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アフターカタストロフ -リメイク版-  作者: 優
第一章 天魔境戦争 -前編-
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-2-

 陰雲の空に、やがて宵闇が現れたなら、そこが『魔界』の入り口である。

 稜線を目印に、気の遠くなるほどの岩峰を越えると現れる。まるで、裁きの鉄槌を落とされた如く、クレーター状の巨大な穴が開いていた。

 直径およそ1.6キロメートル、深さ不明。

 そこから立ち昇る瘴気という有害な毒の靄が、一切の生命の侵入を阻む。

 触れるだけで皮膚は爛れ、肺は侵され、やがて死に至る……。

 そんな瘴気の世界を、平然と暮らすものたちがいた。

 決して快適とはいえない環境下で、宣告された運命に抗うように。

 生き残るために自らを強化し、言葉を覚え、知恵をつけ、時には交じり混ざり合うことで適合していった。

 そして、勝ち取ってきた。


 ―――それが、『魔族』。


 ”悪魔”と呼ぶものもいる。しかし、彼らの容姿は、そう名付けるには余りにも独特な進化を、個々に遂げていた。

 角や翼、尻尾の生えたもの。全身が体毛で覆われたもの。主食が血液であるもの。水中、空中、土中で暮らすもの。とても小さきもの、大きいもの。体全体または、一部が哺乳類や爬虫類など、別の個体の機能を有したものなど。

 日々、別の異形種が見つかるように、種族名を上げればきりがない。

 だから、魔界に棲むもの、ということから『魔族』と総称されることとなった。




 見上げれば、星々の代わりに一天を覆う白骨の魔獣の群れ。圧巻なまでの光景は、上空を飛行する一匹の巨大な龍を彷彿とさせる。


「ほへー、今日も傀鳥(かいちょう)がよく飛ぶなあ」


 穴の先へ降下していく飛行魔獣を、岩陰からローブに身を包んだ男が眺めていた。

 瘴気の立ち込める空間を、素知らぬ顔でいられることから、その正体が魔族であることが伝わる。

 ローブの男は、傀鳥と呼ばれる魔獣の唯一、腹部にある薄紅色の皮膚を凝視していた。

 その腹の中にいるのは、今回の戦争参加者の魔族達だ。

 非戦闘員の彼からすれば、同族として応援するのが筋だろう。だが、彼の口元は全く笑っていなかった。寧ろ、運ばれていく魔族の数を想像しては、気重の雰囲気である。そこへ、這うような足音が近付いてきた。

 同じ背格好をしているが、その露出した下半身はまさに蛇だ。うねりながらローブの男の傍に来ると、親身に現状の訳を説明した。


「そろそろ、次の組み分けが近いからな。なんでも、『十柱(とばしら)』が直々に出向くって情報だ」


 蛇の下半身を持つ男の口ぶりは、彼らの目的地がどこなのか把握しているようだった。

 「俺達も急ぐぞ」と付け加えると、慣れた動きで穴の方へと進んでいく。

 その跡を、足取り重くとも追いながら、ローブの男はでも、と不服そうな声を漏らした。


「まーた、オーガや魔人族当たりだけっしょ? あとは使役してる大型魔獣とか」


 まるで見飽きてしまったと。彼は訴えているようだった。そんな彼の愚痴に、前方の相方は無言のままである。

 沈黙なのが嫌だったのか、または構ってもらえないのが気に障ったのか。小走りで隣に追いつくと、ねえ! と馴れ馴れしく彼の顔を覗き込んだ。すると、


「確証があるのさ」


 蛇の下半身の男は、必死に声量を抑えて告げた。

 よく見ると、口元は僅かに震えており、表情を見られたくないのかすぐに顔を逸らされた。どうやら、内心、興奮しているらしい。

 初めて見た彼の様子に、嘘ではないと心の臓がドクリっ、と大きく跳ねる。

 

「揃うんだよ、今回で。十柱の子供達がな」


 小声で告げられた内容は、ローブの男を納得させるには十分な材料だった。


「…………それマジ?」


 驚愕のあまり、歩くことさえ忘れて聞き返す。

 もし、本当にそうだとすれば、最近の傀鳥の多さも腑に落ちた。

 まさに、理想が現実になる感覚。これまでの彼の人生で、ここまでの昂りを感じことは初めてだった。

 『十柱(とばしら)』。それは全魔族の憧れであり、代表。十の種族から構成された、大魔王直属の配下達である。

 そんなの、誰もが一度は見たいに決まっている。

 高揚感で叫びたくなる気持ちを、すべて口腔に溜め込み、生唾と共に飲み込んだ。


「わかったなら、早く来い。お前も、俺も行かなきゃ、あいつらは第四層にも入れねんだからな」

 

 声で我に返ると、すでに数メートルも離れていた。聞こえてきたのは、荒くなった自身の息遣いだった。


「なんだよ、それ………っ」


 自身も興奮していることに、口元が震えながら弧を描く。

 完全に信じた訳ではない。けれど、目的の場所に着けばすべて分かる……。

 そう心の中で整理すると、仮に、それが真実だった場合を想像して、うきうきで彼の背中を追うのだった。


「この仕事辞めてそっち行こうかな」


「辞めたら石にする」


「えー、じゃあ、一緒に辞めようぜ〜」


 戦場での死が最高の死に様。まして、憧れのもののために散るのならば。それは非戦闘員でありながらも、胸が高鳴る場面である。

 二人は陽気に笑い合いながら、仕事現場へと向かうのだった。



  ****



 魔界、第一層。

 広大な洞窟と、色鮮やかに発光する鉱石が作り出す神秘的な空間。

 その一角に、傀鳥達が集まっていた。

 目のない傀鳥が、長距離を迷うことなく移動できているのは、そう調教したのと、永きに渡り培った帰省本能あってこそである。

 傀鳥の脚が地面に触れ、ゆっくりと上体を下ろす。そして、開口した奥から、次々と魔族達の姿が露わとなった。

 やっと着いた……。そう似た感性を抱く以外は、彼らの姿、形に一貫性はない。まさに異形の集まりである。

 その中で、一際、魔族達の目を惹くものがいた。


「ハデルだ」


 誰かの一言で、一斉に辺りがざわつきだす。

 その場の誰もが彼女を一目見ようと、周囲を見渡していく。

 そしてついに、一匹の傀鳥から降りてくる彼女を視認した。

 美しい輝きを放つ鉱石でさえ、ハデルへと注がれる視線を独占することはできない。

 大勢の視線を浴びながら、大衆の間を通り過ぎていく。

 まるで、物を見るかのような目、目、目。その目が、ハデルは嫌いだった。


「あのフル―レティ様の一人娘……」「話掛けてもいいかな?」「やめとけ、氷漬けにされるぞ」「裏切者がなんで?」「てめえ、まだそんな与太話信じてんのかよ」「母親って精霊だろ? どうして大魔王様は十柱とばしらの座から降ろさないんだ」「かわいい……」


 親しみの悪魔、憧れのゴブリン、傍観者のガーゴイル、恨みのハーピー、怒りのデュラハン、妬みの吸血鬼、下心のサキュバス……。

 様々な感情の渦が、良家で育ってきたハデルを飲み込もうとする。

 中には、自らの武器をチラつかせ、彼女を威嚇する輩もいた。

 にも関わらず、誰一人として彼女に近付こうとするものはいないのだ。

 その訳を、ハデルには心当たりがあった。

 もう、ここに来ているのね……。と、ある一人の男の存在を、魔族達の中から探し始めた。彼には少し過保護なところがあり、ときに煩わしく感じることもある。が、こういう場面では抑止力になっていることに、少し複雑な心境を抱いた。


「………」


 だからこそ、一部、自身を攻撃的な目で見る輩にも知らぬ顔ができた。彼らとて、命は惜しいのだろう。

 そのとき、別の傀鳥から一人の魔族が降りてきた。その足取りは、歩くのがやっとなのか、一歩、一歩と慎重に降りてくる。

 漸く、傀鳥から地面に足が着いた瞬間、すぐにその場に倒れ伏した。よく見ると、まるで雷にでも打たれたのか全身黒焦げで、硬そうな鱗の肌もあちこちが剥がれていた。小さな呼吸音もやがて、聞こえなくなり、痙攣が止むとすでに絶命した後だった。


「おいおいっ、こいつ、帰りの傀鳥に渡す魔力量も考えずに乗って着たぜ」


 亡骸の前に、ぞろぞろと魔族達が集まる。命からがら逃げてきたであろう同胞に対し、彼らは賞賛どころか罵倒の言葉を並べた。


「傀鳥は微量の魔力で手を貸してくれるが、自身達よりも弱ぇ魔力のやつが乗り込んできたら、全部吸い取っちまうんだよ」


「最期にお勉強できてよかったでちゅねー」


 魔族たちの下劣な高笑いが響く。その声に、ハデルは気を取られてしまった。

 彼女の視線が一瞬。そちらへ向くのを待っていたかのように、群衆のうちの数名に動きがあった。

 その内の一人が、背後から近付く。蟷螂を連想させる腕は原型よりも遥かに強固で巨大。体はまるで影なのか、魔族達の体をすり抜けていく。彼らはそれに気付くことなく、道を譲ってしまう。

 高嶺の花に、危険が迫る。

 もう少しで標的が間合いに入る、その時。触れられるはずのない肩に、後ろから赤子のような手が置かれた。

 振り返ると、夥しい数の赤子の手。が生えた膨れ上がった肉塊から、無数の眼がその者を捉えていた。すべての紫色の瞳が鉱石並みの輝きを放つ。それが、姿を隠す者を探知できる能力の発動条件なのだろう。


 やめろ。


 そう無言の圧がかかる。

 なぜ? と一切怯まない相手に、ハデルの方をもう一度よく見るように、彼の肩に置かれた赤子の手が指差した。

 言われるがまま、再び標的の方を窺う。彼女のいる奥方。大きな影が揺らいでいた。

 誰もが手を出せない、その元凶が。


「チッ」


 その人物が誰なのかを理解したとき、魔族は己の弱さに舌打ちをし、群衆の中に消えていった。

 多眼の魔族は、刺客の姿が消えたのを見計らうと、他の共犯者にも警戒した。とはいえ、別の共犯者も、すでに同じ志を持つ魔族達によって阻止された後で、その者達と目が合った。

 互いの勇気ある行動に敬意を払い、挙を上げると、親指を立て"よくやった”と、静かに賞賛し合った。


「ハデル」


 同時刻。彼女の名前を呼ぶ声が響いた。

 聞き馴れた声に、ハデルは暗がりの方へと顔を向けた。

 蹄の足音を引き連れて、金属同士のこすれる音が徐々に大きくなる。

 やがて、暗闇よりも一層、深い黒いシルエットが浮かび上がってきた。鉱石の明かりによって、ゆっくりとその姿が映されていく。

 甲冑に身を包んだ黒い骸骨の馬が顔を出し、次に、その馬に跨る騎士の恰好をした男が現れた。

 黒と藍色を基調とした重厚な鎧。まるで悪魔を連想させるかのような二本の角を模った兜。兜の頭上では背中まで伸びる青い羽根飾りが揺れ、魔族とはまた違った異様感を放っていた。

 先程まで騒がしかった魔族達が、彼を一目見るやしんと静まり返る。

 少しでも彼女に近付こうものなら、首を撥ねられる。それほど切迫した空気が、辺りに漂っていた。

 群衆が緊張感に包まれる中、騎士の男は、彼女の前で愛馬を停止させた。


「早かったわね、ロア」


 騎士を見上げると、ハデルは呼び慣れた様子で彼の名を呼んだ。

 主人に名前を呼ばれ、兜の下の虚空がゆっくりと彼女を覗く。

 現騎士団団長兼、ハデルの護衛騎士。ロアと両者の間柄は、親公認の主従関係に当たった。


「私はお前の騎士だ。何があろうと、それが揺らぐことはない」

 

 籠り気味の硬派な声が、主人への忠誠度を語る。そこにはやはり、過保護な側面が見え隠れしていた。


「ほんと、相変わらずね……」


 二人の主従関係は、まだハデルの父親が存命だったときから続いており、元々は彼女の母親が護衛対象だった。ハデルが生まれ、母親の護衛騎士にも息子がいたことから、後に、親子に渡っての女王と騎士の結びつきが構築されることとなる。

 「私はお前の騎士」という発言は、昔から事次第に言われてきた。

 当時はその宣告を聞くのがムズ痒く、頭を悩ませていた。が、今聞くと、昔と何も変わっていない彼の姿勢に安心感さえ芽生えた。

 懐かしさに耽っていると、彼女の前に手入れの行き届いた甲手が差し伸べられる。


「乗れ、四層まで送る」


 あの頃よりも大きくなった手。懐古感で緩んだ目つきがぐっ、とつり上がる。

 第四層。魔族の坩堝と呼ばれるほど、魔界内で随一、数多の種族が集う場所。

 そこが、今回の最終目的地。

 いつまでも子供ではいられない……。行動しなければ、いつか私はあの魔族達のいい観賞物でしかなくなってしまうのだから。


「……ええ、頼むわ」


 覚悟を決め、己が騎士の手を掴んだ。

 最後までお読み頂きありがとうございます。次回も楽しみにして頂けましたら幸いです。

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