第1話「異形の存在」その弐・・・推定読了時間約4分
その時。
異形の存在の甲高い悲鳴が、暗い森の中に響き渡った。
桃眞の体が人の形を崩し、組紐が解けるようにばらける。そして、その紐は縄状となり、異形の存在の四肢、首を縛り上げ地面に貼り付けたのだ。
辺りを包み込む呪文の声。青白く光る五芒星の紋様が枯葉が吹き飛ぶと現れ、その存在を囲んでいる。
木陰から、黒い狩衣を纏う者達が、唇に中指と人差し指を当てながら、術を唱え、スッと現れた。黒い烏帽子を被るその姿は、神職を担う者達の装束のようだ。
その中の男が、もう一体の異形の存在に目をやった。
「分裂するとは計算が違った。お前たちはそのままソイツを拘束し続けろ。俺と、玄永、児捻は、このもう一体の鬼を退治する」
木の陰で腰を抜かす桃眞の前で指示を出す男。「君はそこから動くな」と言う男の声に、桃眞は小刻みに首を縦に振った。
さっきまでの桃眞は術者達の呪術によるフェイクだった。
しかし、桃眞にとっては一連の行動と見た物、感じた事全てがリアルだったのだ。
死を悟った瞬間、木陰で腰を下ろしていた自分自身へと意識が戻る。
今も貫かれたであろう胸を押さえている事が、何よりの証拠だ。
湿った落ち葉を踏みしめ走り出した玄永が、黒い狩衣の大きな袖の中から取り出した呪符に念を込め、投げつける。が、鉤爪が呪符を裂き、玄永の額を掠めた。
児捻がその場で指先を唇にあて術を唱えると、舞い散る枯葉が、勢いよく鬼に目掛けて襲い掛かった。全身に貼り付き動きを鈍くした。
縛り付けられている鬼は、怒りに満ちた呻き声を上げながらもがく。術で拘束しているのは三人のようだ。感情を顔には出さず、ただ淡々と指をあてる口から呪文の様な言葉を繰り返す。
桃眞は、木の幹で横たわる男女の亡骸に目をやり、そのグロテスクな光景に口を抑え嗚咽した。
そして頭を抱え込む。
(二人共死んでる……だからこんな所、来たくないって言ったんだ)
そう後悔したのも束の間、異変に気付き振り返る。
拘束されている鬼が激しく抵抗を始め、術を唱える者達の表情が強張り始めたのだ。今度は、両手の指を組み印を結ぶ。
次の瞬間、一人の術者が衝撃と共に膝から崩れた。伸びた鉤爪が腹部を貫いたのだ。悲壮な表情でその他の術者に無念を訴える。だが、他の術者は術を解けず、更に語気を強めた。
鬼も、負けじと長く伸びた鉤爪を振り回し、拘束している縄を切り裂いた。五芒星の光が消え去り、慌てて印を解く術者達。
拘束から逃れた鬼は、見上げた先で枯葉に翻弄されるもう一体の鬼へと駆け寄り、飛び上がる。
その一瞬の出来事を予期できなかった玄永。もう一度、呪符を貼り付けようと空中の鬼に近づいた時。
「よせッ、玄永離れろッ」と指示を出していた者の慌てた声が響いた。
「あれ……」
玄永の視界が天地逆になっていた。
駆け付けた鬼の鉤爪に首を落とされたのだ。
「玄永ッ」
地上に居たその他の術者達が叫ぶ。
切り落とされた顔が、木に跳ね返り地面に落ちる。そして宙に残された体は、糸の切れたマリオネットのように垂直に落下した。
怒りに顔を歪める指示を出していた術者が、両手で印を結び素早く術を唱え始めた。
そして、懐から取り出した呪符に念を送る。
「急急如律令ッ」
「先生ッ」
術を唱えた時、他の術者達の声が重なった。
直後、二体の鬼から突き伸ばされた六本の鉤爪が、全身を貫いたのだ。吐血と共に崩れ落ちる術者。
だが、次の瞬間、術者の体が小さな人の形に切り取られた紙に変化した。
周りにいた術者達は、鬼が一瞬たじろいだのを感じた。
鉤爪が紙から抜けない。
その背後から、先生と呼ばれていた術者が蒼白い光を放つ刀で、二体の鬼の腹部を纏めて一刀両断にした。
だが、鬼達の胴体は斬れた傍から癒着し再生する。
紙が破れ身動きが取れるようになった鬼達は、刀を持つ術者に襲い掛かった。
脚を斬りかかった鉤爪を刀で受ける。
もう一体が頭部に斬りかかって来たのを懐から取り出した扇で弾いた。
大きく跳躍する術者。
木の表面を蹴り、次の木へと飛び移る。
追いかける二体の鬼。
震えながらもただ見上げる桃眞。
周りの術者達も、先生と呼ぶ術者と鬼を目で追う。
術者が指先で宙に五芒星を描くと、金色に光る紋様が現れた。
その突き出した指先を迫りくる一体に向けると、紋様が鬼を包み込み捉える。
まるで、ネットに捕まった動物の様に、捕獲された鬼が脱出を試み藻掻くが、紋様がどんどん皮膚に食い込む。
苦痛に金切り声を上げる鬼。
赤黒く焼け爛れた皮膚を斬り進む紋様から煙が上がる。
もう一体の迫りくる鬼に、持っていた扇を投げ飛ばした。
だが、直後に鬼は傍の木を蹴り軌道を変える。
術者も、次の木の表面を蹴り跳躍しながら指先を唇に当て術を唱える。
すると、扇が暗闇を旋回し、鬼の背後を追いかけた。
振り向きざまに扇を鉤爪で切り裂く鬼。
切り裂かれた扇が空中でばらける。
次の瞬間……。
空中分解した扇が炎を噴出し包まれた。
一つ一つが炎の羽の様に舞う。まるで不死鳥の羽のようだ。
辺りが真っ赤な色に染まった。
そして宙を滑空し、鬼へと狙いを定め旋回する。
炎の羽が鬼の全身に突き刺さり、直後に爆発。
木々の葉に火が移る。
吹き荒れる熱波。
術者が枯葉の上に着地すると、続けて両手の指を胸の前で絡め印を結んだ。
すると、鬼を包む火球が一瞬にして氷結し、360度に氷柱を伸ばす。
吹き荒れる凍てつく風に木々に移った火が消えた。
恐怖から身動きが取れず、顔を地面に伏せる桃眞。
間髪を入れず、術者が持っていた蒼白く光る刀で宙を斬ると、氷の塊が爆散し、木端微塵に吹飛んだ。
しかし、粉々になった氷の欠片の中から、散り散りになった黒い塊が、紋様に締め付けられる鬼の元へと向かう。
そう、まだ鬼は生きていたのだ。
紋様を内から引き裂き、一つに戻った鬼が立ち上がる。
「しぶとい奴め……」と術者が言った。
鬼の体から紋様に傷付けられた跡が消え去る。
少しの沈黙が起こる。
両者が互いの出方を伺っているのだろうか。
先に仕掛けたのは黒い鬼だ。
体が溶け出し、枯葉の中に姿を消した。
術者が地面に目をやり、意識を集中する。
次の瞬間、一瞬にして術者の足元から鋭利な黒い塊が飛び出した。
確実に体を貫くであろうその塊を瞬時に察知した術者が、大きく跳躍し交わす。
懐から取り出した呪符に念を込め、構えた。
現れた鬼の動きを止める為だろう。
すると、黒い塊が二つに分かれ、術者を挟むかの様に、猛スピードで左右の二本の木に浸潤する。
その行動に危機を感じた術者が叫けんだ。
「しまったッ」
術者の読みが甘かった……。
二本の木から、黒い無数の棘が飛び出し、宙に浮く術者の全身を貫いた。
無数の穴が開く。
「がぁ……」と断末魔を上げる。
絶句する桃眞。
「先生ッ!!」と叫ぶ術者達。
棘が木に戻ると、枯葉の上に集合し一体に戻る。
そして、鬼は闇の中へと逃げて行った。
桃眞は、ただ見ている事しかできなかった。いや、見ている事が精いっぱいだった。
辺りが再び静寂に包まれる。
地面には、ハチの巣となる術者。
それを絶望の眼差しで硬直し、動けない者達。
一同が微動だにしないまま、暫く時間が過ぎていった。
つづく
次回、第2話「陰陽寮」
如何でしたでしょうか?
桃眞の悲劇はこれだけではありません、ここからどんどん坂道を転がって行ってしまいます。
絶望の淵からでも立ち上がる桃眞を是非とも応援してあげてください。
週一くらいで更新していくつもりです。
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徐々に、他サイトでも公開を予定しています。
ちなみに冒頭の鬼討伐の内容は4章にてお目にかかれる内容となります。
それまでに色んな出来事があり、非力な彼らは少しずつ成長していきます。
是非とも応援をしてあげて下さい。
出来れば週一回のペースでの更新を目指します。
次回もよろしくお願い致します。