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二章 * 理想と現実 3

 魔導師全員がひどく困惑して難しい顔をした。

「で? リオンとしては、何か対策があって私たちを集めたのよね?」

 気持ちの切り替えが速い性格らしい、フィオラは目に期待を滲ませる。

「どれくらい上手くいくかわからないけど、とりあえず時間稼ぎはできるはず」

「何をすればいいの?」

「人間が魔物と接触するのをなくしたい。このビスの状態で、守護隊が限界の中で魔物を倒そうとしている人はきっとなにか目的があってやってる気がして」

「目的か。魔物を倒して金稼ぎするやからもいるかなら。それじゃないか?」

 不快そうに顔を歪めた魔導師がポツリと呟いた。

「もう無理です」

 リオンは静かに首を横に振る。

「今後は今までよりはるかに強い個体が出てくるはず、よほどの騎士や魔導師でなければ、殺されに行くようなものです、金稼ぎの対象ではありません」

 キッパリと言い切られ、魔導師たちは息を飲む。


「皆さんにお願いしたいのは、森の中に入っていこうとする人を、阻止してもらうことです。騎士団が来たからといって魔物の討伐を止めないと思うんです、お金のためならなおさら、隠れてでもするかもしれません。魔物が増える理由や原因を皆が少しでも理解するまで、止めなくては」

「正しい知識の周知と浸透か。……時間かかりそうね、でもなんとかなるかもしれない。そして私たちは森林への侵入者の取締り、場合によっては強制退去や戦闘も視野に入れて計画を。さぁ、忙しくなるわよ」

 ティナの掛け声に、全員が気を引き締めて『はい!』と返事を返した。




 フィオラは妊婦に無理はされられない、相談役の立場にいてくれればいいと言うと、ティナは

「私が指揮するわ、フィオラはリオンの護衛をするのが仕事でしょ。こういうのは少しでも経験のある私たちに任せてほしい。……皆ね、今まで経験したことがないの。こんなに酷い被害はもちろん、討伐じゃなく支援と調査が優先の魔物関連の遠征が。そしてリオンがいるでしょ? 少しでも今まで知り得なかったことを吸収して、実践して、成果を出したいと思ってる。それに打算が含まれることを否定的するつもりはないわ、今回の経験は必ず今後に活かされて私たちの実績になるんだもの。でも、悪い意味じゃないと思ってくれる? 魔物の被害の拡大に心を痛めて、頭を悩ませてるのは、皆一緒だから」

 と、諭すようなことを言って、フィオラを黙らせた。


 もしかすると、ティナはそうしないと気が済まないのかもしれない。友人の命を魔物に奪われた彼女の目の前に、新しい命を宿した彼女の目の前に、リオンが現れ新しい考えや知識を与え始めた。

 妊娠と出産でティナは近いうちに一定期間一線を退くことになる。吸収出来る知識は今のうちにとことんしてしまいたいのかもしれない。その思いを危険と体への負荷を理由に押し退けるほどリオンは偽善者ではない。

「じゃあ、無理しない程度にお願いします」

「ええっ? リオンいいの?!」

「フィオラや私が指示を出すより的確でしょ? 直接現場に立つわけじゃないし、ティナさんだってただじっとしてるだけはストレスがたまるだけかな、って。ていうか、一人でも多いと助かるしね。それが本心」

「でしょ? 絶対に無理しないわよ、無理なんてしたらマリオがものすごい形相で飛んできそうだし」

「あ、それ怖すぎます。そうならないギリギリでお願いします」

「任せてー!」

 リオンとティナのちょっと気の抜けるやり取りに、フィオラが笑って『しょうがないわね』と諦め、そして魔導師たちも笑って俄然やる気を見せた。


 皆、同じ想いなのだ。


 魔物に怯えず生きれる日常を。


 その望みのために。




「はじめて見たわ」

「うん?」

「魔物が町に入るとあんなことになっちゃうのね」

「あれでも、まだ被害が少ないかな。果樹園を荒らした魔物の存在はもっと怖いから。今日、様子を伺ってた魔物は数体、あの数で一瞬であれだけの広さをメチャクチャに出来るはず、あの果樹園の状況が警告の意味だとしたら。この先は私も予測は出来ない、《過去の記憶》がまだ少ないし……それより、犠牲者が出てたって、ほんと?」

 リオンの問いにフィオラが一瞬間を持った。リオンにはあまり聞かせたくなかったのだろう。

「うん、若い男性二人って聞いてる。酷い状態だったみたいよ、見れたものじゃなかったって。……魔物に襲われたら、逃げ切れても傷が変化して魔物になってしまうか、食いつくされて跡形も残らない。それが、今回は、まるで見せしめ、よね」

「うん、きっと……」

 リオンとフィオラは被害が大きかった地区に来ていた。建物は傾き、崩れたものもある。なぎ倒された本当なら鮮やかな花を咲かせている木々も今はただ集められ処分されるのを待っている。至るところ踏みにじられ、えぐれた地面が、その衝撃の大きさを物語っている。

 魔物に侵入された建物は順次取り壊していくらしい。忌み嫌う魔物を穢れたものとして見ている人間は、例外なく彼等の通ったところは穢れた場所として、まっさらにしてしまう。何事もなかったように、その痕跡を全て消してしまう。時折訪れる人々は悲しげだ。あらゆるものを魔物に奪われた住人だろう。


「戻るわよ、夜になる」

「うん」

 フィオラに続いて荒廃した地区に背を向けて歩き出したけれど、リオンは、すぐに立ち止まり振り向いた。

「どうしたの?」

「私が、一人でこの先に行きたいって言ったら無理?」

 フィオラは驚きながらも、何故かため息をついたのでリオンは首をかしげる。

「私が一緒は駄目なの?」

「何かあったらまずいでしょ。私一人なら魔物に襲われない。たぶん間違いない。だからこの目で確かめたいの」

「だとしても、一人は無理よ」

「フィオラ、私は」

「行くわよ」

「え?」

「私一人で戻ったら、大騒ぎよ。セリード様に何を言われるか考えたくもないわ」

「フィオラ……」

「安心して、あなたに従う。それに、万が一の時は転移できたらいいでしょ? リオン一人くらい一緒に出来るわよ」

 リオンは、フッと息を漏らして笑った。

「頼もしいわね、さすがミオ様お抱え」

「当然」

 リオンの肩を叩き、フィオラがわざとらしく自信ありげに鼻で笑った。リオンも笑った。強張っていた顔がようやく緩んで、リオンは少しだけ気持ちが温かくなった。




 リオンに言ったことは本当の思いだ。しかし、それとは別の思いがフィオラにはある。

 王都を離れてからリオンが急激に成長している()()()ことをどうしても見過ごすわけにはいかない。

 聖獣ルシアがリオンの中にいる、あの時からリオンの魔物を察知する能力が高まったことをセリードも気づいているだろう。それはフィオラも同じだ、リオンのその成長が魔導師の成長などとは明らかに違い異常な速さだということを。

 少しずつ成長するしかないと言っていたのはリオンだ。何もかも手探りだと自嘲していたはずの彼女の魔物を察知する能力はビスに入る直前の森でのことで『桁外れ』の能力だと、彼女自身はおそらく気がついていない。


 魔物がどれだけの数がいて、どれだけの力があるのか、そして状態はどうなのか、そんなことは聖女ミオですら判別は困難だ。

 魔物には人間や動物にある気配というものがない。その理由は分かっていないため、だから遭遇すると回避が難しく被害が後をたたないのだ。

 それを、リオンはあれだけの人間がそばにいたにも関わらず、人間の気配に影響されることなく魔物の数と状態を把握していたのだ。

(この目で見ておかないと。リオンが、どうなっていくのかを)

 どう考えても、あがいても、リオンの事を全て理解することは恐らく不可能というのが聖女ミオの見立てだ。だからこそ、彼女の一挙一動は見逃してはならないのだ。


 リオンを知ることは、聖獣と魔物を知ることへと繋がる。


 その確信があるから。





 魔物は夜行性というわけではない。彼らには睡眠や休息というものは必要なくいつでも動き回れる。ただ、洞窟や人の踏み入れない場所に潜み、夜に闇に紛れて動くことが多い。そのため、夜行性だと勘違いされていて、その誤解が魔物との遭遇に繋がり命を落とす現状がある。ビスが襲われたのは昼間、被害が拡大した大きな要因はそれだった。魔物は昼は襲ってこない、その間違った知識が守護隊を夜だけに集中させ警備強化させてしまっていた。

 魔物が守護隊でも討伐出来る強さなら問題ない。だが、少しでも強くなり始めると魔物の行動範囲も広がり凶暴化、人や動物だけでなく、植物までも食らうようになる。

 それでも、人間が彼らを刺激するようなことをしなければ、時間はかかるものの、自然とその驚異は落ち着いていく。

 何度も何度も驚異に晒され疲弊していくのは、人間が恐怖を打ち消すためだけに、魔物を少しでも多く退けようと躍起になるからだと知っている人がいれば、この世界はもっと住み良くなるはずなのにと、最近の経験と積み重なった《過去の記憶》から思うようになっていた。


「うそ」

 フィオラが、立ち止まる。

「大丈夫、様子を伺ってるだけ。何もしないで」

 荒廃した居住地区を通り抜け、守護隊の目を盗んで森に足を踏み入れて進みはじめてわずか数分だった。人々の賑やかな声が微かに聞こえる、灯されたランプや松明の明かりが振り向けば見えるほど近い距離。

 魔物が正面に浮かび上がるように見えた()()に、フィオラは恐怖で足がすくんで、立ち止まって更なる恐怖で口を両手で防いだ。

 いつの間にか魔物に囲まれていた。地面だけでなく、木々の間からも見下ろしているたくさんの魔物が、音も立てずにいつの間にいたのか。

「なにもしないから」

 リオンは、周囲に響くような大きな声を出した。

「見に来ただけ。あなた達を、見たかったの。何もしないわ、だからあなたたちもなにもしないで」


『まさか、自ら会いに来るとは大した勇気を持った聖域の扉だな。まだ《過去の記憶》もさほど持たず、整理しきれていないだろうに』


 低く、体に響く重い声だった。

 周りにいる人間に近い体格の魔物とは比べようがない、極端に大きい。まさに巨体だ。

 元は馬の姿に近いものだった事を伺わせるが、馬特有のしなやかな肢体とはいえない、異形な姿をしている。

 そして、なによりその存在が異質だと思わせるのは漆黒の闇に似た全てが黒で覆われた恐怖を煽る色と、ゾワゾワと不規則に不気味に動くその表面。


 しかし。

 恐れ、体が硬直したまま経過した僅かな時間で感じた違和感。

「あ、れ?」

 フィオラは、自分の感情に驚いて声にならない声を出していた。

(なんで?)

 周りにいる魔物が霞んでしまう圧倒的な存在感。その異形な姿はどんな魔物より恐ろしいはずなのに、フィオラは目をそらさず真っ直ぐその目の前の存在を見ていられた。

「恐く、ない」


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