第13回 ☆について、もう少し。
うん、またついたよ、評価☆一つ。
これ、他のかたのエッセイでも見たけど、やっぱヘコむんだってば。
「☆3つ以下は低評価だと勘違いしてる人がいる」
「☆一つ、ポイント2でも、そうそう転がってるわけじゃないし、ありがたいと思わねば」
「低評価でもポイント増えるからと、前向きにとらえる人もいる」
う~~~~ん。
言いたいことはわかる。
ポジティブに「ポイント増えた!」って考えたり、「ああ、私はまだまだなんだな」って謙虚に受け止めたり。
って、できるかっ!
無理だ。無理すぎる。
そこまで前向き人間じゃないし。メンタル、鋼じゃないし。
じゃあアンタ、中学校とかの成績でオール1をとっても前向きに頑張れる?
そりゃあ、努力しなかった、テストの成績が悪かった、提出物を出さなかったなど、自分に落ち度があればそれも受け入れよう。しゃーない。
けど、けどよ。
どこが悪いのかわからずに「1」をつけられて、前向きにおれる? グレない?
これは息子の話ですが。
ウチの息子、中学三年間、ずっと美術が「3」でした。
可もなく不可もなく。
でもね、三年間、市のポスターコンクールに選ばれるぐらいの成績、残してるんだけど?
それでも「3」。
提出物、ちゃんと出してるんだけど?
それでも「3」。
テストの成績も、授業態度も悪くなかったんだけど?
それでも「3」。
結果。
息子は高校の選択授業で「美術」を選んでません。音楽にしました。
その先生が辛口評価の人だったのか?
受験のための内申点が欲しかった私は、他のママさんに不満をぶちまけました。
するとだな。
「え? うち、『5』だったけど?」
うえええっ?
驚いたよ。見下してたわけじゃないけど、そのママさんの息子、コンクールとか出てないんだもん。テストの成績もウチとどっこいどっこい。おんなじぐらい。
なんだ? 辛口評価の先生ってわけじゃなかったの?
じゃあ、ウチの息子の低評価の原因はなんだったんだ?
驚きと不満と、気分フクザツです。
そういえば、美術で思い出したけど、私の高校の美術教師も不可解な点数の入れ方をしてたな。
「この作品、ボクは好みじゃないから40点」
「この色使いはいいね。ボクは好きやな、80点」
……好みってなんやねんっ!
生徒の間では、40点の作品のほうが好評でした。
40点というのは、大学入試(推薦)で必要な評定「3」を維持するためにつけられる点数。つまり、ホントはもっと低評価なんだけど、しゃーないからつけてあげたよ「40点」なんです。(クソがっ!)
美術なんて、人の感性それぞれだし、評価が分かれるのはしかたない?
小説だって同じだ。好みによって評価だって分かれるだろう。しかたない。
でも、でもさ。
例えば、高校受験で内申点が「40」必要な学校を希望してたとする。
国語、よし。
数学、ままよし。
社会、完ぺき!
と来た時に、
美術、イマイチ。
ってなって、納得できる?
それが、先生の感性と合わないって理由だけで。
投稿した→評価☆3をもらった→☆5をもらった→☆4をもらった→☆1をもらった。
となると。
評価ポイント平均は……
(3+5+4+1)÷4=3.25
最後の「1」がなければ平均は「4」だったんです。
それが「3.2」
これがね、評価者百人とか二百人とかになってれば、平均も大して変わらず、気になることもありません。
けど、物語初っ端、まだ評価者さんも少ないときにこれをやられると……。
「ボクの感性には合わなかったけど(評価1)、まあこれからも内申点『40』の学校(書籍化)目指してがんばってね」
なんて言われて、
「ありがとう! 先生(評価者さん)!」
って言えるか?
ましてや。
「これからも美術(小説書き)の世界でがんばります!」
って言えるか?
私にはムリです。
私のためを思うなら、アップさせる方法も教えてくれ、と。
(そんな豆腐メンタルでやるな! とか言わないように。言っていいのは、鋼メンタルの人だけだけど、それでも、他者のメンタルの弱さを批判する資格はない。何様やねん、アンタ)
一喜一憂したくないけど、底辺アプアプ状態の作者としては、やっぱり気になっちゃうんですよね。
今のところ、こういった☆一つさんに対しては、
「おのれ、いつか見てろよ。書籍化(もしくはなにかを受賞)して、貴様らをざまあしてやる! そのころになってゴメンナサイってゆっても許さんからな!」
とか思ってますけどね。(いつの話やろ、書籍化)
泣かない、負けない、あきらめない。
どっかの細胞さんのように、めげずに作品書いてます。
落ちこむな! 自分っ!!




