第六話 危険な場所
中島病院。
昔から“死亡者が多い”という噂はあった。
入院中の患者が行方不明になるという話も。
だが噂だ。事実であるという根拠はない。
しかしそんな噂が、まるで真実だったんじゃないかと思わされたのが、閉院だった。その理由が院長兼理事長、中島 亨の自殺だ。
その後に判ったことだが、看護婦、助手、患者にも自殺をした者が数名いたのだと、あとから警察の捜査で判明している。病院側は、自殺者の多さに変な噂が広まらないよう、心不全や、事故死と隠蔽していたのだ。
中島 亨の自殺後、妻と娘も、自宅で合わせたかのように発作で亡くなっていた。
話はそこだけに留まらず、閉院後に屯していた不良やホームレスの変死体も出てきていた。
ダンさんが、ホームレスも近づかないと言ってた理由はそこにあった。
それだけのことがあれば、事業者など建物は借り手も付くわけもななった。新しい病院経営が出来るよう都が中島家から買い取り、経営には補助金も出すという条件も提示したが、今も尚廃墟のままだ。
変死体も出たことから、都は柵を設置し、人が侵入できないようにしていた。
だから子供らが入るわけはないと、夕紀は自分に言い聞かせていたが…
「マジか…」
嫌な予感は当たった。
通りに面した場所は、柵がしっかり設置して入れないようになっていたが、裏路地を回って建物と建物の隙間を抜けると、そこに四台の自転車があった。
敷地の裏手の金網は、どうしたのか破れて穴が空いていた。
夕紀は、掌に僅かな炎を灯した。破れた金網の劣化具合から、当然子供らが空けたものではないのは判るが、閉院後に屯してた不良連中が壊したのか…。
「ここを彼らの誰かが見つけた…ってわけか」
子供の冒険心とは、時々大人の予想を上回ることがある。そのまま子供たちの思い出の冒険で終わることもあれば、事故に繋がることも少なくない。
小柄な夕紀でも、この穴を通ると、切れた針金に制服を引っかけそうだったが、仕方なく、手と膝を着いて敷地の中へと入った。
「…空気が重い。出来れば、不安がハズれて欲しかったな」
夕紀は膝と手の汚れを払いながら、そう言った。
“空気が重い”とは、不気味な雰囲気に飲まれて言ったことではない。
夕紀は魔導士。魔術を使う者。魔術はこの世の物理法則とは異なる力であり、それに近い性質の、霊的、呪い等も感じることができる。
この建物からは、そう言った中でもあまりよくない強い“負”の念を、通りか、常に感じていた。
そういったものに対する、専門の術を使う僧侶や坊さん等はいて、魔導士は少しそれらとは異なるので、もし“何か”が現れたとして、100%の対応は出来ない。
それを思うと、夕紀は少し怖さを感じた。
夕紀は、手のひらの炎を少し大きくし、建物の周囲を歩いて回ることにした。
建物の外にいてくれればいいが、きっと中に入ったのだろう。脩の友達か誰か、ここに入れると既に事前に調べていたのかもしれない。それが子供らの中で噂になっていたか。
「ここか…」
建物を一周することなく、それらしい侵入口は見つかった。職員専用の出入り口だ。
扉は鍵が掛かっているが、足元のガラスは割れている。
「……?」
夕方は炎で足元を照らした。
これも金網と同じ人物が破壊したものかと思ったが、どうもおかしい。
破片は建物の中ではなく、外側に散っている。
「他に侵入口が…?」
中から破壊して出た者がいるのか?そう思ったが…
突然、割れた中から誰かが自分の“腕を掴もうとする”ような感覚を覚えた夕紀。
ーー…わ!
驚き思わず腕を引っ込めた。
普通の人なら解らないであろう感覚。夕紀は血の気が引くのを感じた。
たまに通りを歩くと、この建物から感じてるものは確かにあった。だが、初めて敷地に入って理解した。
ここはヤバい。原因は判らないが、相当危険だ。
夕紀は、高鳴る鼓動を落ち着かせようと、静かに、深く深呼吸をした。
そして屈んで、割れた扉の下部から中へと入った。
「……」
暗い。
もちろん日が沈み、暗い時間なのだが、それ以上に暗い。何かしらの強い負の念が生み出してる闇の現象だ。
懐中電灯の灯りでは、飲み込まれそうな。
そして、何かが聞こえる。
小さな、しかし無数の声のような…。息で喋る囁き声のようなものが、幾つも重なるように耳に入ってくる。
夕紀は恐怖を感じていた。これなら殺し屋を相手に戦う方が楽だと思った。
掌の炎を握りつぶすように消すと、夕紀は身体のあちこちから、炎を発した。
魔術を子供たち見られるかもしれないが、そう言っていられる状況ではない。子供らの命に関わる状況だ。
一瞬、炎は天井に届きそうなほど大きく発したが、すぐに小さくなり、両手、両足からメラメラ炎が出ている状態になった。
すると、小さな無数の囁き声は聞こえなくなり、炎の灯りとは別に、廊下の闇が少し明るくなった。
夕紀の放つ炎は、力そのものは自然界と変わらない。だがこれは魔術を秘めている。霊的なもの、呪いといったもの対しても効果はあった。
無論、夕紀も知識としてそれを知ったやったことだった。
「…ここを一つ一つ探すのは、ちょっと骨が折れるわね」
不安気な顔で苦笑する夕紀は、廊下の奥へと歩き出した。