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悲劇の予言


 ———500年前————。


 雲の上は、それは見ているだけで爽快な青空が広がっていた。

 とはいえ、この風景の広大さを賞賛できるものはいない。

 決して、拝めず。

 決して、来られず。

 決して、知られず。

 決して、交われず。

 空は、雲と自身の境界を隔てて、これからも互いの領域を保つことに専念するのだろう。


 それを壊したのは一筋の光だった。


 突如、空から赤い流れ星のような光が降りてきた。

 恍惚と輝く光の正体は、首飾りに嵌め込まれた宝石である。そして、首飾りを身に付けているのは白装束を身に纏った生き物だ。人の姿をしているが、違和感を覚えるのはその背中に生えた計六枚の翼である。

 その種族の名は『天使』。どこへでも自由に飛翔できることを願う意が込められている。

 しかし、天使の翼は飛翔するどころか、六枚すべてが黒く焼き爛れていた。

 骨組みは痛々しく露出し、重力に抗う様子もなく落下していく。ほかにも、切り傷や焦げ跡、衣服の隙間から覗いた肌は赤黒く変色していた。

 風圧で千切れかけた羽根や衣装が、次々と本体から離れ塵へと消える。やがて、天使の体は雲の中へと沈んでいった。


 視界がしばらく霞むと、次の瞬間。灰色の開けたところに出た。

 地上だ。

 満身創痍の天使に追い撃ちを駆けるかのように、その日は生憎の土砂降りである。大粒の雫とともに、天使の身体は吸い込まれるように巨大なクレーターの中へ姿を消した。

 陥没した地面にまた小さな窪みが生まれ、そこに、容赦なく雨が降り注いだ。仰向けに倒れた天使の顔に乱れた白髪がべっとりとへばりつき、素顔を窺うことはできない。



 窪んだ地面にどんどんと泥水が溜まり、ぬかるんだ土が不快に髪や皮膚に絡みつくも、体を捻じる余力さえ天使には残ってはいなかった。

 絶命したかと思われた天使だが、微かに呼吸音と胸部が上下運動を繰り返し始めた。

 かつては美しかったであろう容姿は、血と汗と泥で見る影もない。

 耳を劈くほどの雨音の中、天使の瞬きと同時に、周囲に気配が現れた。

 視力も機能していないのか容姿や性別等を識別はできず、白い影が四つ、天使には映っていた。

 しかし、彼らが何者なのかを天使はよく知っていた。自身が、彼らの憎悪の対象であることも。


「あなたの負けよ」


 影の一人から発せられた声は女性のものだった。

 彼女の声は、この土砂降りの雨の中でもよく透き通り、鈴の如くよく響いた。


「あなたの謀反はすべて鎮圧しました。

 これから、あなたには天界及び、神への反逆罪として相応の裁きが下されます。

 ……随分と、やらかしてくれましたね」


 そこで話を区切ると、周囲を見渡す動きが見られた。

 周りには、羽と同胞の亡骸でできた大地が広がっていた。天使達から流れた血液が雨水と混ざり、最後に落ちてきた天使へ流れていく。赤い水溜りは徐々に白装束を赤く染め始めた。

 亡骸は互いが重なり合い、その数の数百倍もの抜け落ちた羽根は供花のようである。


「どうして、我々を裏切ったのですか?」


「………」


 声の問いに天使はなにも答えなかった。呼吸をするのがやっとの様子に、彼女は語り出した。


「神への反乱行為だけでなく、我らが同胞を誑かし手駒として利用した。中にはあなたを崇拝していた者達もいたでしょう。ですが、もうあなたの盾も味方もいません。

 もう一度言います。———、あなたは負けたのです」


 否定するように強くなる雨。土と鉄の臭い、瞼越しに刺さる無数の視線。背中に走る針のような冷たさが、泥水と混じり合った亡骸たちの悔しさに感じられた。


「負け? 私が?」


 重く、無限の暗闇を纏った声は戦況がはっきりしていながらも、頭上の天使たちに警鐘を鳴らした。


「……そうか、お前たちにとっては、これが勝利か。それは、とても切ないことだ。

 悲しく、悲しく……、それでいて愛おしい子たちよ」


 淡々と告げられる言葉に怒りといった負の感情はなく、まるで我が子を愛でる親のように。聞き入ってしまえば最後、この天使の裁きを躊躇ってしまうかのような力を宿していた。


「終わりにしましょう」


 判決を言い渡すように、声が告げた。すると、声の主の手から赤い火が現れた。それは雨の中でも衰えず、寧ろ雨粒を燃料として大きく燃え盛ると、目の前の大罪人へと燃え移った。

 炎は一瞬にして天使の全身を包み込んだ。そして、散った火の粉は周囲の同胞たち諸共辺りを火の海にした。元凶の天使は炎に身をよじることも悲鳴をあげることもなく、至って穏やかな様子だった。

 その柔らかな唇が溶け落ちる間際、最後にゆっくりと開口される。


「あなた達がまた誰かを愛するのならば、いずれまたこの争いは起きるでしょう。しかし、あなた方はそれを防ぐことは出来ない。なぜなら、あなた達は愛の前では無力なのだから」


 天使の体は炎に飲み込まれ消えていった。その後を追うかのように、空高く火柱が立つ。その炎の勢いは劣ることを知らず、地上一帯を浄化していった。



 後に、この争いは『天魔境戦争』と呼ばれることになる。多くの反逆者を作り、そのほとんどが帰らぬものとなった惨劇は、天界史上もっとも悲惨な事件となった。

 事の発端となったのは、一人の天使が起こした反乱行為が全ての始まりとされているが、誰一人として、その原因を知るものはいない。

 そして、あのとき天使が言い遺した予言も、誰も鵜呑みにはしていなかった。

 再び悲劇が始まる、その時まで。



 これは終わりから始まった、その後の物語———。


(すぐる)と申します。

この度は、数ある作品の中から私の作品を見つけて読んで下さりありがとうございました。

本日は、続きも更新させて頂きますので、そちらも読んで頂けたら幸いです。

本日はご一読ありがとうございました。

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