、早く戻りましょ」


 そう言うと、ハデルは歩みを止めた。その後、ザクロも数歩先で足を止める。


「…………もしかして、怒ってます?」


 問いに反してザクロは平然としていた。背中越しとはいえ、それを理解しているからこそ、ハデルも冷静に訴えかける。


「本当にそう思っているなら教えて。

 敵は何人?」


「………三人。いや、四人だな」


「いつから気付いてたの?」


「勘違いしないで下さいよ~。俺もついさっきですって」


 背中に寒気が走り、ザクロは肩をすくめて彼女に振り返った。求めてもいない言い訳を繰り返すが、それは表面上のもので、彼は一度もハデルと目を合わさなかった。


「まあ、可能性はあったんだ。魔獣らの傷も流れてる血もまだ新しかったからよ。

 まだ近くにいるんじゃねえかって……」


「言ったわよね、戦闘はなしって」


「ケケっ、それは極力の話だろ? 俺達、ツイてるんだぜ?」


 この狂人では話にならないと思ったのか、ハデルは何も言わずに来た道を戻ろうとした。


「おっと、きっともう俺たちの居場所はバレてるさ。こんな壁も何もないところで、逆に見つからねえってのがおかしい。……つまりだ」


 カッと、ザクロは突如、上空に向かって顔を上げた。


「戦いはまだ、終わってねえってことだろ——————?!」


 ザクロの雄叫びと共に、ハデルも一時足を止め、同じ方向に視線を向ける。


 重くるしい雲の下。僅かに、何かが光った。

 煌めきは点滅するまでに激しくなり、やがて、白銀に輝く刀身だと気付くのに時間は掛からなかった。

 翼の装飾が施された鍔。握りを掴むのは剣と同等の輝きを放つ甲手であり、甲冑に身を包んだ騎士であった。

 空気を斬りながら、両手に大剣を構えた姿勢で急降下してくる存在に、二人は脱兎の如くその場から離れた。その数秒後、入れ替わるように大剣が大地を砕いた。同時に土煙の爆発が起き、一瞬にして周囲は砂嵐に包まれる。

 ハデル達も飲み込まれ、一時的に視界が不安定になった。


「……っ」


 軽く舌打ちをすると、ハデルは何かの気配を察知し、体を大きく右に逸らした。

 その瞬間、先程まで顔のあった位置に光線のような攻撃が髪の間を通り過ぎていった。攻撃のした方向へ目を凝らせば術者だろうか、大きな書物を持つシルエットとその奥に、もう二つの影が映る。

 足が地面につくと、ハデルは思いっきりそこを蹴り後ろに下がった。すると、煙の外に出たのか視界が開けた。

 そのまま、なんとか地盤が崩壊していない場所を見つけ着地した。

 体勢を整えていると、そこへザクロもやってきた。これからの行動を考える横で、安否の確認ができた男は肩を大きく震わせていた。そして、ついに笑いを堪えきれずに、愉快そうにハデルに顔を向けた。


「今のご気分は? ハデル様」


 まるでこの状況を読んでいたかのような口振りに、キッとザクロを睨みつける。これほどまでに、味方の生存を残念に思ったことはない。

 気持ちを切り替え、ハデルはまだ土煙の中にいるであろう敵に集中した。

 やがて、土煙が落ち着くと中からニ枚の純白の翼が現れる。翼は標的を外したと分かると、ゆっくりとハデル達の方へ転回し、中心から騎士が顔を出した。


 これが天使。


 実物を見るのはこれが初めてだったハデルは、自分でも鼓動が早くなるのが分かった。

 呆気に取られていると、騎士の横に先程、ハデルに攻撃を仕掛けてきた三人が姿を現した。

 書物を持つ眼鏡をかけた少年と、長髪と短髪の少女が二人。

 全員が容姿さえ違えど、その背中には同じく二枚の翼が生えている。

 まだあどけなさの残る表情からは、こちらを排除しようとする思いがひしひしと伝わってきた。

 もう逃れられない。そう直感的にハデルは悟ると、もっといい方法があったのでは? と自分の選択に後悔しながら、今の気持ちを告げるのだった。


「最悪よ、なにもかも」

ここまで読んで下さりありがとうございました。

次回の更新は12/28の22時頃を予定しております。続きも楽しみにして頂けたら幸いです。

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