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第7話「時を駆ける青年」その弐・・・推定読了時間約7分

 桃眞は、陰陽寮の玄関から外に向かった。


 門の前に、紐で括りつけられているイヌヒコに、食堂から持参した食パンと、ササミの蒸し焼きを小さくして与える。


 すると、「ちょっと待ちな」とハスキーボイスの女に声を掛けられた。


 振り返ると、割烹着を来た女が立っている。

 大人の色気が漂う女将と言うイメージが似合う。


「食堂の……オバちゃん?」


「オバちゃんじゃないよッ、張っ倒すよッ!!」と憤慨する。


「す、すんません」


「まだ三十代なんだよッ。ガキが」と腕を組む。


「四捨五入したらどっちなんですか」と確認する。


「そうさね、よんじゅッ……言わすなッ!!」と更に怒りを増した。


 三十代半ばのその女は、タバコに火を付けると、イヌヒコの為に作ってくれた食事を桃眞に手渡した。


「そんな消化の悪いモンより、こっちを食わせてやんな」


 器の中には、細かくし、茹でた野菜と鳥ミンチが、おからに混ぜられている。


「おぉ、有難うございます」と礼を良い、イヌヒコに器を持っていく。


 イヌヒコは、ガツガツと鼻をツッコミ一心不乱に食べ始めた。



 女は、嬉しそうに「どうだい、喜んでるだろ」と笑顔で言う。


「はい、イヌヒコも、ずっとまともなモノ食べて無かったから。食いつきが違いますもん」と、桃眞も笑顔で答える。


「ところでアンタ。見ない顔だね。新入りかい」


「はい、今日から、ここでお世話になる阿形 桃眞です」と挨拶をする。


「アタシは、ここの食堂のオーナーだよ」


「毎日大変ですね。あれだけのご飯を作ってるって」とイヌヒコの頭を撫でながら言った。


「まぁ、アタシにできるのは料理だけだからね。それで、ここから優秀な陰陽師が生まれるなら、料理人日和に尽きるってもんさ」と良い、尖らせた口から紫煙を吐く。



「お、おネェさんは、名前は何て言うの」と、訊ねると、急に女はよそよそしくなった。


 そして、小声でブツブツと答える。


「はい?」


「……ブツブツ……」


「……(だん)


 何故、そんなに名前を言いたがらないのか。


 桃眞は、訝しげではあったが、下の名前も訊ねる。


「下の名前は?」


「し、下の名前はイイだろ。壇て呼べよ」と罰が悪そうに答える。


「えぇ、気になるって、そんなに渋られたら」


 桃眞は、両手を顔の前で合わせて「お願いッ」と言うと、壇は小声で「……聖子(せいこ)」と答えた。


「壇 聖子……男か女かわからない名前ですね」


 そう言った途端、怒りに顔を歪ませた壇は、白目を向きながら懐から小刀を取り出した。


「だから、言いたくなかったのさ。まったくデリカシーの無い子だね。仕方ない、明日の朝定食にはどっちのメニューを追加して欲しいんだい。阿形 桃眞の刺身か、カルパッチョかッ!!」


 血相を変えた桃眞は、「ご、ごめんなさぁーい」と叫びながら寮の中へと逃げていった。


 桃眞の走り去る背中を見ながら、壇は「ホントに、人懐っこいガキだこと。でも、嫌いじゃないよ」と、言い残し、ご飯を食べるイヌヒコの頭を撫でた。



 食堂横の廊下の角を曲がると、階段がある。


 それで桃眞は二階に上がった。


 陰陽寮は見た目は、一階建てだが、階段で、上にも下にも行ける。

 慎之介が言っていた、見た目以上に大きいとはこう言う事だろう。


 陰陽寮自体が、外界とは、まるで違う次元に存在している事から、もしかすると、この陰陽寮には、どれだけのフロアと部屋があるのか、見た目からは全く想像が付かない。


 小部屋だと思っていても、入ると、大広間だったりと言う事もある。



 陰陽寮は、平安時代から存在していたが、今みたいな寝泊りができる環境はなかった。また、場所も違ったと言う。時代の流れの中で、陰陽寮が廃止となり、表向きは解体とされたが、陰陽師の養成と、現代での活動を維持していく上で、新たに陰陽寮を建設し、秘密裏に存在しているらしい。


 桃眞も最初の授業で習った内容だ。



 二階の長い廊下の先に、一際大きな両開きの扉がある。


 近づくと、扉に『漏刻所』と書かれている。

 桃眞が、ゆっくりと、その扉を開く。


 中に入ると、まず目に付いたのは、大きな段違いの水槽が三つ。

 硝子製なのか、中が透けて見える。


 高さ三メートルはあるだろうか。

 真ん中の水槽が二メートル程で、一番低い水槽で一メートル程だろうか。


 高い水槽から、低い水槽へと、水が流れていく仕組みのようだ。


 それ以外には、特に目立ったモノはない。

 机とイスと、よく分からない什器がある。



 目の前には、同じく漏刻の学生が一人と、先生と呼ばれる博士がいた。

 初老で紺色の狩衣を纏っている。


「阿形君、こちらへ」と先生に呼ばれ、前へと進む。


 学生と桃眞が横に並んだ。

 先生は、咳払いをすると自己紹介を始めた。


「阿形君は、初めてですね。私が、漏刻博士の『宮田 敏郎(みやた としろう)』です。そして、阿形君、授業の時は烏帽子は被ろうね。これ礼儀ね」と、烏帽子を被っていない桃眞に注意した。


「わかりました」



「まず、漏刻とは何なのか、非常に重要な要素です。甲田(こうだ) 君、阿形君に教えてあげてくれないか」


 黒い狩衣を纏う坊主頭の甲田は、「はい、漏刻とは、この目の前の水時計と呼ばれる装置を使い、時刻の観測をする事です」と説明する。


 宮田は頷きながら、「この大きな水時計だけで時刻を観測していたのは、遥昔の事です。今は、水時計と、この電波時計を使って時刻の観測を行っています」と、壁に掛かっている電波時計を指差して言った。


 その時、桃眞が「先生、良いですか」と訊ねる。


「どうぞ」


「時刻の管理なら、電波時計だけで良いんじゃないですか? こんな装置を使わなくても……と思ったんですけど」


「阿形君、時計の無い平安時代とは違い、電波時計まである現代で、水時計と共に観測をする事の理由はなんだと思いますか?」


「全く分からないですね」と首を傾げる桃眞。


「この、水時計と電波時計は、どちらも同じ時刻を示している訳では御座いません。電波時計は、外界……つまり、陰陽寮の外の時刻。そして、水時計はこの陰陽寮の時刻を示しているのです」


 宮田は振り返り、水時計を見ながら、続ける。


「そして水時計は、外界の時刻よりも5分遅れているのです。そうすることで、外界から隔絶しているのです。一種の次元の狭間とでも言いましょうか。甲田君、なぜ5分なのかわかりますか」と訊ねる。


 甲田は、少しの沈黙のあと、「わかりません」と答えた。


「これは、検証の結果、5分が最適だったのです。5分以下だと、誤って外界の人間が入って来る事があったり、少し法力の強い人間からは、陰陽寮が見えてしまうのです。そして5分より長いと、もとの次元とズレが生じ、戻れなくなる事もあります。そんな事が起こらないよう、漏刻に選ばれた学生で昼夜を問わず、時刻の管理を行うのです」


 とんでもなく、複雑なシステムを説明され、そしてその管理を学生に委ねようとしている事実に、恐怖を感じた桃眞が口を開いた。


「そんな危ないモノを俺とコイツの二人で管理して、大丈夫なんですか? 一歩間違えれば大惨事だと思うんですけど」


「問題ない、電波時計にも、水時計にも陰陽頭の術が掛かっておるので、おのずと帳尻は合う。ただ、万が一の為、目視が必要だ。その為に、一時間おきに人間の目で目視するのだ。君達だけではない。今晩は君達二人だが、漏刻の学生も大勢いる。それは持ち回りで行う」


 桃眞は、自分達で漏刻の管理をする訳でもないと言われ、少し安堵したが、同時に寝ずに起きておく必要がある事に愕然とした。


「寝れない……のか」



 宮田は甲田に後の事、桃眞の面倒を見るよう頼むと、部屋を後にした。


 甲田は慣れた手つきで、水時計の水面の目盛を読み取り、電波時計の時刻と共に、記録用紙に書き込む。


「先に寝てくれて良いよ」と、桃眞に声を掛ける。


「え、良いの」


「君、初日で疲れたでしょ。前半の4時間は僕の方で記録しておくから。先に休みな。そこの扉の先が仮眠室だから」と気遣う甲田に、桃眞は甘える事にした。


「ありがと。じゃあ遠慮なく」


 そう言って、水時計の右側の壁にある引き戸を開け、中に入った。

 が、不思議な事が起こった。



 扉を開けたが、そこに見えるのは、室内では無く、狭い土の通路。目の前には白く大きな壁がある。


「あれッ」と言って、振り返った扉の先、つまり漏刻所があった部屋は、先ほどの景色とは違い、見たことのない、書物や机が並ぶ。


 ここには全く見覚えがない。

 そして夜の為、薄暗く誰も居ない。


 もう一度、振り返り部屋の扉に書かれている文字を読む。



 ――『陰陽寮』



「どういう事だ……」


 桃眞は、通路に出て少し歩き、突き当たりの塀を曲がると『朱雀門』と書かれた大きな門にたどり着いた。


 二階建ての屋敷のようにも見えるが、大きな朱塗りの門が目立つ。


「俺、絶対に違う所に来てるぞ。こんな所知らないぞ……」と言い、ゆっくりと門に近づくと、門の両サイドに黒い装束を纏った男が二人立っている。


 警備をしているかのようだ。

 頭には、黒い鶏冠がついた様な被り物をしており、腰には、刀らしき武器が見える。



 桃眞の気配に気付き、男が話しかける。


其方(そなた)は、誰ぞ。このような夜更けに、どこに参られる」


 聞かれた事の無い言葉にあたふたとする桃眞に「ん? 陰陽師か?」と訊ねる男。


「あ、あ、はい。あの学生ですけど」と答える。


「学生が何故、今ここにおるのだ」


 桃眞は、一旦、状況の整理がしたかった。

 この場を取り敢えず切り抜けたいと言う気持ちで、苦し紛れの言い訳を考える。


「あ、あの、陰陽寮で寝てしまってて……」と答えると、もう一人の警備の男が笑った。


「阿呆な学生だな。家に帰りたいと申すか」


「そ、そうです」



 男達は、重そうな朱塗りの扉を開けて、桃眞を出してくれた。



 そこで桃眞が目にしたのは、大きく広い一本道。

 整然と建てられている平屋。


 月の光に照らされたその光景は、もはや陰陽寮でもなければ見たこともない。

 もちろん外界でもない。



「ここは……どこだ……」


 唖然とする桃眞が、迷い込んだ場所の事を知るのは、朝になってからの事だった。




 つづく


 次回 第8話「少女を救うは最弱の陰陽師?」

  

陰陽師通信 その1


平安京の陰陽寮は、今で言う国家公務員みたいな存在だったらしいよ。

占いや呪術を専門に扱う国家公務員がいたなんて、なかなかにオカルトが支配していた世界だったんだな。


次回は、冒頭部分の女童の話につながるよ。

ようやく陰陽師らしい、妖しな話になるので、是非とも応援お願いします。

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