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三章 * もう一人の光 3

 ミオの表情の意味を計り知れず、しばし沈黙が続いたが、アリーシャが強ばった緊張気味の表情を弛めた。

「最初はとても驚いて家族も疑心暗鬼というか……。でも次にブライン様の側近という方が来たときに領主のオルフェイ男爵も一緒にいらっしゃって、協力してくれれば町を横断する川に掛かる橋のいくつかを新しくしてくださると」

「オルフェイ男爵が、協力を?」

 殆ど黙ったままだったナイルが穏やかな声で問いかけた。そのとき微かに眉毛が反応したがアリーシャはミオに目を向けていて気づいてはいない。その代わりナイルはアクレスと一瞬だけ表情も顔の向きも変えずに目配せをして、互いに同じ引っ掛かりを覚えたことに同意している。

「はい。男爵にとって私たちの町がある領地は不便なところにあります。なかなか来る機会がないんですがとてもよい方でみんなが信頼しています。その男爵が協力してくれれば今被害が増えている領地にある他の村の復興や援助が減る分を町に回せると」

 彼女は強く表には出してこないが、町の発展に繋がる事業は素直に嬉しいものだからこそ、表情に笑顔を浮かべ、声が明るさを増していた。


「そう、それはよかったわね。オルフェイ男爵は私も覚えの良い方だわ、きっと約束を守って下さるでしょうから、楽しみね」

「はい、私もそう思っています。それで協力してみようと」

「でもどうして?」

「え?」

「どうしてあなたなのかしら、お父様や他の親族の男性ならここへ来るまでの旅も楽だったでしょう?」

「うちは妹がまだ小さくて、父も母も町を離れる訳にはいきませんでした。叔父がいますが、町の守護隊で活躍しています、そんなに大きな町ではないですから叔父も抜けるわけにはいかなかったんです。従兄弟でもよかったのかも知れません、でも勉強してまで覚えようとしなかったので詳しく残されていた資料をしっかり読んだことがないんです。それでは役不足だろうと一族でも話になりました。私は子供のころから本が好きでしたし曾祖父のしていたことを祖父が引き継いで熱心に調べて纏めているそばで話を聞くのが大好きでした、それで私も調べたり勉強して知識量は祖父や父に劣りませんから私に決まったんです」

「そうだったの」

「あまり人前が得意ではありません、静かな町で育ったので騒がしいのも苦手です。でも、沢山の人の役に立てるのなら、出来ることをしたいと思ったんです」




 なるべく短くと考えていたものの、それでも一時間は超えて、文官二人はだいぶ不満と不信感を募らせて、それでもこれ以上の失態は犯せないと顔をこわばらせたままそそくさとアリーシャを連れて帰っていった。

「困りましたね、ミオ様」

 ナイルが静かにつぶやくように言うと返事の代わりにため息をついた。

「オルフェイ男爵とブラインが接触しているとは思いませんでした」

「悪いことではないわ」

「と、申されますと?」

「良い方よ本当に。真面目で叔父様の覚えもよいもの。ブラインの噂だって知っているでしょうし、それに飲まれるような浮わついた方ではない……けれど、魔物被害で頭を悩ませているのはどの爵位の方も一緒だわ。私の実家も例外ではないのよ。領地の復興や支援で資産がどんどん削られる、たとえ信用ならないブラインだとしても、本当に対魔物の融合手段を手に出来るならブラインと距離を置きたいと思っていても蔑ろには出来ないでしょうね」

「厄介なことになりそうですね」

「……ナイル」

「はい」

「守るしかないのでしょう、私たちはいがみ合うためにいるのではないわ。リオンという小さな光に重いものを背負わせた。そしてそのたった一人の聖獣と魔物と私たちを繋ぐ光の筋を切ってはならないの」

「承知しております」

「アリーシャはアリーシャの放つ光を私たちに与えてくれるでしょう、けれどリオンとは違う。リオンの光は、一度消えたら二度と私たちを照らしてはくれない、二度と……この世界を照らしてはくれない。たとえ闇に飲まれても命がけで小さな炎で私たちを照らし明るい世界に導くリオンを守るのが私の使命。たとえ、リオンがボロボロになっても、一人にはしない。私が共にその痛みも苦しみも引き受けるためにいるの。だから、アリーシャを守らなくては。彼女をくだらぬ大人達の私利私欲から守り、リオンの行くべき道を閉ざす存在にならぬように。彼女もまた、光として正しき道を歩めるように」

「はい。お供いたします、このナイルがミオ様と共に。そしてフィオラも同じ気持ちでしょう、私たちはあなた様のためにおります」

「ありがとう。ナイル、これから私たちが足を踏み込む時代は苦労が絶えない。私は動く範囲は限られているわ、だから、あなた達が必ず時代の鍵になる。……願わくば、あなたのように信念と責任を自らの意思で持ち続けられる人々が時代を動かすことを願っている、リオンのように、重いものを背負ったまま真っ直ぐ前を見つめて生きられる人なんてほんの一握りなのだから」





「そうか、立ち会えなかったか」

 ブラインは不愉快そうな顔を隠すこともなく自分の顎を撫でながら深くソファーに座っている。

「まあ、アリーシャの様子からみれば余計なことは言われていないだろう、あの聖女は前の聖女とちがってプライドばかり高くその力を見せもしない。役に立たない、飾りの聖女だ、放っておけ」

「しかし、あのアルファロスの」

「その名前を出すな!!」

「し、失礼しました」

 突発的な怒りがブラインから冷静さを奪う。

「あのくそったれ、今さら領有院に本格復帰などしてきた、黙って公爵様をやってればいいんだ。忌々しい」

「し、しかしこちらにはアリーシャがいますからね。彼女は魔物討伐に必ず役に立ちますから、調査などまどろっこしいことはせず、成果が望めます、公爵なんて目じゃありませんよ、必ずブライン様が議会を掌握することになるでしょう」

 その言葉に今度は急に怒りをおさめて、ブラインはニヤリとほくそ笑む。

「ふん、今に見てろ。私の判断が正しかったと証明して見せる。王家の信頼を手にするのはこの私だ、既に王子は我々の協力者、駒としては少々扱いにくさはあるが問題ない。いずれ皇太子も、そして国王も私の重要さに気がつくだろう」

「ええ、当然です」

 文官もにこやかにブラインに同意する。


 アリーシャという存在に辿り着いたのは偶然だ。偶然だとしてもその事実を手にしたことは正にブラインにとって幸運である。


 魔導師の日記と記録書。


 少なくともブラインも魔物が増加し被害が増えていることを懸念している。領地内そのものに被害はないものの、近隣では目撃情報が増えて、謎の行方不明者も出ている。この行方不明者の大半は夜逃げや誘拐でなければほぼ魔物に襲われ、そして喰われ何も残らないというのが一般常識化している。この二年ですでに領地から旅や行商で他の地へ向かおうとしていた人間が三人行方不明になっていることは、私利私欲に走りがちな彼にとっても頭の痛い問題になっている。


 そんなとき、たまには真面目に勉強してみようと手にした例の日記と記録。

 リオンの事を人伝いに聞いていて、ふと聖獣について気になったのが始まりだ。

 有名なその日記と記録。聖獣について恐ろしく熱い感情のこもった文章に辟易(へきえき)することになって、途中で投げ出しそうになりつつも最後まで堪え忍び完読した。

 完読して、気になった。

 ただ、一点、気になった。


 ―――あの美しき聖獣のいる地に、魔物がいたことに驚いた。だが、その魔物は私を見ても襲いかかることはなく、何故か立ち去った。このことに私はさらに驚かされた。興味深い行動をする魔物もいるのだと、まだ知らないことがこの世には溢れているのだと改めて思い知らされた経験だった―――


 この、魔導師の聖獣以外で驚いたという経験談。それを『興味深い』と表現したこと。

 聖獣に異常な執着をし、崇拝した魔導師だがそのほんの些細な驚きと興味は彼の知識欲を刺激したのではないだろうか?


 ブライン以外にも過去には同じように思った人間はいただろう。

 だが、その疑問に対して行動を起こしたのはブラインだけなのだ。

 なぜなら、その日記と記録はあまりにも聖獣を神聖化し偏った見方をした人間が纏めたもの。きっと魔物の事などこれ以上何も出てこないだろうと。何人もの人間たちがそう思って

 そのままその本を閉じてきた。


 もしかしたら。


 本を閉じた先の行動を決めた他愛もないそんな一言は、魔導師の子孫を探し、訪ねることで、衝撃の事実をもたらした。


 ―――魔物を確実に屠る技術―――


 込み上げる笑いを止められなくなった瞬間だった。

 男爵という立場を卑下してきた全ての人間を出し抜き不動の地位を手にするチャンスが舞い込んで来たのだと。

 ジェスターが密かに支援する聖獣に詳しい女などどうでもいい、勝手にもがいて無駄な事をしていればいい、共倒れになり何もかも失えばいい、そんな事を思いながら、ブラインがアリーシャの王都到着を待っていた事なんて知る者はいないし、気づくものもいなかった。



三章第一幕は新キャラ登場でした。


画期的な魔物討伐の知識。これについては今後詳細な説明をする場面を予定してますので今回は全く内容が見えない形にさせてもらいました。


取り敢えず、三章はビスでのことが中心になりますので引き続きお楽しみ頂ければ幸いです。

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