先代聖女との語り
聖女ミオ様の回です。単話としてまとめたのでいつもより長めです。
裏の裏、そんなこともあったの? というお話です。
聖女の素質があると私を推挙したのは先代聖女の《オレリア》様である。
聖女自ら名を挙げたことで満場一致で議会は私を聖女候補ではなく次期聖女と定めた経緯がある。本来は候補として教育を受けるものも、私の場合は聖女として初めから教育を施された。
その理由としては、私の能力の一部である『予見』『先見』という未来のほんの一部を見る力が幼い頃から顕現していたため。
私としては出来て当たり前のことだったので「そんなことで?」と両親の前で言ったことがあるけれど、今考えれば他の魔導師には絶対に聞かせられない軽率な発言だったと反省しかない。
そんな私が不意に『先見』の力で見た未来。
オレリア様が訪ねてくる。
「ナイル」
「はい」
「オレリア様が明日来るわ、失礼のないよう十分なもてなしが出来るよう準備をして」
「!! か、かしこまりました! すぐに」
ナイルは他の魔導師と共に、訪れる先代聖女の為の準備のためあわてて部屋をでた。
オレリア様は気さくな方で、礼儀作法に厳しいといいつつも『自分付きの魔導師ではないから』の一言で私付きの魔導師達を今まで一度も指導や注意したことがない。私としては経験を活かした意見をもらいたいけれど、引退した身でおこがましいと笑い飛ばされてしまう。
ご高齢で普段は王都の東にある生まれ故郷ののどかな町で余生を満喫している。ただ、魔力やそれを操る技術は今なお健在で、私の館を訪れる時は転移してくる。それはもう王宮の魔導師たちがその精度の高さに関わらずホイホイと簡単にやってのけるのを見てプライドを粉々にされるくらい。
オレリア様付きの魔導師で転移出来る者はいないため、私の館には一人で来るけれど、立場的にどうなのそれ? と思うが口にしてはいけない。私も自分が可愛い。怪我はしたくない。
「ようこそいらっしゃいました、オレリア様」
「元気そうね、ミオ」
ナイルたちが緊張している。
オレリア様といえば、昔クロード最高議長と上皇付きのリュウシャ様が大喧嘩をした時に指一本を振っただけで二人を一瞬で行動不能に貶めた、攻撃型としても最高峰の魔導師なので、魔導師ならば畏怖すら覚える憧れの存在だ。
その人がこうして目の前にいればナイルたちの緊張も当然なのだろう。
「やはりご存知でしたか」
優雅なお茶の時間、とはいかなかった。私が苦笑すると、オレリア様はコロコロと軽やかに笑う。
「ほほほ、あの坊やのことはなんでもね」
あの坊や。
現国王陛下エルディオン四十世のこと。
「苦労をかけるわね、あなたには。せめて私がもう少し聖女でいられれば坊やも大人しくしていたかもしれないけれど。あいにくあなたを見つけ出した頃には『先見』はほとんど使えなくなっていたから聖女としての役割は終えていたし、坊やも国王として立派に務めていたから」
「お気遣いありがたく思いますが、オレリア様が憂いることではございません、オレリア様から引き継いだ聖女の地位に就いた時から、国の憂いもすべて引き継いだつもりです」
「頼もしいこと、やはり成るべくしてなるのが聖女なのでしょう」
上品な、軽やかなオレリア様の笑みを見るといつか私もこうして余生を笑って過ごせるように今を精一杯努めようと思える。
オレリア様が私の館を訪れた理由について予想はついていた。
この方がこうして動くときはほぼ全てにおいて国王陛下のことなのだから。
陛下が生まれてから即位されるまで、教育にこの方も多方面で携わったと聞いている。そしてその教育は非常に厳しく妥協を許さず、耐えかねて半泣きで逃走した回数は数えきれない……と陛下自らが遠い目をして語る程だったらしい。それゆえ今なおこの方に頭が上がらず、私付きの魔導師たちのように緊張して笑顔がひきつるらしい。
そんな国王陛下が最近動きを見せた。
そして叔父であるアルファロス公爵を珍しく本気で怒らせた。怒らせたと言っても陛下本人の前ではない。私と叔父の妹である我が母の前で。
宥めるのは大変だった。
ええ、本当に。
転移魔法で他所の国に放り出してやろうかと思う程度に大変だった。
リオンに対して、国王陛下は干渉出来ない状態にある。
まず、上皇がリオンによって長年苦しめられた痛みから解放されたことによって、彼女に対して実の孫たちよりも信頼を寄せる存在になったこと。これで上皇側の人間が事実上彼女のために動いて下さることになり、王家の実権に匹敵する『非公式の権力』がリオンを支援することになった。
皇太子はセリード・アルファロスに全幅の信頼を寄せリオンについて全責任を任せていること。これについてもまた、騎士団の人間関係のなかで唯一無二と揶揄されるどの派閥にも干渉されにくいセリードが直接リオンを支持することを黙認し、『次期国王陛下の意向』として周囲に認知させている。
これらを踏まえてさらにジェスター・アルファロス公爵が個人でリオンを支援していく、とすでに本人や養父母と合意がなされているため、リオンは民間人の枠から一切はみ出すことなく公爵家に守られている。巨大で国家の存続すら揺るがしかねない公爵家による『強引で堂々たる後ろ楯』においそれと誰が手出し出来るだろう。もしあるなら私が知りたいくらいである。
つまり。
国王陛下が入り込む隙が初めからなかった。
というより国王陛下という最大かつ絶対の権力を正々堂々と牽制できる環境が初期の段階で整ってしまっていた。
これは彼女の養父ビートが、リオンを国に囲われてしまうことを良しとしなかった結論が生み出した策略なのである。
恐るべしビート。
絶対に敵にはしない。私は。
ちなみに。
実は先日上皇がリオンを今後舞踏会や夜会に呼ぶことも視野に入れてドレスなど一式を用意させようとしていたが、それを公爵夫人であるマティオおば様はきっぱり拒否。
『不要です。本人がいないところで勝手に進めないでください、そういうことは我々がいたします、リオンとちゃんと話し合って。といいますか、リオンが嫌がります。それでこの国を出ていくと言い出したらどう責任を取るおつもりですか?』
と上皇相手に笑顔で、そして青筋立てながら言っていた。
おば様は頭脳明晰、しかもおしゃべり上手、そして女。ついでに元は商人の娘で世間様の人を罵る言葉をたくさん知っている。
そういう人の説教がどう言うものか、想像して欲しい。
怒らせないのが無難で賢いという結論。
ついでに、おば様を怒らせるということはもれなく叔父を怒らせることになるので、色々その面倒さを知っている上皇の顔がショボくれたのを見て私やナイルたちお付きが笑いを堪えたのは記憶に新しい。
ようするに、国王陛下にとって今の状況は面白くない。
『国王でありながら部外者』
になってしまっているのだから。
それが罷り通っていいのか? と言われてしまえば否である。
しかし、王家が暴走し国家を転覆させないための三院への分権や代権で成り立つ国の古くからの慣例や暗黙の了解といったものを『上手く利用した事例』であることには間違いなく。
やはり。
これを踏まえてこちらにリオンをぶっ込んで来たビートは敵にしてはいけない。
敵にしたら国家転覆確定。
「どこまで、把握してますか?」
「養父に色々差し向けたことと、養母を誘拐しようとしたところまでね。最新の情報でしょう?」
「はい」
「なんて愚かなことを、と思ったわ。けれど、面白い結果だったわ、坊やもいい経験になったのではないかしら?」
非常に物騒な話をしているとは思えない、オレリア様の軽やかで愉快そうな笑みの理由。
そう、国王陛下はリオンを手中にと画策するなかで何を血迷ったのか、ビートを数回に渡って脅迫するという暴挙。
けれど。
ビートを脅迫する目的で送り込んだ刺客がことごとく返り討ちにあってしまった。
初めは情報収集が主な目的の諜報員、次に二度に渡って『蝙蝠』を、そしてついに『梟』を送り込んで、全員見事に負傷して王宮に帰って来た。
三度目に送り込んだ刺客として向かった『梟』騎士二人は、ご丁寧にロープと鎖で絶対に抜け出せないようにグルグル巻きにされ、魔導院の上層部の魔導師でなければ解除できない捕縛魔法までかけられ、王宮の大門前に『一般家庭に不法侵入した者です。危険人物です。皆さん顔を覚えておきましょう』と張り紙付きで放置されていた。
そしてジェナを誘拐し彼女を人質にビートを脅迫しようと送り込まれた『蝙蝠』の三名と『梟』の二名の計五名も酷い有り様だった。
辛うじて股間を隠す下着は履いていたけれど、すでに霜が降りるようになったこの季節に全員裸で王都の外に伸びる街道に沿って首から下を埋められた状態で発見されている。こちらもご丁寧に捕縛魔法で体を固定されていたので抜け出せるはずもなく、『誘拐未遂犯!!この顔みたら逃げて!!魔物より悪質です!!』と立て看板が立てられていた。
公衆の面前に大層な恥と共に顔を晒された『蝙蝠』と『梟』の面々は、当面の間使い物にならなくなって(諜報活動ができなくなり)憐れみを覚える。が同情はしない。
「『梟』が赤子のようにあしらわれる……それがあの坊や付きだと思うと笑わずにはいられないわ、《ランプの光》を手にいれようと画策して、随分大損したこと。これで懲りたかしら?」
「ええ、今度は正々堂々と正面から説得するつもりのようですよ、すでに一度その申し入れをしましたが無視されていますけど」
私の言葉に、オレリア様が冷笑する。
「あの坊や、そんなにバカだったかしら」
はぁぁ、と盛大なため息を漏らし、オレリア様はわざとらしく項垂れる。
「《何を》相手にしているのか、わかっているのよね?」
《何を》
私の力がほとんど使えなくなった時、その原因を探ろうと外側から動いて下さったのはこの方だ。外から見たゆえに知ったこと。
聖獣の存在。
そして今まで謎とされてきたその能力は、聖女の力を虫を払いのけるようにいとも簡単にあしらう強大なもので、私の身に何が起きたのか探ろうとしたオレリア様の力すら成す術なく。
その時に見えたそうだ。
王都まるごと覆う巨大な私の結界を内側から破らないよう、傷つけないよう配慮しながら抑え込んでいたことを。
聖獣とは、それほどの存在なのだ。
私の力を抑え込むのに気を使って力を使わなければあっさりと破壊してしまう力を有している。
そんな聖獣たちが魂を共有する娘と呼ぶリオン。
いったい、どれだけの聖獣がこの世に存在するのか。
聖獣全てがリオンの為に私たち人間に牙を剥くとしたら。
この国は、大陸は滅びる。
一瞬で。
先見の力など必要ない。彼女をよく理解しようとすれば自ずとそこに行き着く答えなのだから。
「それで? あなたはどうするの?」
「そうですね……リオンが戻るまで、ある程度のことでしたら私は全てを静観するつもりです。現時点でそれで問題ないですから。叔父様、そして養父ビートの活動に支障をきたすようなことが起これば動くことも考えてはいますが。ただ」
言うべきかどうか、一瞬の迷いもあったけれど、私としては先代の聖女ならどんな意見を下さるのか興味がある。だから、言うことにした。
「国王陛下が『王家』として本格的にその権力を全面に出して介入してくる前にそれを止める手立てがあるのならその時点で確実に介入し阻止します」
「……なぜ?」
「王家は、どうやら聖獣に疎まれているようなのです」
「え?」
私は話した。
聖獣シンのこと、上皇へのシンの言葉、遥か昔に聖獣と王家の祖先に何らかの接点と問題があったこと。
一通り聞いて、オレリア様が黙り込んでしまった。
「オレリア様。私の話を聞いてくださいますか」
「……話してごらんなさい」
「ありがとうございます。オレリア様、王家の成り立ちが、覆ります」
「どういう、こと?」
「我々の知らない史実を、聖獣は知っていて、そして何らかの理由で語ることなく黙認している。それには間違いなく《聖域の扉》と呼ばれるリオンたちのような存在が関係しているはずで、再び王家や王家の歴史に巻き込まれることがないように、聖獣たちが長きに渡って王家を監視しているようなのです。……王家が、リオンに介入、そしてその存在を取り込もうと動けば、間違いなく聖獣が表舞台に出てきてしまう。そして同時に歴史を覆す史実を表に出し、王家を滅ぼすことになるでしょう。聖獣が歴史上出てくることはなかった。何故だと思いますか?……歴史に残らぬほど、その痕跡が残らぬほど、一瞬で全てを滅ぼしてきたからだと、私は思っています」
笑顔で『また来るわ』と仰っていたけれど、オレリア様の瞳は笑ってはいなかった。
当然のこと。
今、王家はリオンを取り込もうとしている。
魔物に脅かされるこの世界を変えるためではない。
王家はリオンを王家の道具として、大陸でその地位を確固たるものにする手段の一つに成りうる道具として手に入れたいのだ。
上皇と皇太子に関しては、そういった欲のない方なので問題はない。
けれど。
この国の頂点、現国王は。
「叔父様の領地や事業にも手を出そうとしたことがあるお方だから」
「え? 何か?」
ナイルがお茶の用意をしながら、私の一人言に反応したので、苦笑してみせた。
「陛下があまりヤンチャをなさると、オレリア様が王宮に乗り込んでくるから陛下を大人しくさせるよい方法はないかしらね?」
どう返答していいのか分からず困った顔をするナイル。
「誰か、いないかしら。有無を言わさず陛下を止めて下さる方」
そして、後日私の願いが通じたがごとく、とんでもない存在が国王陛下の前に現れることになる。
それをまだ予見も先見も出来ていない私は、ナイルの淹れてくれたお茶を嗜みながら、ため息をついた。
聖女ミオ様は気苦労の多い立場ですね。でもなんとなく『ああ大変』と言いながら扇子で口元をおおい、その口元を緩めて笑っていそうな怖さとしたたかさがある人だと思います。




