表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

灰色の街のヴィルトゥオーゾ

プレイ・ボール

作者: 宮澤花

 見上げれば、空は重い灰色だ。

 灰色の無個性な建物に切り取られたこの街の空はいつも灰色で、街もいつも灰色だ。

 この場所はモノクロームの無声映画のよう。どこもかしこも灰色で、生気がなくて、静まり返っている。


 色があるのは、いたるところに張り巡らされた水路を泳ぐ鯉たちだけだ。

 オレンジ、赤、白、金色。灰色の世界の中でそこだけが鮮やかに彩られている。


 おかしな街だ。いつからこうで、どうしてこうで、そして自分はどうしてここにいるのだろう。

 オッターヴォは空を見上げたまま思う。

 記憶はぼんやりとしている。そうなるように、思い出さないように、自分で自分に暗示をかけた。

 名前は一番に忘れた。オッターヴォに、今の自分になる前にどんな場所にいて、どんな人間と暮らしていたのか、もう思い出せない。


 それでも『虐げられていた』ということだけは忘れられないのだ。

 唇の端を吊り上げてひとり嗤う。嗤うしかない。

 逃げることも、克服することも、打ち負かすこともできないなら。

 負け犬のままで生き続けるしかない。



 灰色の世界の中に、白い異物が現れる。

 海洋生物のような、天使のカリカチュアのようなそれは、視界の中で見る間に増えていく。

 ああ、いつもいつも。

 どこから現れるのだろう、やつらは。


 都市を蝕み世界を侵食するモノたち。

 それを片付けるのが自分たち『ヴィルトゥオーゾ』の仕事であり、存在意義だ。


 やがて『天使』は増殖を止める。数体の時もあるし、もっと多い時もある。

 今回は二十体を少し超えたところで止まった。出現数としては多いが、

(自分向きの数だ)

 オッターヴォは薄く嗤う。


 増殖をやめた『天使』たちは攻撃に転じようとする。

 その瞬間を狙って、オッターヴォは低く言う。


「プレイ・ボール」


 ヴィルトゥオーゾとしての彼の能力発動の条件は二つ。

 敵が十八体以上二十七体未満であることと、戦闘がまだ始まっていないことだ。

 それを満たした時のみ、オッターヴォはプレイ開始を宣言できる。


 宣言さえしてしまえば、後は高みの見物だ。中空に作られた仮想のダイヤモンドに全ての敵は整列する。そして二つのチームに分かれて 闘争(ゲーム) を始める。

 オッターヴォはそれを見守り、ジャッジを下すだけだ。試合開始を宣言した彼は闘争の外にある者、審判に他ならないのだから。


 ゲーム(闘争)は、ほぼ厳密に野球のルールにのっとって行われる。

 幻想のフィールド上で、幻想のボールを使って行われるゲーム。『ストライク』『ボール』『セーフ』『アウト』。オッターヴォはひとつひとつを厳格に判断する。


 ただし『アウト』の判定を受けることは『ゲーム(世界)からの除外』を意味する。

 偽りのフィールドからの除外ではない。文字通り『世界』からの除外だ。

 オッターヴォに『アウト』を宣告されたものは、もれなくその場で命を失う。これはそういうデス・ゲームだ。


 終了条件は『九回の攻防を終える』か、『フィールドからプレイヤーがいなくなる』のどちらかである。オッターヴォがこの (アルテ) を身に着けてから、九回裏まで耐えきった者はいない。



 五回裏でゲームは終了した。中空の輝くフィールドは消え、動かなくなった屍だけが灰色の石畳にぼたぼたと落ちてくる。生きていた時は白く輝いていた『天使』たちも、屍になるとこの街と同じ灰色だった。


 耳ざわりな駆動音を立てながら清掃マシーンがやって来て、『天使』の屍を次々に回収していった。

 水路に屍が落ちた場所には、錦鯉たちが群がっていた。案外、あのために水路に鯉が放されているのかもしれないなとオッターヴォは思った。


 自分が戦う『天使』が何者なのか、オッターヴォは知らない。

 やつらが本当にあんな姿をしているのか、自分の視覚すら信用できない。

 本当は、自分が殺戮しているのはただの人間なのかもしれない。それとも怖気をふるうような怪物なのかもしれない。

 わからない、わからない、どちらでもいい。


 ヴィルトゥオーゾは『天使』の姿をした相手を狩るための装置なのだ。

 そういう人外になるべく選ばれた瞬間から、自分はヒトであることをやめた。

 既に『アウト』を宣告されているのだ、ヒトの世界から。

 名前もなく、望みもなく、何もなく。ただ敵を狩るためだけに。

 ヴィルトゥオーゾ・オッターヴォとして存在する。

 それが自分なのだ。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ