第二十話 何があったか、半裸の二人
激しい頭痛と、吐き気…
ここは六堂の住処。目を開けてそれは解った。
“坂崎 涼子”という刑事であり、彼の師である女性が所有する、埠頭の倉庫だ。
“中島病院の一件”から、何度か来たことがあったが、あの時と同じ。目が覚めたら“あの”天井。
ただ、あの時と違うのは…、ベッドに六堂がいること。鼻がくすぐったくて目を覚ましたが、顔の下に六堂の頭があった…。
何より二人とも下着姿で半裸だ。
そして、どうして、ここに来たか憶えてない…。
――な、何、この状況…
本当ならびっくりして飛び起きる状況なのかもしれないが、具合いがどうにもよくない。
しかし気持ち悪くて眠れもしない。
まさか!と、異性との交際経験もない自分のあれやこれやと想像してしまう焦りを抑え…、夕紀はここに至る前、何が起きたか、朦朧とする中で思い出そうとしていた。
――そう…海外ダイヤモンドブランドの“ベンチーニ“…
ベンチーニと契約を結んだ日本人モデル“新田 玲。ヨーロッパのファッションショーや雑誌にもその姿を見せる今や国際的に売れっ子だ。
その玲を付け狙う人物を排除するという依頼を、渡辺が持ってきた。
依頼主は玲のマネージャーと、彼女の起用を決定したベンチーニの役員だった。
最初は、人気モデルのストーカーか、頭のおかしいサイコなファンの仕業と考えていた。一流の警備会社を雇って警護していて、それこそ警察の仕事だと思い、そこまで皆乗り気ではなかった。
しかし、ベンチーニの役員は、恐らく“プロの仕業”ではないかと言ってきた。
ダイヤモンドに関わる仕事は煌びやかなイメージとは逆に、かなりドス黒いと聞く。
原石発掘に血が流れてることはその世界では当たり前。
ダイヤモンドの価格、いわゆる“給料の三ヶ月の価値”を保つために何年も隠し寝かせたりと、とても汚いことは、裏に生きる者なら誰でも知っている、
だが、そんなビジネスを手に掛けるブランドの役員がそう言うのであればと、チームは本腰を入れることにしたのだった。
そして、ベンチーニの日本でのプロモーションのための来日、玲にとっては帰国時、渡辺たちが警護していた最中、二度、狙われた。その際、警備が数名犠牲になった。
夕紀と六堂で撃退には成功したが、倒し切れず、渡辺は負傷。
その手口は、ただのプロではないと渡辺は推測。木崎が監視カメラに映っていた顔から調べていくと、その正体は、“ゲインズ・イトー”だと判明した。
狙撃、銃撃戦、格闘を得意とする元アメリカ特殊部隊の殺し屋で、ターゲットにされた人物のその命を奪うまで狙うことで有名な男だ。
そしてゲインズを雇ったのが、玲の元カレ、赤城 凌。
玲と赤城は、かつて互いに無名のモデルと役者の恋人同士だった。しかし時を経て今や玲はトップモデル。まして世界のダイヤモンドブランドと契約を結ぶ程に成功をしている。
それに嫉妬した赤城が、執拗にストーカー行為をしていたのだが、とうとう命を狙うまでになった。
当初、“狙われる理由に心当たりはない”と、玲は言ってたが、渡辺たちが問い詰めて判ったことだった。
「…私は、この道で芽が出てから、驕り高ぶったことはありません。彼のことも支えようとしました」
玲は涙ぐみながら語ったこと。よく言えば優しい娘、悪く言えば押しに弱い。そんな玲は、別れた後も彼の言うなりに、金を送金していた。
「ま、“何で?”って思うことが、男女の関係には付き物だ。六堂に夕紀、お前らは若いから、まだわからんかもしれんがな」
渡辺がそう言うと、二人は苦笑した。
木崎は、渡辺の話にまるで他人事と言った風な態度だったので、「お前は女に刺されないような関係を築け」と小言を喰らった。
そしてこの件は、二手に分かれての作戦となった。
渡辺と六堂が、ゲインズ排除。
夕紀と木崎は、玲に手を出すと“どうなるか”、赤城に脅しをかける。
対ゲインズ戦は、玲を囮にするため、かなり神経を使ったらしいということを、夕紀は後から聞かされた。負傷させられた渡辺のリベンジ勝利ということだった。
一方、赤城は、思っていた以上の“クズ野郎”だった。母性をくすぐるルックスと、面倒を見たくなる甘え上手な性格を使い、複数の女性から金をもらって生活していたことが判った。
玲も、面倒見の良さに漬け込まれたようだった。トップモデルになった彼女はまさに“金のなる木”だったというわけだ。
だが、別れ話を切り出され、連絡を拒絶されてから逆上した。
もちろん金のこともあったが、この手の男は女性をとことん利用し平気で捨てるが、自分が捨てられるのはプライドが許さないらしい。
「なるほど、それでゲインズに依頼したわけだ。国際的な裏サイトを介して…」
新宿の高級ホテルの一室。セレブな人妻と思われる女性を追い出し、パンツ一丁の赤城を紐で縛り上げた木崎は、サイレンサーを装着した拳銃を突きつけながら言った。
「いくら支払いができる金を持ってるとはいえ、どうしてお前みたいな素人が、一流のプロを雇えたのか、接点がわからなくてよ…、あー嫌だね、これからはネットを使って会わずとも一流の殺し屋を雇える時代が来るんだねぇ」
赤城は涙をボロボロ流しながら、謝罪した。
「よくわからないでアクセスしたんです。ちょっと、困らそうとしただけで、まさか玲の命が狙われるなんて…」
木崎は夕紀と顔を見合わせてクスクスと笑った。
「お前な、それで色々逃れてきたのかもしれねえが、俺たちは愛人でも彼女でもねえ。お前を殺しに来た“ヤクザ”な派遣スタッフだぜ」
「え!え?殺すぅっ!?」
目をパチパチ瞬きをする赤城の髪を掴み上げた夕紀は、そのまま氷の魔法で頭を凍結させた。
「つめ…冷た!寒い、なに、なに?」
慌てる赤城を、夕紀は目を細くして見つめた。
「ねえ、冬のモスクワで外では頭に暖かそうな毛皮の帽子被ってるの、テレビとかで見たことある?」
「は、はあ?」
「あれ何でか知ってる?冬のモスクワで、頭を保護しないで外歩いてるとさ、知らない間に脳が凍傷にかかって…気づいたら死んでるんだって」
今の話を聞き、じわじわと頭部が冷えるのを感じると、赤城は物理的な寒さとは別に背中に冷たいものを感じた。
「こるぁ!やめろぉ!てめえ!このブス!」
急に怖くなった赤城は、少年のような顔から変貌し、夕紀に罵声を浴びせた。
「やだ、やめない」
ムッとした夕紀は、凍りつくスピードを上げに氷の“ヘッドギア状”のものを作り上げた。
「ぎゃああああああ!早く何とかしろ!そこの“ホストもどき”、お前だ!お前が何とかしろ!」
「あ!誰がホストもどきだ!てめーもう死ね!」
木崎は拳銃を向けた、容赦なく引き金を引いた。
パシュッ!パシュッ!と、サイレンサー独特の銃声を抑えた音が鳴る。同時に、赤城の頭に凍りついた氷の破片が散り、弾丸の威力で首は勢いよく後ろに弾かれた。
すると、赤城は白目をむいて、気絶した。
「やだぁ、失禁してるぅ」
夕紀が引き立った顔でそう言うと、薬莢を拾いながら木崎は笑った。
「こんな分厚い氷、9ミリで貫通しねえよ。それも冷凍庫で作った氷と強度がちげえ」
「ま、これで悪さはしないでしょ。頭皮が凍傷してるんで、ハゲちゃうかもだけど」
夕紀が人差し指で、赤城の頭をなぞると、一気に氷が溶けて蒸発した。
「あらら、ハゲたら、ヒモ生活は送れないだろうなあ」
憐れむ顔で、木崎がそう言うと、夕紀は首を振って苦笑した。




