二章 * 理想と現実 2
これは、警告なのだと気がつくまで時間はかからなかった。
―――魔物たちの最後の慈悲だろう。
これ以上踏み込むならこの町は沈む。
人間の誠意を確かめようとしているのかもしれない。
後悔と反省を、してほしいのかもしれないね。
建て直しは大変だけど、頑張ろう。そして魔物たちに許しを貰おう―――
(いつの、時代の記憶だったかな……同じことが起きてる?)
「リオン?」
フィオラの声にびっくりして体が強張ったリオンは彼女の方を振り向くとかなり心配そうに見つめている。
「あ、ごめんね、なに?」
「大丈夫? さっきから、変よ」
「うん、わかってる。ごめんね、ちょっと考え事。こんな時に駄目だよね、大丈夫、集中集中」
「思い詰めるの、良くないわよ」
「うん、わかってる」
荒廃した果樹園を抜け、ビス市の住宅が立ち並ぶ居住地区に入ったのは太陽が少し傾きかけた夕方前だった。
マリオたちが到着したとき、祭りのパレードでもあるのかという賑やかさで歓迎され、市民に取り囲まれ一時期混乱したという。その異様さにマリオも戸惑いを隠せず、その騒ぎを扇動するような市長の先陣切った派手な演説紛いの歓迎を諌めることになり、その歓迎ムードを全く喜べない気分になったうえにこんな状況を疑問視しない市長への不信感が湧きあがったという。
リオンたちが着いたときも何が起きているのかと警戒してしまうようなその騒ぎは続いていて、マリオたちと合流するのも苦労し、マリオが急遽用意させた役所の会議室に全員が逃げ込むようにしてようやくまともな会話が出来るようになっていた。
この歓迎を手放しで喜べないのは、なぜこれだけの被害があったのに悲壮感が薄いのか? という一言に尽きるだろう。
「まずいな」
マリオの発言には常に反発するバノンも、無言で同意を示す。
「過度の期待はろくなことにならない。なんでこんなことになってる?……まずは沈静化が先か」
「どうしますか?」
セリードが問いかけると少しだけ無言になり、腕を組む。ふと、考えをまとめたのか、腕組を解くと歩き出しセリードに視線を送る。
「ついてこい、お前あの市長と面識があるそうだな、まずは余計なことをさせないよう黙らせる」
「圧力ですね、手っ取り早くていいですね。でも大丈夫ですかね? こんなバカ騒ぎするような市長ですよ、話し通じますか?」
「あの手の男は大袈裟に騒いでその始末をつけられない、下らん始末をしに来たわけではないぞ俺たちは。復興にせよ討伐にせよ、こちらに必ず従ってもらう」
「了解です。バノン、ジル、マリオ団長と市長のところへ行ってくる、ここは任せた。予定通りで」
「おお、こちらは任せてくれ」
「頼んだぜー」
すでに受け入れ体制が出来ていると、意気揚々と市長が用意した宿への荷物の運び込みや武具の点検、目視での被害状況の確認、地図による市の公共施設や店、居住区などの詳細な確認、今後の予定の再確認などやることはたくさんある。ジルとバノンが指示を出して団員たちが無駄のない的確な動きでビス市での活動に必要な準備を進めて行く。
そんな中、いつもと違う動きがあった。リオンがティナにお願いしジルとバノン、マリオの許可も得て、魔導師を集めてもらったのだ。重要な事を話すのだろうと皆快諾してくれ、わざわざ時間を割いてくれることになった。マリオの隊はティナと先日誰よりも先に会っていたキースを含めて四人、ジルの隊は三人、バノンの隊は五人、そしてそこにフィオラが、計十三名がリオンを囲むように集まった。
「忙しいのにありがとうございます。皆さんにお願いがあるんです。魔導師の方なら人の気配を感じとることが出来るので、協力してもらいたいんです」
「いいわよもちろん。何でも言って」
ティナのように皆が真剣に話を聞く協力的な姿勢を見せてくれたのでリオンはホッと胸を撫で下ろす。
皆、この市の状況に不安を抱いているからだ。国中を遠征して魔物討伐をしてきた彼らも、魔物が人が集まりやすい場所に侵入して荒らした光景を見るのが初めてだった。今までにないことが起きている不安を少しでも解決できるのならと皆真剣な面持ちでリオンを見つめる。
「市内に魔物が入ってきて、荒らされて怪我人が出て。魔物が凶暴化して、増えている証拠です。ここに来る途中見た荒らされた市内の様子はその典型的な状態です。植物は食い散らされて、建物は壁が崩れるまで体当たりされ、中に侵入されてあらゆるものが噛られて欠けて無惨です。凶暴化すればするほど、比例して被害は悪化します。でも……果樹園はそれとは全く違うんです」
「言ってたあれね。果物は食べられていないし、動物も殺されてしまってはいるけれど食べられていないって」
ティナの言葉にリオンは頷く。
「あれだけ町が荒らされて、後から荒らされた果樹園があの状態ではつじつまが合わないんです。……被害が急激に拡大してからこの市の守護隊はどうしてますか?」
リオンのその問いにはバノンの隊の団員が答えた。
「荒らされた地区を中心に侵入を防ぐ防衛線を張って、町の巡回を強化するので一杯一杯だときいている。だから騎士団に要請がきたんだ、魔物の侵入を防ぐのでもうそろそろ限界になって、守護隊が総崩れする可能性が出てきたと。討伐なんて出来ない状況だし、港の警備も抱えてるから最低限である魔物の侵入を警戒する位しか出来てないんじゃないかな」
「……だとしたらやっぱり、おかしいんです。魔物が、私たちが見たのは町の荒らした地区よりずれていて普段は農作業をする人しかいない果樹園です。私の知る限り一ヶ所荒らされたらそこからどんどん侵食するように被害が拡大していくはずなんです。今回みたいに、別の場所というのは、あまり良く……ないです。」
「え、どういうこと?」
フィオラが不安げに問いかける。
「別の存在」
リオンは、伏し目がちになった。
「初めからこのあたりにいた魔物ではない、別の土地から魔物が集まってるんだと思う」
ティナは胸に手を当てて、大きく深呼吸をした。誰かが唾を飲み込む音が聞こえ、沈黙が一瞬支配した。
「リオン、前に教えてくれたわよね? 魔物は魔物を呼ぶことがあるって。もしかして、それのこと?」
「うん、魔物が凶暴化すると、そのあと起きるのがそれらしいの。どうやって呼んでいるのかはまだ分からないわ、もしかすると呼び寄せる何か能力があるのかもしれないし。……ただ、それには必ず原因があって、凶暴化した魔物を倒そうとして、失敗して、かろうじて追いやることだけはできたとき。少しだけ落ち着くらしいの、人によっては魔物が減ったようにも感じるかも。でもそのあとが怖い……」
「魔物が異常に増える、それは増殖だけじゃなく、他から集まってくるからってことよね。……もしかして、ここって、いま、それ?」
リオンとフィオラのやり取りにたまらずティナが割り込んだ。
「まずいじゃない、どう考えても」
ティナが思わず椅子から立ち上がっている。
「じゃあ、あの果樹園は別のところから来た魔物ってことか? だから被害の状況が違うてことか」
神妙な面持ちの魔導師の問いにリオンは頷いてみせた。
「だと思います。でも、一番の問題はそこではないんです」
リオンの言葉にどう返していいのかわからなくなり、ティナは困惑した表情で首を傾けるとため息をつく。
「も、問題じゃないって言われてもねぇ」
「ティナさん、魔物はこちらから必要以上に倒そうとしなければ襲ってきません。さっきのように、離れている場合は様子を伺ってることがほとんどなんです。騒ぎ立てたり討伐しようとしなければ、飢えて獲物を探していなければ何もなくその場から去ってくれることのほうが多いはずなんです」
「じゃあ、なにが起きてるの?」
「討伐どころか、侵入を防ぐので手一杯の守護隊が、魔物を呼んでいるとは考えにくいんですよね」
「そうだな、防ぐだけで、魔物がいるところには守護隊が自発的に討伐に入ることはなくなっている。わざわざ外に出て魔物の討伐なんて余裕はこの市にはすでになくなっているんだから」
キースも確かに納得出来ると頷きながら呟いた。
「はい。だから、守護隊とは全く関係のない、魔物討伐をしようとしている人がいるんじゃないかと」
「はっ?! 守護隊じゃないのに?! 無理でしょ、騎士団でも頭抱えるレベルの魔物をどうやって?!」
ティナが少し興奮してしまっている。
それでも、リオンは落ち着いていた。
「倒すことは出来ていないと思います。一部は追い返しているだけかと。襲うはずのない魔物を見つけて攻撃、でも倒せるような弱い魔物ではなく、追い払うだけ。その魔物が引き金になって、他から呼び寄せてしまっているんだと。倒せないまま、その魔物には人間が討伐という名目の怒りや恐怖をぶつけ続けている……もし、魔物にも人間のように、感情のようなものがあるなら? 聖獣の影響を受けた一部の魔物に知能があるなら?……人間が向ける怒りや恐怖を、魔物も人間に向けてもおかしくないはずです」
ひどく落ち着いたリオンの声に、その発せられた言葉に、その場は再び沈黙に支配された。




