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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

「御客人」様

「御客人」様、ウサギに惑う

作者:

明けましておめでとうございます。

年明けくらいのんびりしたい気持ちで書きました。一休みの時間のお供にしていただければ幸いです。

 突然だが、私は今戸惑っている。


 エルフの郷に生まれ324年(ヒトで言うなら17歳くらい)。成人を機に、見聞を広める為に諸国を巡る旅に出てから24年。そろそろ一度帰郷しようかと「深樹の海」と呼ばれる森に入り、近道をしたら妙な物を見付けてしまった。


 ドアがある。


 まあそれはいい。(いやよくないが)

 何故こんな森の奥に?と言うか、なんかちょっと宙に浮いてるのは何で?え、コレ枠とかも無いんだけど何で?

 そっと裏面を見てもやはりドア。

 魔術の気配は無し。白木の美しさのみが特徴の、只のシンプルなドア。

 試しにドアの側面を押してみても動かない。

 さて、こうなると気になることがある。


 このドアは開くのだろうか。

 そして開くとどうなるのか。


 ………………気になる。物凄く気になる。

 いやこれを放置して森に何かあったらいけないからな、うん。確認するのは発見した私の義務だ。


 敵対生物がいた場合を考え、片手に短剣を構えた私は義務感(好奇心)の赴くままにドアノブを握り……開いた。

 その瞬間、握っていたはずのドアノブの感触が消えた。反対の手に握った短剣はまだあるが、周囲の状況が見えない。

 まるで宙に浮いてる様に足下の感触は無い。運ばれているのか少し風を感じる。そして前方に小さく光が見える。

 きっとあの先にある光が出口だ。


 長いのか短いのか分からない時間を経て、光の先に辿り着いた。

 果たしてこの先にあるものは何か。短剣の柄をぎゅっと握った私が見たものは。



 幼女だった。


 ふくふくした短い、傷のない小さな手足。

 同じく柔らかそうなピンクの頬。

 まん丸の大きな黒い目の白目部分は青く見える位に澄んだ白。

 稚い顔立ちの中で、現在占めているのは好奇心にあふれた表情。

 髪は瞳と同じ黒。肩を少し過ぎる辺りで整えられ、上の方をちょこりと結ばれている。


 そう、目の前に居るのは幼い、服装や髪形から考えると女の子。

 とても可愛らしい幼女だ。



 なのに何故、その腕にあるのは


「凶悪ラーヴィを模した人形なのだ……!!」


 大きな長い耳で獲物の音を捕らえ、その強力な足で獲物を追い詰める。

 『草原の赤い悪魔』とも呼ばれる小型の肉食動物。

 血の様な赤い毛皮、鏡の様に獲物の姿を映す銀の瞳、そして肉を裂く鋭い爪と牙。

 一度獲物と決められた相手は決して逃れる事は出来ない。集団で追い詰め集られた後に残るのは獲物の骨のみ。


 それでも毛皮や肉はそれなりに需要があるのと、増殖を防ぐために頻繁に狩られるが、根絶やしには出来ていない。

 過去に自身や周囲で怪我やそれ以上の被害があるからこそ、そんな悪魔の人形を子供に持たせようなんて普通は思わない。

 そう、普通なら。


 普通ではない環境なのか?それならば自分が保護して然るべき施設に連れて行くべきだろうか。

 いやしかし肌艶は勿論、髪の艶も良く、表情を殺すような状態にもなさそうだ。

 考えが纏まらず、思わず小さな子供を見つめながら考える。


 と、幼女が動いた。




「だぁーれ?あのね、みーたんね、みーたんっていうの!

 とーたはねかーしゃでね、じーじとかーたはよっこいそーなの!そいでにーたはべ、べんとー?なのよ!だからみーたんね、ちゃんといてらしゃーしたの!きょーあね!おるるあんでね!ばーばといっちょでね、いまもしもしなの!」




 にこぉっと笑った可愛らしい幼女の口から出た言葉は意味不明な呪文だった。



 ……あれかな。異国に迷い込んだのかな。

 更に混乱を増す自分に気付き『落ち着け』と静かに深呼吸をする。

 そうだ。相手から目を離してはいけない。


「ぶふっ」

「っ!!!誰だっ!?」


「だから早く声かけろって……ぐっ、ぶはははダメだー!」

「かーた!じーじ!おかーりー!!」

「ま、まって……。苦し……うんただいま……。ふっ」


 あははははは!お腹痛い!ほっぺも痛いー!うちの子チョーカワイー!!ひー苦しー!



 駆け寄った幼女を抱き締めながら笑い崩れる母親と思しき女性と、幼女の祖父かと思われる男性。

 そして建物の中からは「あらお帰りなさい」と、祖母と思われる女性が出て来た。



 何だこのカオス。





 所変わって、と言うか、祖母と思わしき女性に招かれて『エンガワ』なる場所でお茶を振舞って頂いた。


「あの二人は笑い上戸だからねえ」と、未だ笑い転げる二人をさっくり放置して、幼女を呼び寄せた初老の女性は、今の私の状況と思われることを説明して下さった。


 曰く、この村には違う世界の人間がたまに迷い込んでくるそうだ。

 一つの違う世界ではなく、数多あまたあるらしいいろんな世界の住人が突然現れる。人によって表現が変わるとややこしいと言う事で、異世界からの来訪者の総称を『御客人おきゃくじん』と読んでいる。ちなみに来訪の原因は不明なままであるそうで、帰還の時期については不明との事。


「大丈夫。ちゃーんと『帰るべき時』が来たら帰れるよ」

「るよー」


 にこにこ笑う女性と幼女に、不思議と焦燥感も猜疑心も消えていく。念の為警戒用の魔術を使っても何の反応もない。その後、不思議な魔道具(『でんき』と言うもので動くらしい、遠方とすぐに連絡が取れる道具や薄い板に遠方の景色や人が映る道具など)を目の当たりにし、少なくとも自分のいた国周辺ではない事は納得した。

 ならば当面の居場所を確保せねば、と思った矢先に泊まる場所と食事の提供を言って頂けたが、流石にそれは何も返せない為固辞させて頂いた。


 いや、固辞しようとした。


 したの、だが……。


「ねーた、みーたんのおうち、イヤ……?」


 大きな目を潤ませる幼女に『嫌だ』と言える者がいるだろうか。少なくとも自分は無理だ。ああ幼女の腕の中で白いラーヴィが睨んでる気がする。

 いやしかし…………………………。



「お世話に、なります」


 負けた。



 やっと分かったが、『みーたん』と言うのが幼女の名前と言うか呼び名だったようだ。なるほど『みーちゃん』が舌足らず故に『みーたん』となった、と。なるほど理解。

 最初の話の出だしは、誰何すいかと自己紹介だったのか。それ以外はさっぱり分からんが。


「ああ、あれはね『父は仕事、祖父と母は畑仕事に、兄は学校に行きました。みーちゃんはちゃんとお見送りして、今日は祖母とお留守番なのですが、祖母は今電話の応対をしてます』って意味だったのよ」


 やっと笑いの治まった母君様が教えて下さ……待て、この方は何時から見て……!?


「あー丁度帰って来た時が、みーちゃんが『誰?』って言った時かな」


 ……気配が全く分からなかった。いや待て、今自分は喋ったか?


「ぶふぅっ!あはははごめん!いや表情が分かりやす過ぎて」


 割と表情が無い方だと自覚していたが、異世界と言うのは恐ろしい所なのかもしれない。

 …………恐ろしいと言えば、あのラーヴィを模した人形だ。

 もしやあれは『みーちゃん』に危害を加えようとする者を退治する守りなのかもしれない。




「え?ウサギは草食動物だよ?」

「うしゃたん、かあいーよ!」



 そ、そうか。


 こちらではラーヴィはウサギと言う名の草食動物なのか。幼い子供が愛玩用に人形を抱えていても何ら不思議はないと言う事か。

 兄君であるちょっと幼い少年が帰って来た後『どうぶつずかん』と言う本を見せてくれた。恐ろしく写実的な絵に色まで付いた、王族でも持っているか分からない様な豪華な本だった。しかしこちらの印刷技術は素晴らしく進んでいるそうで、一般の平民でも買えるらしい。なんと望ましい世界だ。


 ……サイズの違いはあまり無いが、まず色が違って白が多く、他にも黒茶灰などの色もいる。……赤はいないようだ。

 そしてこちらのウサギと言う動物は本当に草しか食べないらしい。なるほどこれは、うんまあ可愛らしい。

 そんな話をしていると、今度『どうぶつえん』に行こうと誘われた。ウサギや小鳥と触れ合えるらしい。


 いやそれはちょっ…………喜んで行かせて頂きます。

 にこにこ笑う幼女の後ろで「え?うちの愛娘みーたんが誘ってんだから勿論行くよね?ね?」と言う空気を醸し出す父君(『かいしゃ』と言うところに働きに出ているそうだ。夕方に帰って来るなり子供達を抱き締め頬擦りしていた子煩悩な父君だ)の眼力が恐ろしい。

 本当に一般の平民?魔獣も出なければ戦もないって聞いたのだが、え、これが平民?本当に?


「今回の御客人は我々とあまり見た目が変わらないから、一緒にお出かけもしやすいわねえ」

「帽子と、後は髪形をどうにかすれば大丈夫ね。うんうん、服はどうしようかなー」


 自分の混乱を余所に、祖母君と母君は楽しそうに相談中だった。


 いつの間にか戻られた祖父君は、父君と一緒に子供達を膝に乗せて「どうぶつえん」の話をしている。


「よし!服を合わせてみましょうか。ちょっとこっち来てね」


 祖母君に腕を引かれた瞬間、条件反射で抵抗してしまっ……いやあれ?抵抗したはず、なんだが意にも介さず連れて行かれた。あれ、平民のしかも女性(初老)なのに?

 その先で母君と二人がかりで着せ替えされたのには参った。もうこの辺でと抵抗しても通じない。………………平民がコレな異世界凄い。誰か助けてー。


 後日会った村民の方から「ここの村民は年齢が上がるほどパワーアップする」と聞かされた。異世界凄い。


 ちなみに、異世界のラーヴィ……じゃなくてウサギは非常に可愛らしかった。仔ウサギを抱えた幼女(みーたん)と、側で妹をそっと支えつつウサギを撫でる兄君の姿は、更に輪を掛けて可愛らしかった。

 父君がニヤけ……ごほん、笑み崩れながら写真を撮る気持ちがよく理解できた。



 帰るのが惜しいような、早く帰りたいような、相反する気持ちを抱えながらも、この村で過ごす日々はとても穏やかだ。

 これまでの旅の話をしていた所で、祖母君が「少し休めって呼ばれたのかもしれないわねえ」と仰っていたのを思い出す。

 ああそうかもしれない。旅に出て色んな風景を見るのは楽しいが、何かに呼ばれるように次の街へ次の国への繰り返しだった。

 元の世界に戻れたなら、今度はゆっくり旅をしてみよう。きっと、見える風景も変わるのではないだろうか。そんな予感がする。

 あのドアを見付けられて、そしてドアを開けてみようと思って本当に良かった。

 そう言うと、祖母君はとても優しく微笑んでくれた。


 帰る時が来る前に皆さんにきちんとお礼を伝えよう。

 それから「ショーユ」「ミソ」の製法を頭に叩き込む。

 そう、きっとこれこそが私がこの世界に来た理由なのだから…………!!

燃えてるエルフの背後。


母親「いやー。醤油云々の使命は無いんじゃないかなー」

祖母「そうだねえ。まあ本人が良いなら………ねえ」

祖父「醤油蔵を見せた方がいいのかね。しかし気に入られたもんだな」

幼女「にーた!あしょんでー?」

少年「いーよ。なにする?」

父親「ウチの子可愛い!尊い……!!」(カメラバシャバシャ)



お読み頂き、ありがとうございました。

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― 新着の感想 ―
[良い点] みーたん可愛いです(*´∀`*) [一言] このシリーズとっても好きです ほのぼのとした温かい気持ちになれました
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