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第3話「更なる絶望」その弐・・・推定読了時間約6分

 その後、桃眞は病院で身体検査を受け、警察署にいた。事件の詳細を詳しく教えて欲しいとの事だったが、桃眞は、陰陽師や鬼の事は伏せ、最後に案内をしてくれた陰陽師の言葉通り、鉤爪を持った男に襲われたと述べた。


 ただ、心霊スポット巡りをしていた事については、厳しく注意された。



 応接室をあとにした桃眞の前に、殺された女子高生『真理』の両親が歩いていた。

 桃眞とは面識がある。


 母親は、目の周りが腫れ上がり青白くなっている。頬もこけ、精根尽きたかの様だ。恐らくずっと泣き崩れていたのだろう。歩き方もふらふらしており、父親が肩を支えている。


 死体安置所から出てきたのか、これから向かうのかも知れない。


 母親と目が合ったが、桃眞はどう言葉を掛けて良いか分からなければ、どんな顔をすれば良いのかも分からない。神妙な面持ちで、視線を反らした。



「何で貴方が生きてるのよ」と母親の掠れた声が飛んできた。


「えっ」と咄嗟に反応した。


 真理の母親は、夫の腕を振り解き、桃眞の元へとおぼつかない足取りで駆け寄る。そして、胸倉を両手で掴んだ。


「どうして、真理が死んで貴方が生き残ってるの」


 いつも笑顔で迎え入れてくれていた真理の母親が、憎しみに歪んだ眼を向けて来ている事に、ショックを受けた。だが、それも当然なのかも知れない。次に真理の父親に投げ掛けられた言葉がそれを物語っていた。


「何で、真理を守ってくれなかったんだ。自分だけ逃げて、助かって。お前は男だろッ。恥ずかしくないのか。年頃の女の子を危険な森の中に連れていく馬鹿がどこにいる」


 そう言い、真理の父親が歩み寄り、桃眞の胸倉を掴み上げた。


「お前が、真理を殺したも同然なんだッ」と叫び、硬い拳が頬を弾いた。


 桃眞の視界が縦に揺れ、タイル調の床に崩れ落ちる。



 その光景を目の当たりにした警察署職員が慌てて、真理の父親を取り押さえた。腕を後ろで拘束され床に押さえつけられても尚、桃眞を睨む父親。そして母親は床に崩れ落ちながら泣き叫ぶ。


 その状態でも父親は桃眞に向けて叫んだ。


「お前を絶対に許さない。一生恨んでやる」



 桃眞自身も、真理の両親と同じくらい自分が憎いと思った。あの時は確かに冷静ではいられなかった。桃眞と二人の間に鬼が現れ、二手に分かれて逃げる事になった。その結果、真理を守る事が出来ずにみすみす殺される事になってしまったからだ。


 どうすることもできなかった。もし、桃眞が真理の手を引いていたとしても、鬼を相手に守り抜ける自信はないが。

 だが、願わくば真理の手を引くのは自分であればと悔やむ。


 何故なら、桃眞にとって真理は愛おしい存在だったからだ。



 色々な非現実的な事が有りすぎて、愛おしい存在、友達を失ったと言う実感が湧かなかった。故に、不思議と冷静だったのかも知れない。


 森から帰り、現実と直面し、引いていた波が大きくなって返って来るかの如く、事の重大さと後悔が押し寄せてきた。




 その夜も、昨夜と同じく、赤みを帯びた怪しい満月だった。


 それを見るだけで嫌な気持ちになる。その月には、もはや良いイメージはない。


 桃眞の唇の端が、真理の父親の拳によって青くなっている。触ると少し痛い。


 あの時、真理の父親の拳を防ぐ事も避ける事も出来たかも知れない。だが、桃眞は受けなければならないと思った。

 それが、自分への罰でもあり、忘れない痛みを背負う必要があるのだと思ったからだ。



 あれから、もう一人の友達、『翔太』の両親の元にも向かった。

 やはり、真理の両親と同じ事を言われた。


「お前のせいだ」「翔太を見殺しにした」「二度と顔を見たくない」


 数々の罵声を浴びせられ、憎しみの眼を向けられた。

 桃眞は、ただただ頭を下げ続けた。



 流石に、精神的にも参ってしまった。


 自分ではメンタルが強い方だと思っていたが、確実に疲弊している。

 足取りもどこか力がなくふらついてる。


 もうこれ以上の苦痛には耐えられそうにない。桃眞はそう思っていた。




 『阿形』と書かれた表札が掲げられている一軒家へと帰ってきた。


 築二十年は経っている。白い外壁は年月の積み重ねでクリーム色の様にも見える。

 そこで、桃眞は十七年間生活をしてきた。


 何不自由なく生活ができ、たっぷりの愛情を両親は注いでくれている。不満と言える事はない。



 普段は締まっている黒い門扉が開いていた。

 特に不思議とも思わず、桃眞は扉の鍵を回す。


 ――開いている


 嫌な予感がした。胸騒ぎがした。


 恐る恐るリビングルームの扉を開けた。


「おかえりなさい」と笑顔で、桃眞の帰りを待ってくれている両親。


 食卓の上には、豪華な料理が並べられている。

 一日中、憎しみが籠った眼を向けられてきた桃眞に、愛情の籠った眼差しがようやく向けられたことに、安堵し全身の力が抜けた。



 そんなイメージは一瞬で砕かれた。



 照明も点いていないリビングルームに入った途端、足元に生暖かい液体を感じた。

 母親の呻き声が聞こえる。


 桃眞は、照明のスイッチを押した。



 カチカチと言いながら、照らし出した光景は、心身ともに疲れている桃眞にとって追い打ちをかけるものだった。


 血塗れの母親の上に覆いかぶさる様にして絶命している父親。


 そして、あの鬼が……伸びた鉤爪を、父親の背中に突き刺していた。恐らく、母親にまで貫通しているだろう。


 その黒い異形の存在は、鉤爪を抜き取ると、桃眞に顔を向けた。黒い顔の中を三つの緑の眼が動き回る。

 言葉を失った桃眞。身動きすら取れない。



 ここには陰陽師はいない。

 誰も助けてはくれないだろう。


 またも訪れた絶体絶命の状況に、桃眞は絶望しか感じなかった。



 次の瞬間、桃眞の右肩に激痛が走った。瞬時に伸びた鉤爪が突き刺さったのだ。


「ああああぁぁぁぁ……」と恐怖と痛みとがない交ぜになり、声にならない声を上げた。


 鉤爪が抜かれ右肩を手で押さえた。


 恐怖で腰を抜かし、床に崩れ落ちた。


 その弾みで、桃眞がつけていた首飾りが胸元から顔を出す。楕円形の鏡のようなペンダントだ。


 ゆっくりと歩み寄る鬼。後退りする桃眞。


 そこに、庭で飼っていた犬の『イヌヒコ』が玄関から入ってきた。銀髪の雑種犬だ。そして、桃眞の前に立ち、鬼に向かって唸りながら威嚇する。外に繋いでいた紐が切れていた。


「やめろ、イヌヒコ。逃げろ。殺されるぞ」と、涙を浮かべながら訴える。


 鬼は、イヌヒコを殺そうと鉤爪を構えた。



 その時、外を走っていた車のライトがベランダの窓から差し込み、首飾りの鏡に反射した。


 一瞬目が眩んだのか鬼の注意が逸れた。その隙に桃眞は、イヌヒコを抱きかかえ立ち上がった。そして、母親の元へと行こうとしたが、足元の血で滑り転んだ。


 ベランダのガラス扉を背にして後ずさる。


 桃眞は、おもむろに食卓椅子を掴み盾のように構えた。これでどうこうなる訳ではない事は分かっているが、不思議と残っていた生存本能がそうさせたのかも知れない。



 振りかぶった手から伸びた鉤爪が、椅子の座板に突き刺ささった。その衝撃で桃眞はベランダのガラスを突き破り、庭を転がる。


 鉤爪はギリギリ貫通はしなかったようだ。


 母親が育てている深紅の薔薇が、庭先で美しく咲き誇っているが、今の桃眞には真っ赤な血しか連想できない。


 自分は、ここで死ぬんだと覚悟した。



 鬼の後ろで重なり横たわる両親の姿をみて、真理と翔太の殺された姿が脳裏に蘇る。


 そして、楽しかった記憶、みんなの笑顔を思い出す。


 桃眞にとっては、全てが幸せな記憶だ。


 大切で掛け替えのない存在。その全てが、目の前の鬼によって葬られていく。


 どう対抗する術もない無力な自分に憤りを感じた。


 悲しみと悔しさで、涙が溢れる。 桃眞は声を振り絞って訴えかけた。


「もう、これ以上。俺から大切な人を奪わないでください……。何が狙い何だよ、何で……何なんだよ。ヤルなら俺だけヤレよ」と次第に怒声に変わる。もう桃眞の中では吹っ切れたのか。いや、もう諦めからくる強がりなのかも知れない。


「来いよ、さっさとヤレよッ」と必死で訴えかける。

 

 鬼が、リビングルームから庭に出てきた。


 一歩距離を縮めた時、鬼の動きが止まった。何を考えているのか……じっとして動かない。


 すると、なんと鬼は、その場から逃げるようにして立ち去った。


 どういうことなのか。

 理由は分からないが、とにかく命が助かったのだと安堵したと同時に、両親の元へと駆け寄る。



「父さん、母さん」と叫び意識があるのか確認する。


 やはり、父親は反応がない。


「母さん」ともう一度声をかけると、母親が薄目を開けた。額から流れる血液と、父親から垂れ流れている血液が混ざり合い、床に血溜まりができている。


「とにかく、直ぐに救急車を呼ぶから。頑張って耐えてくれ」と桃眞が声を掛け、スマートフォンで救急車を呼ぼうとした。


 手が血液で汚れ、スマートフォンの画面が反応しない。震える手で画面の血液をズボンで拭き取り、手の血液も拭き取った。


「くそっ、くそっ」と言いながら画面をタップしていると、弱弱しくも、ゆっくりと母親が口を開いた。


 そして、その言葉を聞いた桃眞は思考が停止した。



 ――「ア、ンタのせいで……お父さんが死んだ。こん、な事に、なるなら……拾うんじゃ……なかった。アンタを……拾うんじゃなかった」



 

 母親から語られた衝撃の事実。

 桃眞は何を言っているのか分からなかった。


 ただ、今、理解しようとすれば、立ち直れない。そんな気はしていた。




 つづく


 次回、第4話「復讐の鬼」

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