2.
『ねえ、ブレンダ! ブレンダの夢ってなぁに??』
ぼんやりとした意識の中で、幼い頃の私とブレンダが話している声が聞こえる。
『夢ですか……、そうですねぇ……』
私の質問に対して、難しそうな顔をしているブレンダがいた。
懐かしい。これは私が六歳くらいのとき、ブレンダが私にある絵本を読み聞かせてくれたときの記憶だ。
この辺境の地には、本屋などはもちろんなかったけど、国境を超える途中で集落を訪れる行商の人たちがいた。
その人たちから仕入れられる、ここらでは手に入れることの出来ない珍しい食べ物や本などは、ここ一帯の集落の人たちにとっての娯楽となっていた。
このときは、ブレンダが行商の人から手に入れてくれた冒険ものの絵本を読んでいた。絵本の中では、ある冒険者が自分の夢を探して世界中を旅する様子が可愛らしい絵と共に描かれていた。この絵本を読み聞かせてもらいながら、私はふと思ったのだ。ブレンダの夢はなんだろうって。
『私はクレアさまの元気な姿を見ることができたら、それで十分ですねぇ…』
『む──……、そんなことを聞いてるじゃないってば! もっと、なにかないの?? 空を飛びたい!とか、お姫様になりたい!とか』
『あら、クレアさまはお姫様になりたいんですか?』
クスクス笑うブレンダを睨みつつ、再度絵本に視線を落とす。絵本にはお姫様のお願いでドラゴンと戦う冒険者が描かれていた。
『さっきの言葉は本当ですよ… 私はクレアさまが一番大切ですから……』
絵本から視線を外してブレンダの顔を見上げると、ブレンダは柔らかい表情を湛えながら私のことを見ていた。
私は何だか恥ずかしくなって、すぐに絵本に視線を戻した。
『クレアさまは何か夢がありますか?』
ブレンダの声が再び聞こえてきて、視線を上げる。
『私の夢は……、ブレンダとずっと一緒にいること…』
聞かれて自分の夢について考えてみたけど、直ぐには思いつかず、結局ブレンダと同じようなことを言ってしまった。
『ふふっ、クレアさまにそう言ってもらえて私は幸せです…』
恥ずかしさと嬉しさがないまぜになり、なんだか居た堪れなくなってきて顔を伏せる。
『でも…、もし何かやりたいことが見つかったら、私に構わず好きなことをやってくださいね』
『なんでそんなこと言うの!!』
ブレンダがあまりにも自分自身と大切にしてないような言葉に、思わず私は声を荒げた。
なんでそんなこと言うんだ。ずっと一緒に過ごしてるのに。
『あともう一つ、クレアさまには笑顔でいてほしいのです。 もちろん、泣くときには泣いてもいいのですよ。 ですが、もし私が原因でクレアさまが泣いてしまうようなことがあれば…、それが私にとって一番つらいことなのですよ』
柔らかい笑みを湛えながら、そう語るブレンダ。けれども、その笑みが私にはブレンダが泣きそうになっているように見えて、言い返そうとした言葉を飲み込む。
『私はクレアさまの元気な姿を見れれば幸せですからね……』
そんなブレンダの言葉が聞こえ、周りの風景がぼやけだす。意識が引っ張られるような感覚がして急速に辺りが白くなっていく。
薄れゆく意識の中で、ブレンダが私に向かって微笑んでいるのが見えた。