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第5話「出会い」・・・推定読了時間約7分

ここから、物語の雰囲気もすこしづつ変わってきます。

少しは、楽しい雰囲気も味わって貰えると幸いです。

 陽の光で目覚めた桃眞。


 ここは陰陽寮の客間。


 障子張りの引き戸の隙間から、差す日光が眩しい。

 手でその光を遮りながら、布団の上で、ゆっくりと上半身を起こした。


 甘い畳の匂いが心地いい。



 この部屋に時計は無い。


 枕元に置いていたスマートフォンで「7:23」を確認する。

 数字の背景に映る、真理と翔太の笑顔を見て、自分を奮い立たせる。


 あの異形の存在……。 


 ――鬼に、殺された者達の仇を取るため、そして、イヌヒコや、これから出逢うかも知れない人々を救う為、陰陽師になると心に誓った。



 桃眞は起き上がると、和室の中にある洗面所に行き、朝の支度を始めた。



 客間から回廊に出た。


 以前に来た時は、夜だった為、はっきりとは分からなかったが、なんとも美しい景気が広がっていた。小さな白い玉石が、一面に敷き詰められた広大な中庭を囲むかの様に、色鮮やかな花々が咲いている。


 そして、その玉石は、目立った凸凹が無いほどに、整えられている。

 鏡面や、揺らぎ一つない水面と例えても良いだろう。


 スズメが屋根の上でチュンチュンと鳴き、花々に引けを取らないほどに色鮮やかな蝶が、中庭の花々の上を舞う。


 眼前には、新緑に染まる山脈が、その存在をしっかりと主張していた。


 桃眞は思わず、深く深呼吸をした。

 透き通る様な緑の匂いが、気道を通過するのを感じる。今まで感じた事のない、爽やかで柔らかい空気が、肺に染み渡った。


 思わず、心地の良い吐息を漏らす。



 そこで、桃眞は不思議な光景を目にする。


 中庭の上を横切る白い飛空物。

 ――ドローンだ。


 この場の雰囲気に似つかわしくもない機械が飛んでいる。


 周りを見渡すが、操作をしている人物は見えない。

 桃眞は、回廊を右方向に回りながら、ドローンを追ってみた。



 回廊から、横に向かう廊下へと続き、赤い小さな橋を渡る。

 橋の下には、鯉が泳ぐ小さな池。


 そこから見える日本庭園の様な景色が、また美しい。


 どうやら、ドローンは離れのような建物へと向かっている。

 板の間の廊下を更に進み、一際大きな離れの家屋に到着した。



 正面玄関の引き戸が開いている。

 旅館の様な広い玄関。


 正面には、これまた障子張りの部屋があり、ドローンは、玄関からすぐ左側にある階段を登っていく。


 桃眞は、恐る恐る階段を登った。

 ギシギシと階段が軋む。



 階段を登り、二階の廊下を突き当たりにまで進んだところで、ドローンは空中で動きを止めた。


 そして、ゆっくりと旋回し、ある部屋の引き戸の前で、宙に浮いたまま静止した。



 一体、ドローンが辿り着いた部屋には何があると言うのか。


 桃眞は、恐る恐るその部屋へと近づくと、ゆっくりと引き戸を開いた…………。


「…………あッ」


 桃眞と目が合う幾人との瞳。


 そこには、今、これから着替えようとしている十代の女子達が、下着姿で立っていた。

 まだ、発育途中の柔肌を包む色鮮やかな下着が、差し込む太陽の光を浴びてカラフルに輝く。


 どうやらここは女子寮のようだ。


 一瞬の沈黙の後、女子達の悲鳴が離れに響き渡たり、静寂を掻き消した。


 慌てる桃眞。


「あ、いや、ちが、これは、ドロッ……ヴォエッ」


 顔面に固い枕がめり込む。

 勢いあまって尻もちをつく。


「いつまで見てんのッ」と一人の女の子が叫び、両手で目を覆った。



 その隙をついて、一目散に滑空を始めたドローンを、桃眞の頭上を開脚しながら飛び越える、下着姿の女子が鷲掴む。


「今度こそ捕まえた。もう逃げられないわよ」とセミロングヘア―の女の子に「櫻子(さくらこ)ナイスっ」と別の女子が叫ぶ。


 桃眞は立ち上がり、櫻子が掴むドローンを見た。


「これ、俺知らな……」


「やかましい。誰が手をどけて良いと言った」と櫻子が一喝。再び桃眞が顔を隠す。



「今日こそは、誰の仕業か炙り出してやる」


 そう言うと、櫻子は、モーター音が一際唸るドローンを掴みながら、部屋の中の和箪笥の引き出しを開けた。


 中から取り出した呪符をドローンに貼り付けると呪文を唱え始めた。


「我命ずる。不届き者の不埒(ふらち)な輩を、心ばかりに追うて帰れ。急急如律令」


 櫻子は、そっと手放すと、ドローンは、ゆっくりと滑空を始める。


「では、行ってまいる。今日こそ悪人を成敗してくれる」と櫻子は、女子達に敬礼のポーズをすると、「アンタも来んのよッ」といい、桃眞の黒いジャージの首元を掴み、凄い勢いで引きずった。


「オゥッ、グェ……」と苦しむ桃眞には目もくれず、櫻子が走り出す。


 口元をマスクで覆っている、ショートボブの小柄な女の子。

 引き摺られる桃眞と目が合い、トマトのように顔を赤らめていた。 


「あーッ、櫻子、ちょっと待ってッ」と叫ぶ女子の言葉は、もう、櫻子の耳には入っていなかった。



 回廊を挟み、左右対称の位置に、男子寮がある。


 階段を登るドローンを追う櫻子。

 怒りに満ちた表情の櫻子の後を追う、桃眞。


 階段を上がり、一番手前の障子張りの部屋の前でドローンが止まる。


 櫻子が全力で戸を開けた。甲高い音が響く。


 驚く幾人の男子が居る事もお構いなしに、戸の近くに立てかけていた箒を掴み、ドローンが帰る男子の元へと向かう。


 慌てるVRゴーグルとドローンのコントローラーを握る男子が、断末魔を上げた。


「貴様か、成春(なりはる)ッ」


「あぁぁぁぁーーッ」


 何度も箒で乱打され、のびる成春の胸倉を掴み上げる櫻子。


 息を切らしながら「次に覗いたら、殺すッ」と言い放った。



 そこに、初めから全く表情を変えずに、クールに着替えている男子が、櫻子に「気が済んだか」と問いかける。


「これでチャラよ」と言い放つ櫻子に「だったら、そろそろ何か羽織れ。サービスが過ぎるぞ」と忠告する。


 その言葉で我に返った櫻子は、自分が下着姿のままだと言う事にようやく気付いたのだった。


 引き締まったウエストと、年齢に似つかわしくもない、たわわなマシュマロバストに、男子達の視線が釘付けになる。


 次の瞬間、甲高い悲鳴が男子寮に響き渡った。


 そして、頬を全力で叩かれ、またも尻もちをつく桃眞。


「な、なんで俺……」とビックリした表情で赤く腫れる頬を抑える。


 クールな男子は、自分の和箪笥からTシャツを取り出すと、櫻子に手渡した。


「後で洗って返せよな」


「ありがとう、慎之介(しんのすけ)」と言い、直ぐにシャツに腕を通した。



 櫻子が女子寮へ帰った後、慎之介が桃眞に問いかける。


「で、君は」


「あ、今日から、ここでお世話になる阿形 桃眞です。(すめらぎ)さんから、古い泉(・・・)に来るように言われてたんだけど、どこですか」とまだ頬を抑えながら、立ち上がった。


「あぁ、浩美(ひろみ)さんか」


 慎之介がそう言うと、「俺が案内してやるよ。ちょっと待っててくれ」と言い、紫の狩衣(かりぎぬ)を纏う。


 スクエア型フレームのインテリ眼鏡を掛けると、寮を後にした。



 回廊までの廊下を歩く、桃眞と慎之介。


「アンタも陰陽師なのか」と尋ねる桃眞に、「いや、俺たちはまだ学生だ。陰陽師はもっと上の位の者達の事を言う」と淡々と答える。


「慎之介……くん、さん」と呼び方を聞く。


「猿田だ。猿田 慎之介。始めて会ったんだ。猿田と呼べ」


「猿田も、陰陽師になって鬼を倒すのか」


 その時、慎之介が振り返った。


「……何故、呼び捨て」


「え、猿田と呼べって」とキョトンとした表情で答える桃眞。


「お、おま。とりあえず、猿田さんだろ」と言い、踵を返した。


「猿田さん、今いくつ」


「十七だ」


「あ、俺も十七。猿田は、陰陽師になって……」「ちょっとまて」と再び振り返る慎之介。


「はい」


「……何故に呼び捨て」


「だって、同じ歳じゃん。タメじゃん」と肘で小突く。


 すこし、呆れ顔となった慎之介。


「一応、先輩なんだけどな。ま、まぁ、好きに呼べよ」



「オッケ。慎之介は、やっぱり鬼を倒す為に陰陽師を目指してるの」


「いや、俺は、そんな野蛮な世界には踏み込みたくない。普通に就職してだな」


「就職」と聞き返す。


「お前、何も知らないのか」


「知らない。陰陽師ってのを知ったのも、ここ最近の話だし」と桃眞は口を尖らせ、そう言った。


 回廊にようやく歩みを進める。


「俺たち学生は、陰陽道から吉凶の占術や、神力を駆使し災いを直接振り払う術を学ぶ。そして、卒業となった際に、更に陰陽師と言う位を目指すのか、就職するのか、実家の神社を継ぐのかを選択するんだ」



 桃眞は、慎之介が言う就職と言う言葉が妙に気になっていた。


「就職って、陰陽師を辞めて、普通に就職するのか」と問う。


「いや、そうじゃない。この陰陽寮で言う就職とは、外界の各企業の吉凶アドバイザーとして雇用契約を結ぶんだ」


「ふーん。よく分からん」


「……まぁ、その内わかるさ。で、お前がさっきから言っている鬼を退治するのは、怪伐隊(かいばつたい)の事だろう」


「何それ」


「陰陽寮の学生、陰陽師を含めた中でも、法術に優れたメンバーで構成されている、特殊部隊の事だ」


「その人達って強いのか」と問いかける。


「まぁ、最上位層だからな。でも、先日、外界の森で暴れた鬼に、何人もの怪伐隊が殺されてしまったらしい」


「あー……」と、桃眞は、自分が関わっている件の事だと悟った。



 回廊から、奥の通路に差し掛かる。



 通路の突き当たりを右に曲がり、地下へと続く階段を下りていく。


「え、ここ、地下もあるの」


「まぁな。ちなみに、この陰陽寮。見た目よりもデカいぞ」


「どういう事」と聞いた桃眞。


「見たままを信じるなって事だ」



「で、今からお前は、(ふるい)の泉で法力の測定が行われる。古い泉(・・・)ではないからな間違えるなよ」


「なんだか分からんけど」


「そこで、お前がどこの学科をメインに受講していくのかが決まる」


「試験的な感じのヤツか」


 階段を降りると、細長い通路の等間隔、左右に火の玉が浮いている。

 その光景に、桃眞は唖然とする。


「え、これ何。どうなってんの」と慎之介の狩衣の袖にしがみつく。


 慎之介は至って冷静に「何って、俺には、唐衣(からころも)を纏った女が、灯りを持って並んでいるように見えるぞ」


 桃眞は、周りを見渡すも、女一人見当たらない。

 ただ、ゆらゆらと火の玉が浮かんでいるだけだ。


「お前、式神が見えないのか」と慎之介が言う。


「しきがみ……って何」


「まぁいいさ、また授業で習うだろう」と言い、通路奥の分厚い鉄扉の前で立ち止まる。



「じゃあ、俺は戻る。学年も違うし、もうそんなに話す事も無いだろう。じゃあな」と言い、慎之介は階段の方へと戻っていった。


「あ、ありがとう」とその背中に礼を言った。



 鉄扉の方へと振り返る桃眞。

 この先で、一体どんな試験が行われるのか。


 期待よりも不安の方が大きい。

 だが、ここが、これからの人生の第一歩なのだと信じ、桃眞は、ゆっくりと左右に開けた。



 つづく


 次回第6話「陰陽道学びます」

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