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アフターカタストロフ -リメイク版-  作者: 優
第一章 天魔境戦争 -前編-
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 シオンは、気の立った目つきでアルと顔を見合わせていた。

 握手の際、予想以上の握力に思わず膝をついてしまった屈辱。その手を振り解けなかった自身への劣等感が少年の内側で渦を巻く。そんな彼の最終防衛線は、彼女から目を逸らさないことにあった。逸らしてしまえば負けを認めてしまうと、さらに眉間に力が入る。

 しかし、怒りの表情は、やがて数秒ごとに浮き上がった皺の数を減らしていった。

 熱が急激に冷やされていくような。まるで、己のことを祝おうと退けていたことだと気付いたときのように。怒るに怒れなくなる気持ち。

 彼女の目だ。眩しすぎるほど真っ直ぐ、シオンを映す琥珀色の瞳。

 ただお前たちを護りたい。それを伝えるのには、アルは少し不器用だった。


「………」


 それは、戦場でも変わりはしなかった。

 横たわるシオンの霞がかる視界に、その時と同じ顔をした彼女の姿が映る。

 自分達が苦戦を強いられていた魔族を一撃で仕留め、アルはもう一体の悪魔へ目標を定めた。

 ハデルの冷たいセレストブルーの瞳が、アルを静かに見下ろす。

 アルは、悪魔が仲間の仇を打ちにくると警戒していたが、一向に攻撃の気配は感じられなかった。

 このままではシオンが間に合わない……。出血の量から、アルはすぐにでも少年の傍に行きたかった。

 どうにか二人を引き離そうと、まずは距離を詰めようと一歩、前に踏み込んだ時だった。


 パキリッ


 枝を踏んだときの感触と音に、無意識に地面を見下ろす。

 そこには、蔦のように長い枯れ枝が一本。そこで疑問に思う。

 枯れ枝とはいえ、ここに植物があるはずがない。

 その瞬間。腹わたを抉り出されるような殺意が、アルの背後に蠢いた。

 彼女の背を優に上回る黒い影。その正体は、陥没したザクロの頭部から伸び、無数の触手を束ねて一つの生物として現れた。

 頭部に位置する箇所。ぎょろぎょろと動く一つの目玉がアルを捉えると、彼のすべての触手が彼女の全身に襲い掛かった。






 時は再び、アルとシオンが握手を交わした場面に遡る。

 二人の間に立ち込める空気は、他の三人を近寄りがたい気分にさせた。せめて、火に油を注がないよう配慮しながら、じっと仲裁に入る機会を窺う。

 その現状に終止符を打ったのは、扉を勢いよく叩く音だった。

 思わず、飛び上がる思いで全員が扉に顔を向ける。


「おーい! 全員揃ったんなら早く来てくれ、あとはもう君らだけだ」


 扉の向こうから聞こえてきた声に、「は、はい! すみませんっ」と反射的にチサが返答した。


「た、隊長さん、取り敢えず急がないとっ」


「あ、ああ、そうですね。行きましょうか」


 チサの慌てた様子に、アルは我に返るとシオンを掴んでいた手を離した。そして、勢いよく立ち上がると、すぐに叩かれた扉の方へ向かった。

 

「皆さんも、私についてきて下さい」


 そう言いながら、彼らを先導しながら扉へ急ぐ。その背中は、どこか重い荷が下りたように、足取り軽やかに進んでいった。

 一方で、シオンだけが膝をついたまま動かずにいた。手がズキズキと疼く彼の脳裏にちらつくのは、その痛みを与えた者が放った言葉だった。


『そっちがどれだけ死に急ごうと、私はお前らを見捨てない覚悟でここにいることは覚えていてほしい……』


 『立派な天使になるまで、私が “加護”してやる!』


 シオンは混乱していた。同族を殺めた者があそこまで情熱と覚悟の籠った言葉を吐けるものなのか。結局、その答えには辿り着けず、近付いてくる足音に耳を傾けた。


「彼女、どう思います?」


 見上げるとマークが手を伸ばしてきた。起き上がらせようする手を無視し、シオンは自力で立ち上がる。


「仲間殺しに違いはねえだろ。……あいつは否定しなかった。それは事実だ」


 違和感はありつつも、シオンは相手が一瞬見せた沈黙に着目した。

 とはいえ、すっかり興がそがれてしまったらしく、大きく背伸びをすると両手を頭の後ろで組んだ。


「取り敢えず、様子見ってとこかね。そうすりゃ、あっちから本性曝け出しそうだし。……てか、もう出してただろ、さっき」


「半分以上は君の自業自得だけどね。僕でも、あんなこと言われたら蹴りの一つくらい入れたくなるよ」


 マークの指摘に、真顔になるシオンの元へ女性陣も加わってきた。


「私も同感よ。これからチームとして一緒に戦うっていうのに、あんなこと言って何考えてるの? 神経を疑うわ」


 開口一番、腕を組んだミラが辛辣な言葉を投げ掛ける。シオンは、だってと言い訳を並べるが悉く百倍になって自身に返ってきた。最終的に、唇の先端を尖らせ自分は悪くないことをぶつぶつと呟く次第である。

 そんな言い争いが起きているとは露知らず、扉の前に辿り着いたアルは、早く早くと、彼らに手招きをしていた。

 その様子にミラは深く息を吐いた後、シオンと同様の意見を述べる。


「真偽はどうあれ、今は邪険にしている場合じゃないわ。感情移入するだけ辛くなるだけなんだから。気楽にいきましょ。

 ……まずは、()の実力拝見ね」


 シオンが頷く中、ミラの発言の一部に疑問を覚えたのか、小さい声でチサが尋ねた。


「っえ、隊長さんって女性じゃないんですか?」


「は? 男だろ」


「女性に、僕には見えるのですが」


「「「「……」」」」


「………(早く来い!) 」





 扉を開けると、乾いた外気の冷たさがアルの全身を吹き抜けた。


「やっと来たか。待っていたよ」


 扉が完全に開かれると、目の前に小麦色の肌をした体格のいい大男が立っていた。


「君たちか、今回の支援部隊というのは」


 いかつい見た目に反した優しい声は、扉の先でアル達を呼んでいたものと合致する。

 男の後ろには曇天の空が広がり、胸壁の間から吹き上げる風に自分たちがどこかの建物の最上階にいることがわかった。

 扉を閉め、前に出ると余計に風を強く感じた。気を抜けばよろけてしまいそうな風圧に、アルの短い髪が耳の辺りで揺らぐ。こそばゆさこそありつつも、稀に鼻をつく臭いが、明らかに別世界に足を踏み入れた感覚に陥らせた。


「初めまして。この度、こちらの支援部隊を任された隊長の、アルです。よ、よろしくお願いします」


 はっとしたようにアルは慌てて男に敬礼した。

 隊長と口に出して言えば、どうしても実感が湧かず、言葉にぎこちなさが滲み出ていた。


「俺は、ここ西の塔を担当しているアレクだ」


 緊張をほぐそうとしてか、男は優しく笑みを浮かべると自身も敬礼をした。

 一瞬の間の後。アレクと名乗る男は彼女の名前を知ると「そうか、君が」と一層、アルに視線が注がれる。

 アルはその目を見ることができなかった。どれだけ友好関係を築こうとしても、この名を聞いたものは全員アルの元から離れていった。

 関わりたくない。そういう思いは、視線だけでも辛いものがあった。


「こちらこそ、よろしく頼む」


 だから、彼がそう言ってきたときには驚いた。

 まるで、鳩が豆鉄砲を食ったような顔でアレクを見上げれば、彼の歓迎を促す表情がそこにはあった。

 理解が及ばず静止するが、このままでは相手に失礼だと深く頭を下げた。


「こ、こちらこそ、よろしくお願い致します」


 不慣れなりにもそう言うと、頭上でアレクはうん、と相槌を打った。その後、彼女の背後に立つエンジェル達に気付くと、彼らも緊張気味にこちらを見つめる姿があった。


「君たちも、小天使から上がったばかりかと思うがよろしく頼む」


 シオン達にも気さくに話しかけ、アレクはにかっと笑みを浮かべる。

 それぞれがそれぞれの返事で了承し終わると、アレクはこちらの面々をもう一度よく見た後、くるりと反対方向に体を向けた。


「早速で悪いが、一先ず持ち場へ案内しよう」


 その言葉に疑問を浮かべたのはマークだった。


「ここが、防衛の砦ではないのですか?」


「ここは第三防衛ライン。いわば最終防衛線だ」


 背中を向けたままそう告げると、アレクは胸壁の間から広がる荒野を指さす。


「俺たちが防衛するのは第一。ここからずっと先の、戦場のど真ん中だ」


 肉眼では見えない戦地に、アル達は鋸壁に近付いた。そこから下を見下ろせば、同族さえ蟻と変わらなく見えるだろう。そんな高さと要塞のような塔の上に、アル達は立っていた。

 この先で戦いが行われている。流石のアルにも緊張の色が浮かんだ。

 ふと後ろのエンジェル達を見れば、彼らもアルと同様、それ以上に不安な様子が顔に色濃く出ていた。


「………っ」


 アルの目的は、そんな彼らを無事に護りきること。そう考えると、自然と拳に力が入る。


「これから、君たちにはアザレス第一防衛ラインへ支援部隊として出向いてもらう。すべてが実践だ。一人の戦士として踏み出した君らだが、油断はしないでほしい。もちろん、我々も全力でサポートしていく」


 アレクは尻込みすることなく、アル達が出てきた扉とはまた別の扉に手をかけた。その先がこれから支援する場所へと続いているのか。取っ手を掴んだ瞬間、アレクの表情から笑顔が消える。

 ここから先、笑い事で済まされないのは本能が教えてくれた。


「続きはあちらで話そう。早く戻らないとファームルに怒られてしまうからな」


 「では、行こうか」と、アレクは掴む取っ手を捻ろうとして動きを止めた。


「その前に、これだけは覚えていてくれ」


 そう付け加えると、アレクは神妙な様子で告げた。


「悪魔と遭遇したら、逃げろ」

 最後まで読んで下さりありがとうございました。

 次回も楽しみにして頂けましたら幸いです。

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