令和2年8月第5週
8月24日(月曜)
本年6月に大阪大学の岸本忠三特任教授が寄稿した内容が、今月21日から米国科学アカデミー紀要(Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America; PNAS)にて公開。新型コロナウイルス感染症がサイトカインを介して重症化する機序を一部解明した由。理解出来た範囲で研究成果を要約して見る。
細菌及びウイルスに因る「サイトカイン放出症候群(Cytokine release syndrome; CRS)」は血管漏出や血液の凝固障害、多臓器機能障害や死を招く「有害な全身過活性化免疫状態」で、新型コロナウイルスの重症化にも此のCRSが関与する。サイトカインの一種で在るinterleukin-6(IL-6)が増加する事、またIL-6の刺激に呼応してPlasminogen Activator Inhibitor-1(PAI-1)が増加する事が、CRSに於いて重要な役割を果たす。此処で「トシリズマブ」を投与して「IL-6信号伝達を阻害する」事により、重度のCOVID-19患者に於けるPAI-1産生を減少させ、臨床症状を緩和する事に成功した。と云う事になるか。
トシリズマブは既存治療で効果不十分な関節リウマチや若年性特発性関節炎、成人スチル病、キャッスルマン病の他、「腫瘍特異的T細胞輸注療法に伴う」との但し書きは付くが「サイトカイン放出症候群」にも保険適応を有する薬剤で、商品名を「アクテムラ」と云う。即ち岸本氏の研究は、国内外で重症コロナウイルス感染症患者に対して治験が行われているアクテムラの有用性を示唆するもので、極めて興味深い。
8月25日(火曜)
昨日に香港大学の研究者が「新型コロナウイルス感染症から回復した男性に於ける再感染を確認した」と発表。5月7日の時点で中国の北京大学第一医院で感染疾病科主任を務める王貴強/Guiqiang Wang氏が「回復した患者の約5-15%が再び陽性反応を示した」と発表しているが、今回の発表は「新型コロナ再感染を遺伝子の分析から確認した初の事例」だと研究チームは主張している由。
報告に拠ると、香港の33歳男性が3月下旬にCOVID-19感染と診断されるも軽症で済み、4月には回復。退院後に欧州を旅行。今月15日に英国経由でスペインから香港に戻り、検査で陽性が判明。2回目の感染は初回とウイルスの遺伝子配列が異なる「7~8月に欧州で広がった」型で、無症状だった模様。結果を踏まえて、研究者は「集団免疫が獲得されても、ウイルスの流行が継続する可能性」が示唆されたものの「ワクチン接種と自然感染を通じた免疫獲得は異なる可能性」も考えられる為、ワクチン開発に意義が有るか否かは「臨床の結果を待つ必要が有る」と述べた。
此れに対して「世界保健機関の伝染病学者」は「香港で示された症例を踏まえて結論を急ぐ必要は無い」と静観の姿勢を崩さず、「英国の専門家」も「単一の観察結果から根拠ある推論に導くことは困難」と評価した旨の報道有り。何方も一理有り、今回の結果自体も「先の感染を経験していた為に、別型に因る再感染が無症状で済んだ」と解釈出来なくも無い様に感じたが。何れにせよ、もう「ワクチンさえ完成すれば万事解決」と云う楽観論に縋るのは止めた方が良かろう。
8月26日(水曜)
三日前に米国の食品医薬品局(Food and Drug Administration; FDA)が、新型コロナウイルス感染症の治療を目的とした回復期血漿療法に関する緊急使用許可(Emergency Use Authorization; EUA)を発行した由。 回復期の患者の血漿や免疫グロブリンには「ウイルスを中和する抗体」が含まれている事を利用した治療法で重症化抑制等の効果が期待されて居り、インフルエンザやSARS及び中東呼吸器症候群(MERS)で有効だった旨の報告有り。
米国では既に7万人以上が此の治療を受け、Mayo Clinicが約2万人を対象に解析を実施。「80歳未満で人工呼吸器が挿管されておらず、診断から72時間以内の患者」1018例に於いては、「高力価の血漿投与」で死亡率が37%低減。投与7日後の死亡率は高力価で6.3%と低抗体価の11.3%に比べて低下し、有意に高力価と死亡率低下に有意の相関を認めた。投与に伴う危険因子として輸血関連急性肺障害(TRALI)、輸血関連心臓過負荷(TACO)、アレルギー/アナフィラキシー反応、熱性非溶血性輸血反応、輸血感染症、溶血反応が挙げられるものの、治療上の利益は不利益を上回るとの結論に至った模様。但し此の報告は安全性を検証する為に設計されたもので、有効性の検証を目的として居らず、未だ有効性が証明されていないとの声も有り、また11月に迫る大統領選の影響も指摘されている模様。
本日で三日目となる共和党の全国大会では、ペンス副大統領が指名受諾演説。「法と秩序を守り経済の活力を維持するにはトランプ大統領の再選が不可欠」と強調すると共に、民主党のバイデン候補を「米国を社会主義と衰退への道に導く」と非難。更に「バイデンは先週、奇跡は起きないと述べたが」「米国が奇跡の国だと云う事を理解していない」、「我々は世界初の安全で効果的な新型コロナワクチンを年末迄に入手する見込みだ」と語った由。政治的信条は兎も角として、彼等は奇跡のみに頼る程の愚物では無く、ワクチン開発が不調に終わっても「血漿療法が有れば十分」と強弁出来る様に手を打ったのだ、と考えると合点が行く。
8月27日(木曜)
東京都は台東区にて流行初期から新型コロナウイルス感染者を受け入れて来た永寿総合病院で、3月に大規模な院内感染が発生。外来診療を一時停止する事態となり、収入の多くが断たれた同院を救う為、6月末に「永寿総合病院を応援する会」が発足。crowdfundingを募った所、SNSを中心に支援の輪が広がり、当初の目標だった2000万円を一週間で獲得。7月末までに4944万9000円を集めた由。コロナ禍で資金繰りに苦しみ、crowdfundingを利用する病院も増えている様だが、傾いた病院経営を根本的に立て直す程の資金を獲得する事は難しく、当座の苦境を乗り越える為の対症療法として扱うべきか。
7月13日~8月3日に日本病院会・全日本病院協会・日本医療法人協会が、三団体に加盟する4496病院を対象とした「新型コロナウイルス感染拡大による病院経営状況の調査」を実施。全病院で激減した外来患者・入院患者数が5月は更に減少、6月には多少回復したものの医業損益は大幅な赤字が継続。特に「新型コロナウイルス感染患者の入院を受け入れた病院」や「外来や病棟の一時閉鎖に至った病院」では、6月も10%超の大幅な赤字が持続した。新型コロナウイルス感染患者に対する診療報酬引き上げも経営状況の悪化を食い止めるに至らず、「コロナ患者の受入を行っていない病院」でも経営状況が悪化して「4分の1を超える病院が夏季賞与を減額支給せざるを得ない」状況有り。病院の経営状況は深刻で「経営悪化の長期化」が予想され、今後の対応如何で「地域医療を支える病院が経営破綻」して「地域医療が崩壊する危険性」も指摘された。
斯くの如く苦境に陥った全国の病院に対する支援策が第二次補正予算に組み込まれた結果、厚生労働省所管の独立行政法人で在る福祉医療機構を通じて数千万円から数億円規模、5年間に渡って元本と利息が据え置かれる無担保融資が実施されるに至った。収入が激減した医療機関にとっては大きな支援となるも「外来患者数がコロナ禍以前の水準まで戻るのは難しい」「受診控えする患者の中には、そもそも過剰診療だった方々も含まれていたのではないか」との指摘も有り、5年後に各院が融資を弁済できるのか否かが危ぶまれている模様。
そもそも病院経営は損益分岐点が高く、売り上げが少し減ると赤字に転落し易い事業だと言われる。2014年に「医療介護総合確保推進法」が成立。2025年に必要となる病床数を推計した厚労省は現在の病院数や病床数が供給過多だと断じ、各地域に於ける病床の機能分化と連携に依る効率的な医療提供体制との理想を実現を目指した。各々の病院は2年毎の診療報酬改定に振り回され、効率化が見込めないような病院が厚労省に再編・統合を勧告される日々が続いたが、COVID-19の世界的蔓延により「逆に病床不足が叫ばれる事態」が発生。病床削減を含む病院再編の問題は一旦、棚上げとなるも、コロナ禍が収束した後には問題の再燃が予想される。
経過措置として延長された診療報酬の改定も多くは9月末が期限で「医療改革の時計は進み続けて」居り、「5年の裡に以前からの懸案事項を解消出来なければ、多くの病院が再び経営難に苦しむ事になろう」との識者の声有り。
8月28日(金曜)
今月24日で安倍晋三首相の第二次政権に於ける連続在職日数が大叔父の佐藤栄作氏を超え、憲政史上最長の2799日に到達。2017年に自民党の党則が改正され、連続2期6年の総裁任期を3期9年に延長した事も有り、昨年11月の時点で、通算の在職日数に関しても明治大正期に首相を務めた桂太郎の2886日を抜いて最長となっている由。
此れを受けて、山口県が県庁玄関ホールと県政資料館、県下関総合庁舎の3ヶ所に在職最長を祝う横断幕を掲示。制作費と取り付け費の計22万円を公費から支出。下関市も市役所に同様の横断幕を掲示した。公費を遣って行う事かとSNS等で賛否両論が湧き上がり、村岡嗣政知事が弁解する中、本日の会見で安倍氏が辞意を表明した由。
凡そ2ヶ月半ぶりに首相官邸で行われた記者会見は、歴代最長政権の辞任表明の場となった。直前まで推敲を重ねた為か、定番のプロンプターは使わず手元の資料を読み上げた安倍氏。「8月上旬に潰瘍性大腸炎の再発が確認された」「病気の治療を抱え、体力が万全で無い中、大切な政治判断を誤る事、結果を出せない事が有ってはならない」と辞職の理由を説明しつつ、2007年の第一次安倍政権に続く任期途中での辞任に関しては「志半ばで断腸の思い」、「政治に於いては、最も重要な事は、結果を出す事である」、「拉致問題を此の手で解決出来なかった事は痛恨の極み」等と語り、「国民の皆様、8年近くに渡り本当に有難う御座いました」と一礼。
約1時間の会見中に妻の昭恵氏や親友の学校法人理事長の関与が追及された森友学園や加計学園問題に関し、記者から「十分な説明責任を果たせたか」と問われると「十分かどうかは、国民の皆様が御判断されるんだろうな」と述べるに留め、起立したまま20問に答えた安倍氏は、会見を終えると手話通訳者にも頭を下げて会見場を去った由。一つの時代が終わった。
8月29日(土曜)
或る日にジムを訪れ、上半身は裸で鍛練に励む。会長から「絞れましたね」と声を掛けられた。また別の某日、朝に出勤してlocker roomで着替えて居ると、循環器内科の主治医に「減量は進んでますか」と尋ねられたが。応える前に「嗚呼、一目見れば解りますよ」と言われた。妻の全面的協力を得て、食事療法及び運動部療法は順調に進行中だが、コレステロール正常化と云う結果に繋がるか否かは検査して見ないと何とも言えぬ。
今週は外来診療を早目に終わらせて、院内の薬事委員会に出席。自分が使いたい抗鬱薬を院外限定で採用して貰う前後に、「現時点では薬価の決まって居ないレムデシベルを採用したい」との申請有り。厚労省が認め次第、使用出来る様にする為、事前に院内の手続きを済ませて置くべきと云う事の様だ。全く以て特例の多い年だ、と慨嘆。
8月30日(日曜)
伯剌西爾は北東部のPernambuco州の行政当局が、美しい海岸を有する世界自然遺産のFernando de Noronha諸島を「新型コロナウイルスの感染を経験した観光客に限って開放する」との方針を発表。過去20日間内にPCR検査で陽性反応を示した結果の証明や、新型コロナウイルスに対する抗体の存在を示す血清調査結果の開示が求められる由。フェルナンド・デ・ノローニャ島にあるサンチョ湾ビーチは今年、旅行サイトのトリップアドバイザーが「世界で最良のビーチ」に選出。やや奇策が過ぎる印象も有るが、如何せん海外からの観光客が見込めない御時世ならば、予想外の良案なのかも知れぬ。再感染が生じた時は生じた時だ、と云うのがLatinの心意気か。
対して独逸の首都、伯林で、新型コロナウイルス対策のマスク着用等の規則に抗議する街頭活動が激化。市内では昨日、約3万8000人の市民がplacardを掲げ、「我々が声を上げるのは自由が盗まれるからだ」等と「個人の自由を侵害するマスク着用義務への反対」を訴えた由。「ワクチン接種に反対する人」や「極右団体のメンバー」も参加。
市内では8月上旬にも街頭活動が行われたが、参加者の多くがマスクを着用しなかった事が問題となり、市当局は当初「十分な感染防止対策が取られない可能性が高い」として昨日の活動を禁止。独逸首相を務めるAngela Dorothea Merkel氏も「市当局が感染防止の為の規則を重視している事は明らか」で「決定を尊重する」と述べた。ところが、直前になって裁判所は市の決定を覆し、「参加者同士の社会的距離を保つ」等の条件付きで市街活動を許可。結局、昨日の街頭活動では社会的距離は守られず、開始から数時間後に警察当局が活動を解散させると一部の参加者は警察と衝突。約300人が拘束された由。
米国Johns Hopkins 大学の集計に依ると、一昨日の独逸に於ける新規感染者数は1555人で、4月下旬並みの水準に回復。昨日にMerkel氏及び各連邦州首相は「感染者数の少ない一部州を除いてマスク着用等の義務に違反した場合、全国で最低50ユーロ(約6300円)の罰金を科す」事を決める等と警戒を強めていた模様。感染対策上の懸念は残るが、「個々人の自由の為に立ち上がる」と云う欧州人の精神性も尊ばれるべきものだと考える。