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War of valentines

作者: 七夕スイ

2020年バレンタイン原稿

 「私達、付き合い始めてから2年と353日経ったらしいね。」

 彼女は言う。

 「そうか、あと少ししかないな。」

 彼は言う。

 「心配しないでも、私は大丈夫だよ。」

 「余裕で居られるのも今だけなんだぜ?」

 「君こそ、あと14日を精々頑張って過ごすことだね。」

 「冗談。」

 「そっちこそ。」

 じゃあね、そう言って彼女は歩いて行く。

 去りゆく彼女に彼は、

 「お前には絶対負けねぇぞ!さやかぁ!」


 彼、こと高崎辰海(たつみ)

 同性から言うのも悔しいがかなりのイケメンで、女子からの人気はとてつもなく高い。

 更にあろう事かなんとこの男、彼女持ちである。

 「あろう事かって言うほどの事じゃねえだろ、結翔。」

 「お前ぇえ……持つ者が持たざる者に持つことの不要性を語るんじゃねぇ爆発しろ!」

 彼女を作ることがどれだけ大変か分かってんのかぁ!

 俺はリア充に爆発パンチを放つ。

 「ぐべっ。」

 見事腹にヒットした爆発パンチは残念ながら、辰海と彼女を別れさせるには至らなかった。

 「いででで……そう言えば辰海、今年も「あれ」やんのか?」

 お返しとばかりに首を固めてくる辰海に、俺は腕をぺちぺちと叩いてギブアップの合図を出す。

 「あぁ?勿論やるに決まってんだろ。今年こそはさやかに絶対勝つ。」

 「……へぇ。」

 曰く「あれ」とは、バレンタインの事である。

 因みにバレンタインの起源は神話の時代まで遡り、ローマ神話の女神、ユノの誕生日が2月14日だったことだったりする。

 ローマ帝国では毎年その翌日の2月15日にルペルカリア祭が始まっていた。祭は端的に言ってしまえば大規模な合コンで、男女が別々に暮らしていた当時のローマにおいて、結婚のきっかけとなる貴重な機会だった。

 時は皇帝クラウディウス二世の時代、彼は軍の士気を下げぬよう、兵士の婚姻を禁止した。しかしバレンタインの名の由来ともなったバレンタイン司祭は、悲しむ兵士達を憐れみ、政府に内密に結婚式を行っていた。

 しかしそれが国に露見し、最終的に司祭が処刑されたのは、ユノの祭日であり、ルペルカリア祭の前日である2月14日。それが今では恋人の日となっている。

 けれども彼、辰海の場合は彼女とイチャイチャラブラブする一般のバレンタインとは少し違う。

 ……その前に辰海の彼女の説明を。

 姓を艶梨(あでなし)、名をさやかという。テニス部のエースで、自他ともに認める美少女。しかしそのベクトルはカッコ良さへと転換されている。並ならぬ運動能力と親しみやすさを持ち合わせた彼女はさながら王子様だ。

 彼女もまた「辰海と同様に」、女子からの人気が非常に高い。

 そんな美男美女カップルである所の彼らにとって、バレンタインとは即ち戦争である。

 お互いがお互い、どちらがチョコを多く貰ったかというバトル。

 ……くだらないと思ったそこのあなた。

 これはスポーツなのです。その1日の為に死力を尽くし、決着は一瞬。

 しかも己のプライドがかかってるときたもんだ。盛り上がらない訳は無い。

 4年前から始まったこの企画は、今となっては二人の大行事となっている。

 しかしながら、大きめの問題が1つある。

 「去年は何個だったっけ?」

 「52個。」

 「彼女は?」

 「……56」

 「一昨年は?」

 「…………39と50」

 「その前は?」

 「………………38と40」

 そう、この辰海君、四戦全敗している。

 「いや、今年は恥を捨てた。間違いなく勝てるね。」

 「へぇ、そう。精々期待してるよ。」

 ……去年もそれ言ってたけどね。


 「そう、それでさ、その時のたつみが可愛くて……」

 「うん、あの、その話三回くらい聞いたぜ?」

 「ほんと?ごめんごめん。」

 さやかはへらへら笑いながら前髪を掻きあげる。

 「もしかしてだけどさ、緊張してる?」

 「え?何がさ。」

 「バレンタイン。競争っていうか、例年のアレ。最近のさやかの落ち着きのなさは異常だぜ。」

 「乃良ちゃん、三年連続勝利してる私が今年は負けるなんてことあるはずないじゃん?」

 さやかは眼光鋭くにやっと笑う。

 「四年連続じゃないの?」

 「三年前のは、私の本命告白チョコあったからノーカウントで……」

 「ふーん?」

 普段はカッコいいに偏っている彼女だけれども、しかし幼馴染であるあたしは、こういう可愛い部分が見れて役得だなぁー、としみじみ思う。

 顔真っ赤じゃん。

 「で、今年の勝算は?」

 「勿論!むしろない訳が無いくらい。今年は秘策も用意してるしね!」

 そいつは期待させるじゃん。あとお前ら、そろそろ自分らがバカップルだということに気付け。


 2月14日金曜日。バレンタイン当日だ。

 さて。今年はマジだ。

 去年はかなり惜しい所まで来てたが、今年は勢いもそのままにさやかに圧勝するつもりでいる。

 あぁ。なんと清々しい気分だろう。


 さーて、たつみの残念な顔が今年も見れるかなー。

 学校へ向かう足取りも軽くなる。


 「今年も、」

 「今年こそは、」


 「「絶対に勝つ!」」



 それぞれの道を通り、彼・彼女は遭逢する。

 「おはよう、さやか。準備はして来たか?」

 「おはよう、たつみ。変な事言うね、準備なんて。私達は今日この日を普通に過ごすだけでしょう?」

 「……言うねぇ。」

 向き合う二人の間には見えない火花が散っているようで、その圧力に押しのけられ、波のように人が避けていく。

 そんな中、校門の端に、

 この状況を心待ちにしていた人達が。

 「さぁ、始まりました!第五回バレンタイン戦争!実況は俺、橘結翔と、解説希島乃良で二人に気づかれぬようにお送り致します。」

 「よろしくお願いします(笑)」

 「さて早速ですが、このバレンタイン戦争、四年連続辰海選手が敗北を喫しておりますが、勝算はいかほどでしょうか?」

 「そうですね、さやか選手はやはり女子ということもあって、チョコを渡すハードルが低いんですかね。対して辰海選手は彼女がいるということもあって、チョコを渡すことを躊躇する子も多いと思います。」

 辰海とさやかが並んで歩くと、お互いの美男美女っぷりが良く強調される。

 「やはり、辰海選手は不利な状況にあるようですが、彼は「恥は捨てた、今年は勝つ」ともコメントしており、勝算を見出してはいるようですね。」

 「まじか。いや、楽しみですね(笑)」

 「さぁ、登校になりますが、既に勝負は始まっております。下駄箱、その中に込められた想いの一つ一つ、その量を比べる、この試合の初めを飾るステージとなります!」

 パタパタっ、とどちらからとも無く同時に靴を脱いだ二人が、無言のせーので靴箱を開く。

 と。

 「おぉっとぉ!?辰海めちゃくちゃ貰ってんじゃねえか!?」

 「目測でざっと20前後ですかね。靴箱にぎっしり詰まってます。」

 (23、か。朝からから好調だな。)

 辰海はチョコレートを一つづつ数えながら丁寧に鞄に仕舞う。

 どさどさどさ、と。

 物の落ちる音が聞こえた。辰海の右から。

 「はぁっ!?」

 「今年はまた多いですなぁ、さやか……」

 見るとそこでは、概算で約30強のチョコレートが、さやかの下駄箱から雪崩を引き起こしていた。

 しかし、さやかは苦い顔を、というか明らかに残念な顔をしていた。

 「しくじったな……」

 崩れ落ちた小粒のチョコレートへ屈んで、さやかは嘆いた。

 「あ、なるほど。」

 「なんでしょう解説?」

 「あのチョコ、半分ほどに同じ物が混じっているのが見えました。」

 「ほう。なるほど。」

 「つまり同じ人物からのものだという可能性が高い。」

 稀に、同じ人から幾つもチョコレートが届くことがある。

 けれどこれは本来の趣旨から外れるもので、それらのチョコレートは「一つ」として数えられる。

 「つまりさやか選手のチョコはあの数の約半分で計上される!ということですか……」

 辰海は落ちているさやかのチョコレートを拾って、彼女に差し出す。

 ムスッとしながらも彼女はそれを受け取り、

 「初めはまずまず、ってとこかな?」

 「こっからだよ、こっから。」


 8:00 23対18 辰海優勢


 こっからだよ。その言葉の通りに、教室に入るとさやかは爆発的に数を伸ばしてきた。

 勿論辰海も負けてはいない。更に言えば朝の五つ分のアドバンテージがある。しかし彼は内心焦っていた。

 (伸び率が悪いな……今年は少し秘策を「使い過ぎた」か?)

 「さて解説、これはどういう状況でしょうか?」

 「女子コミュニティ内における相互交換、通称友チョコですね。この状態に陥って仕舞うと、男子である辰海選手にはかなり厳しい展開になりそうです。状況によっては逆に稼ぐチャンスなんですが、しかし相手はさやか選手。ここでいかに喰らいつけるかがポイントになりそうです……が。」

 (ここが私の稼げるポイントだ、たつみの方に意識が行かないように繋ぎ止めるしかないな)

 さやかの周りにいる、チョコレートを配る同級生を話で引き寄せ、辰海に渡らないようにする。

 (策があるなら今のうちに出させて対策しておかないと去年のように詰められる……!)

 しかしその辰海、特に焦ることも無く貰える分のチョコレートを笑顔で受け取っている。

 (今はまだそのタイミングじゃない。)

 辰海の策の成果が出るタイミングはもう少し先になりそうだと、さやかの方を眺める。

 更なる秘策も用意してあることだ。

 彼は少し口角を上げて、不敵な笑みを浮かべた。


 9:00 31対37 さやか優勢


 今日この日に限って言うのであれば、授業などバレンタインの付属品でしかない。

 「という訳で少々割愛しまして現在昼休み、第三ラウンドと言った所でしょうか、実況は引き続き橘結翔がお送りします。」

 「現在辰海選手を追い越したさやか選手、悠々と昼食を取っています。ちなみに私は弁当を忘れたので昼食はありません。このやるせない空腹感はバカップルにぶつけてしまいましょう、希島乃良です。」

 「唐揚げやるよ」

 「ありがてぇ」

 さて、引き付けに成功しているさやかは、着々と数を伸ばしていた。

 (今年はたつみに対して私が優位を取れてる。放課後までこのまま粘れれば……!)

 ふと、彼女が辰海の鞄を見れば。

 カラフルなパッケージが「増えている」。

 「んなっ!?」

 受け取るタイミングの無かった辰海のチョコレートが、朝に比べて明らかに増えている。

 「どうしたんさやかー。」

 「あ、そうだ。高崎君にもチョコレートあるんだー。」

 (しまったっ……!!)

 気付いた時には既に、辰海の周りにわらわらと女子が集まっていく。

 「ありがとな。ホワイトデーに返すわ。」

 (あぁもう、してやられたか。)

 こうなってしまえば彼女にはどうにも出来ず、ただ苦渋を飲むことしか出来なかった。

 「おっと、唐揚げを食べてる間に状況が動きましたね。解説、これはどう見ますか?」

 「いや、辰海選手の方に女子が気付いたんだと思うんですが、些か流れが不自然な気もする……」

 「ならば代わりに解説致しましょう!恐らく、これが辰海の秘策、「ホワイトデー計画」と「フレンドリーファイア」です!」

 なお、名前は今付けました、と結翔は身を乗り出す。

 「ホワイトデー計画とは辰海が一年前からじわじわ準備して来た策の一つです。去年のホワイトデー、辰海はバレンタインにチョコレートを貰った人全員にお菓子を返してました。一人残らず手作りの物を!そこで辰海にチョコレートを渡すとお返しが帰ってくるという情報をばら撒き、女子からの回収率を上げていたという訳です。」

 「ほう、そんな事してたんですねぇ。それで、フレンドリーファイアというのは?」

 「辰海選手にあってさやか選手に無いアドバンテージ、それは「男子である」という点です。」

 「ふうん?なるほど。」

 「バレンタインは渡す側の女子が特に注目されがちですが、逆を見れば、これは「女子がチョコを渡すイベント」ではなく、「男子がチョコを貰うイベント」なのです!それはつまり友達の男子から貰ったとしてもなんの問題はない!文字通りの「援護射撃(フレンドリーファイア)」って訳です!」

 孤独な男子の最終奥義を恥を捨てて使ったって訳だ!

 と熱弁する結翔、そして「フレンドリーファイアは援護射撃じゃねえぜ」と的確に指摘する乃良。

 朝から増えていたチョコレートは友人から貰った物、そしてそれに驚いて意識が本人に向けばそれは既に辰海の策中。

 コレで差を詰め、かつ追い越すことが出来る計算だ。

 さやかはそれを見て、袋を持って教室を飛び出した。

 (諦めた、訳じゃなさそうだが……)

 しばらくの時間が経って、再び教室へ戻ったさやかは、袋に溢れるほどのチョコレートを抱えて戻ってきた。

 「なるほど、そっちの「秘策」はそれか、さやか……」

 これには辰海も少し苦い顔をし、解説と実況はもはや着いてこれていなかった。

 (先輩から貰ってきた分だ。ただチョコを下さいというのは私のプライドに関わるし、上手くいったもんじゃないけど、自分から渡せば、相手は返してくれる……!)

 (流石、そのコミュニティ力は羨ましいな。だけどさやか!まだこれで同数位だ、このまま押し切れば、)

 「さやかぁ、みんなのやつ持ってきたぞー。」

 「!?」

 思わぬタイミングで隣の教室から顔を出した短髪は、さやかの紙袋の1.5倍程の大きさの袋を彼女に差し出す。

 さやかの表情は一気に晴れ渡り、

 「ありがとう!」

 直後、さやかと辰海の対抗的な視線が交錯する。

 (他クラスの分を計算に入れて無かった……!しかも今年は格段に量が多い!)

 (ここまで来て負けてらんない!一気に稼いで圧勝してやる!)


 13:00 58対69 さやか優勢


 「私達は帰宅部なのでかえりますが、明日の集計を心待ちにしておきましょう。最後に何かコメントはありますか、実況?(笑)」

 「四年連続敗北を喫している辰海選手ですが、どの年も午前に広げられた差を詰めきれずに負けています。しかし結果を見ればそこまでの差はない。それは即ち放課後がイケメン辰海の本命告白タイムだということ。今年はホワイトデー計画の影響もあって、周囲への好感度はかなり期待が持てそうですね……」

 放課後の辰海は強いですよ───と。


「高崎君、これ受け取って!「はいこれ、上げる「高崎君に彼女が居るのは分かってるけど」「取り敢えずチョコあげる。」」「中に手紙入ってるから」「家に帰ったら開けて。「一応、手作りだから……」」「先輩、これお願いします!」「寝る間を惜しんだ私に感謝しなさい「あの、ずっと前から気になってて」」「ホワイトデーちゃんと返せよー」「三倍返しを期待してる」」「作りすぎて余ったからあげる「良かったらこれいる?」」「市販ので良ければどーぞ「折角こういうイベントだからさ」」「部活見てたぜかっこよかった」「好きです!受け取って下さい!───


 18:00 ??対??


  さやか宅

 「あー、疲れがどっと来るな……」

 「私もちょっと限界かも。」

 ぐたっと力なく倒れる二人。

 「良し、数えるか。」

 辰海は決心したように起き上がり、鞄を開ける。

 1……2……

 さやかも同時にチョコレートを数え始める。

 「ねぇ、たつみ。」

 「ん?何。」

 「たつみってチョコ凄く丁寧に扱うよね。知らない子の告白とかも、さ。」

 辰海はさやかの言葉に、手を止めないまま応える。

 「いくら俺の一番がさやかでも、俺のために時間と手間とを使ってくれたんだ。それを粗末には扱えないだろ。」

 「……ふうん。」

 ちょっと嫉妬する。

 と彼女は言う。

 「さやかだって、俺は勿論大切にしたいさ。けどそれが必要ないくらいさやかは強くて、カッコいいだろ?」

 少し自慢気に、しみじみと辰海は語った。

 「必要だよ。私だってたつみの、彼女なんだから。甘えたい時くらいはある。」

 「…………」

 「………………」

 先に数え終わったのは辰海だった。

 73個。その時点でさやかの手にはあと1つチョコレートが残されていた。

 「まーじーかー!一個差は残念過ぎる!来年こそは必ず……」

 「これは、」

 さやかは言葉を選んでいるように見えた。どれが一番ちゃんと伝わるのか、緊張しながら考えているように。

 「これは、私のチョコレート。」

 「……?おう。……?」

 辰海はまだよく分かっていないよう。

 「私からたつみへのチョコレート。」

 「!」

 さやかが真っ赤な顔を背けながら手の中の赤い小袋を差し出す。

 辰海は固まっていた。

 「四年前に私の渡したチョコレート、あれ以来恥ずかしかったからこれまでちゃんと渡してこなかったけど、今年は本命渡そうと……思って。」

 「…………照れるわ……」

 気付けば、辰海の顔も小袋のように恋の色に染まっていた。


 19:00 74対73 辰海勝利


 翌日、バレンタイン戦争が終わりただのイチャイチャバカップルと化した二人は、恥ずかしさから未だに顔を合わせることが出来ずにいた。

 「それにしても、今年は負けちゃったなー。」

 「まあ、俺としては念願の初勝利だったわけだけども。」

 「勝利の味は?」

 「辛勝だったが勝ちは勝ち、清々しいね。」

 「次は絶対負けない!」

 「…………。」

 「…………。」

 「……さやか」

 「何?」

 「これからは、もっと甘えていいぜ?」

 「ほんと?」

 とんでもなく変な台詞を言ってしまったと気付いて顔を背ける辰海に、さやかは嬉しそうに顔を覗き込む。

 辰海が顔を背けたままチラッとさやかに視線を合わせて、その瞬間、彼女は彼の唇を───

 「あ、艶梨先輩。」

 後輩の声がして、二人の反射神経は限界を超えた。

 距離は一瞬でさながら無限遠へと。

 「オハヨウ、ゲンキ?」

 フリーズ、というかシャーベットになって直立する彼女は後輩に片言で応じる。

 「ええ、元気っすけどどうしました?」

 「どうもしないよ、キニシナイデ。」

 「そうっすか。」

 その後輩は「あ。」と手を叩き、

 「先輩に渡すのがあるんすよ。」

 とバカでかい袋を取り出した。

 「昨日私損ねてたんすけど、テニス部みんなからのチョコっす。どうぞ。」

 「ありがとう…………?」

 そのまま抱える形に押し付けられたさやかは困惑していたが、辰海はそれ以上に混乱していた。

 カウントが一気に動いた。

 「う、嘘だろ?」

 「…………だ、」

 大勝利!と叫んださやかに、辰海はもはや崩れ落ちるしか無かった。


 最終結果 74対93 さやか勝利



おまけ。

 そんな二人を後目に帰宅部二人は爆笑していた。

 「辰海昨日あんなに喜んでたのに結局ダメじゃねえか!くくくくく!」

 「青春をぶち壊すこのオチはもはや笑うしかねえよ!はっはははは!」

 一通り転げ回って落ち着くと、結翔は急に静かになった。

 「なんか……今年もゼロでバレンタインを終えた悲しみを感じなくなってさ、虚無感しかないわ、今。」

 「あ、それなんだけどな。」

 乃良はポケットから包装されたチョコクッキーを結翔に渡した。

 「そら、唐揚げのお礼。」

 受け取ると、結翔は目に涙を浮かべて数秒動かず、はっと我に返ると、大絶叫した。

 「ありがとう青春んんんんんん!!!!!」

 「調子に乗るんじゃねぇよ」


おまけ の おまけ。

 橘、喜んでくれたかな。

 乃良はソファで一人ほくほくしていた。

 そこに彼女の母が来て、

 「あんた、なんか作ってたみたいやけど一昨日整理して調味料ごちゃごちゃしてるから次は気ーつけや。」

 「え?」

 「え?」

 え?


 翌日2月16日、

 橘結翔は学校を休んだ。

 死因:味蕾の爆砕

 凶器:味の素

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