5.
ベットから降りて、その足で集落の近くにある井戸まで歩く。
まだ朝早いから誰もいないだろうと思ったら、アルが水を汲み上げて顔を洗っていた。傍には木剣が立てかけられている。
もしかして、剣の練習でもしていたんだろうか。意外だ。アルはどっちかと言うと優しい性格で、争いごととか戦いとかは嫌そうなのに。
そんなことを考えていたら、アルが顔を上げて私の方を見た。
「うわっっ!! クレア!?」
「っ!? お、おはよう」
アルが大声出すから私もつられて驚いてしまった。……そんなに驚くことがあっただろうか?
「あ、お、おはよう……」
「アル、剣の練習してたの? というか、アルが剣を持ってるの初めて見た」
アルとは生まれてから十五年間くらい一緒にいるけど、他の男の子のようにチャンバラとか剣の稽古とかをしているのを見たことがない。
「え、うん…、そうだよ」
「へー、珍しいね。 あ、井戸使っていい?」
「どうぞそうぞ。 じゃあ、僕は先に帰ってるね」
そう言って、アルは足早にどこかに行ってしまった。どうしたんだろう…?何か気に障ること言っちゃった?
何か釈然としないまま、井戸から水を汲み上げ顔を洗う。ひんやりとした水が気持ちいい。
顔を洗い終わったら、家から持ってきたタオルで顔を拭く。ちなみに私たちの家のものは基本ボロボロだけど、今持ってるこのタオルだけは新品同様フカフカだ。昔、私の肌が弱いせいか、以前ボロボロのタオルで顔を拭いたら顔にいくつもの擦り傷ができてしまい、その傷を見たブレンダが怒って、せめてタオルだけでも綺麗なものを使いましょうと決めたからだ。
顔を拭き終わると、少し寝惚けていた頭がはっきりしていくのを感じた。
よし、今日も頑張ろう。
朝ごはんを食べてゆっくりとしていると、誰かがドアをノックしながら私のことを呼ぶ声が聞こえた。
『クレアちゃんいる─??』
この陽気そうな声はベティか。ベティはアルと同じく、近くの集落に住んでいる私の幼馴染みだ。赤みがかった茶色のボブカットで、爛々と輝くまん丸の目が彼女の活発さを表している。
「いるよー」
そう言ってドアを開けると、花の模様が刺繍された白いワンピースを着たベティが立っていた。
「ベティおはよう。 というか、あれ? ベティそんな服持ってたっけ?」
少なくとも今まで見たことがない。私が疑問を抱いていると、ベティが満面の笑みを浮かべてくる。
「おはよー! 実はね、さっき行商の人がやって来て、お父さんにこの服を買ってもらったんだ!」
へー。行商の人たちが来てるんだ。私には何か買うお金はないけど、見てみるだけ見てみたいな。
「そうなんだ。 いいなー、私も後で見に行こうかな」
「うんうん、それでね、お父さんがクレアにも何か買ってあげるって!」
「え!? そんなのクリフさんに悪いよ!?」
クリフさんはベティのお父さんで、私達がこの辺境に住み始めて苦労しているときに、いろいろと助けてくれた優しいおじさんだ。
「あはは、クレアならそう言うと思ったけど」
「じゃあ…」
「でもお父さんは、クレアの誕生日プレゼントとして何か買ってあげたいんだって」
誕生日。そっか、そう言えばもうすぐ私の十六歳の誕生日だ。
ブレンダの死、という強烈な出来事があったからか、すっかり忘れていた。
「でも…」
「いーのいーの! お父さんが買ってあげるって言ってるんだから!」
ベティはそう言って私の手を掴んで、集落の方に引っ張ろうとする。
「わ! ちょっ、まって!」
「早く行かないと、目ぼしいものはとられちゃうぞー」
ベティに手を引かれながら集落までの道を走る。
この子の急な行動にはいつも驚かされるけど、なんだかんだ言ってベティといると笑みが溢れてくる私がいた。