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第1話「異形の存在」その壱・・・推定読了時間約6分

 平安時代の夜空に消臭スプレーが浮かび月と重なる。


 呪符が貼られたスプレー式のボトルをがっしりと掴むと、阿形 桃眞(あがた とおま)は、足元に見える得体の知れない化物を睨みつけた。


 人間の胸部が大きく左右に裂け、中から血や内蔵に塗れた、赤黒い鬼の上半身が露となっている。それはまるで、男の体内で鬼の上半身が一気に膨張し胸部を突き破ったかの様だ。


 本来のその男は、鬼の腰付近で仰け反るように絶命している。下半身に纏う血に染まった神職の衣からして、神社の神主のようだ。


 ジーンズに白いシャツ。桃眞の腰に巻いた茶系のジャケットがバタバタと上空で音を立ててなびく。

 化物の更に下では、神社の神殿が木っ端微塵になり爆煙をあげている。


 桃眞と鬼はその爆煙から飛び出し空中を上昇していた。いや、と言うよりは、鬼の重い一打で桃眞が神殿を突き破り上空に飛ばされた形だ。

 それを跳躍し追いかける鬼という構図となっている。


「おかしいぞッ。この消臭剤……人間の気配も消せるはずだよな?」と言いながら、桃眞は消臭剤を銃を撃つ様に構える。

 そして五回プッシュした。


 シュパ、シュパ、シュパ、シュパ、シュパと霧状の芳香液を噴霧する。


「うん、メッチャ爽やか……爽やかッ!?」


 異変に気付きボトルを確認すると、『せっけんの香り』と表記されていた。


「あの野郎ッ、呪符で人間の気配を消す消臭剤に変えるって言っておいて。なんでせっけんの香りなんて持ってきたんだよッ」


 桃眞は、スプレーボトルのノズルを外すと、原液を鬼に向かってぶちまけた。

 この鬼は、目が見えなく匂いに反応する。

 原液を鬼にも掛けることで鼻を効かなくさせたのだ。


 桃眞や、今、地上にいる仲間達の『人間の気配』を消す事で優位に立ち回るはずが、せっけんの匂いが逆に体に付く事で、その存在を察知されしまうのだ。

 今、この時、必要としているのは『無香料』である。


 地上では、桃眞の仲間が別の目的の為に、必死に神社内を駆け回っていた。


 正方形の境内(けいだい)を赤いレーザーが囲っている。

 呪符をレーザーポインターに巻きつけることで、鬼が通れない結界を形成していた。


 桃眞は、両手の指を絡め印を結んだ。


「犬神ッ、お前も行け」


 そう叫ぶと、境内の隅にいた雑種犬の愛くるしい子犬が、離れに向かってヨチヨチと走り出した。銀髪の毛が逆だった途端に青い炎を纏い、鋭い眼光を放つ成犬へと進化した。

 そして離れに向かって疾走する。



 桃眞と鬼が下降を始める。

 ふいに鬼の口から飛び出た長い舌が桃眞の頬を掠めた。


「キモイッつの」


 ポケットから取り出した指先が出る赤いグローブ。

 筆で術が書かれている。


「果たして上手くいくか……使ってみるかッ」


 桃眞はグローブを拳に付けると、指先を絡め印を結ぶ。


「式神招来ッ……武御雷(たけみかづち)ッ」


「急急如律令ッ!!」


 桃眞がそう叫ぶと、グローブに書かれた文字が青く光り始めた。


 拳を掲げる……。


 鬼に向かって全力で拳を振りかぶると、一筋の落雷が桃眞と鬼を包み込み、境内の神殿跡に激突した。

 雷音と共に。


 ………………


 彼らは一体、何と戦い、何を追っているのだろうか。

 まずは、この物語の始まりから追って行くとしよう……。




 人が生まれて最初に掛けられる呪い(のろ)とは「名前」ではないだろうか?

 何者でもない自分が、存在する証を得る最初の呪い(まじな)だ。


「呪」(しゅ)とは、実態の無いモノを「名前」で「縛る」と言う意味もある。

 一種の言霊にも近い。


「愛」や「憎しみ」という言葉も、人と人との間に存在する想いを「名前」で縛っている。


 つまり、人が最初に受ける呪いとは、親が我が子の幸せを願い、その思いを文字へと変換し、名で縛る。

 最初の呪いなのだ。


 この物語の主人公である阿形 桃眞(あがた とおま)は、今、まさに「死」と言う(しゅ)を掛けられようとしていた。




  鬼喰いの浄鬼師~くらえ俺の消臭剤!妖怪怨霊シュパッと討伐!イマドキの陰陽師が青春と呪術に全力投球!!~ 鬼子母神編




 赤みを帯びた満月の光が、生い茂る木々の間をすり抜け、女子高生の顔を貫き、木にめり込む三本の鉤爪を怪しく照らしていた。


 血が滴る鉤爪は、女の頬に二本、目を一本が貫いている。


 緑色の光を放つ三つの眼が、黒い顔の表面を這いずり回る。口や鼻は無い。

 痩せ細った体に異様に手足が細長く、だらしなく伸びた髪が所々に生えている。


 赤黒くただれた皮膚を持つ異形の存在だ。


 拳から伸びる鉤爪を、女の顔と木を裂きながら、腰を抜かし恐怖に震える桃眞に向けた。


 崩れ落ちる女の足元には、下腹部を鉤爪で引き裂かれ内蔵が溢れ出している男子学生。


 ――既に絶命している。


 桃眞は、数秒後の自分の姿も彼らと同じになると確信していた。心臓の音が早鐘のように全身に鳴り響き、恐怖で呼吸もままならない。


「意味……分かんねぇよ……俺らが何したんだよ」


 そう言って、親切に答えてくれるとは微塵も期待してはいなかったが、咄嗟に口から出てしまった。


 低く掠れそうな呻き声が、次第に不気味な笑いに変わる。そして、それは口が無い顔の何処かからか発せられているようだ。


 一歩……また一歩、枯れ枝を踏み潰しながら近づく。

 ずりずりと枯葉に尻を擦りながら後退する桃眞。



 異形の存在が腕を上げると、刃先の血液が月に照らされ紅い光を放った。

 そして、桃眞の(ひたい)目掛けて一気に振りかぶる。



 …………鉤爪は……桃眞には届かず、木製バット程の太さの枝で止まった。



 後ずさる先で、偶然手にした枝で間一髪防いだのだ。

 桃眞の額から汗が流れた。


 異形の存在は、鉤爪を枝から抜くと、肩を小刻みの震わせ無言で笑っている。緑の眼が忙しなく蠢く。


 桃眞はゆっくりと立ち上がると、枝を握り構え、腹を括った。

 必死に息を整え、恐怖を堪え、この場を切り抜ける唯一の方法に賭ける事にした。


 それは余りに無謀な賭けだと言う事は理解している。だが、何もしなければ、目の前の亡骸(なきがら)へと変わるのは確実だ。だったら、一縷(いちる)の望みに賭けて戦う事を決めたのだ。

 偶然手にした太い枝が、勇気を与えてくれたのかも知れないが、客観的に見た場合、それはただの悪足掻(わるあが)きだとも言えよう。



 次に向かってくる鉤爪に抵抗する余裕はない。

 もはや先手必勝しかない。そう思った桃眞は、断末魔にも似た雄たけびを上げながら、異形の存在に向かって走り出した。


 枝を掲げ一気に振りかぶる。


 ――その刹那。


 桃眞の背中に走った衝撃、胸から突き出た三本の鉤爪……。

 一瞬、自分の身に起きた事が理解出来なかった。

 目の前に異形の存在が見えているのに、何故自分の胸から鉤爪が伸びているのか……。


 痛みは無い……。いや、まだ無いと言った方が正確だろう。


 胸から込み上げる冷たいモノが、次第に熱くなり口から吐血となる。

 体に起こった異常を脳が理解したと同時に全身の力が抜け、立ち向かう勇気を与えてくれた枝が地面に落ちた。


 ゆっくりと、顔を後ろに向ける桃眞は愕然とした。


「もう一人……いたのかよ」


 桃眞は死を悟った。



 つづく

皆様、如何でしたでしょうか?

触りはこんな感じでございます。


冒頭の戦いは物語の中盤の出来事なので、登場するのはまだ暫く先の事になります。

まずは、そこに至るまでの数々の魅力ある物語をご覧頂きたいと思います。


プロローグは若干、シリアスな展開が続きますが、2章からは学園物語が始まります。


もし、ビビッときたり、気に入って頂ければ、応援やスタンプを頂けると、執筆の励みになります。

そして、ブックマークを頂けたり、感想やレビューをいただけますと、作者の夢の後押しになります。


皆様のお力で、作者の大きな一歩へのパワーを下さい!!


では、また先のストーリーでお待ちしております。


ストーリーが進むと、あとがきを登場キャラクター達にお任せしております。

彼らの後書きならではのやりとりもお楽しみ下さい。

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