二章 * なんでそうなる。 3
(いつまで、このままなんだろう?)
《オクトナの選定の力》の影響とみられる酷い頭痛で立っていることも困難になり、リオンに介抱される流れで膝枕に持ち込むというセリードの策士っぷりが垣間見れてからしばらく会話もしてみたが。
リオンの膝の上、セリードの頭は退く気配がない。とっくに夕飯の時間は過ぎてしまった。宿の店主からは他の客と被ると食堂が大変なことになるから決めた時間に来て欲しいと言われていたのを二人揃って忘れていたのも悪いが、その前にこの男が動く気配を見せないので、リオンはじぃっと動くのを待つだけになっている。
何だかんだ言いつつ膝枕を許可したのは自分なので強制終了を言い出せずにいるリオンだ。
「明日ちょっと大変だけど、一気に進もうと思う。大丈夫かな」
「あ……はい。あの早馬にも慣れてきましたから大丈夫です」
「ん? 何か気になる?」
考え事のせいでセリードへの反応が遅れたのを気づかれて慌ててリオンは笑ってごまかす。
「いえ、全然。あ、やっぱり、あのですね」
「うん、なに?」
「いつまで、この状態なのかと」
「嫌?」
「嫌だとかそういうことではないんですが」
「じゃあ、もう少しだけ」
「はぁ」
突然だが今さら、リオンは急に恥ずかしくなってセリードが見れなくなった。
冷静に考えて、こういうことはそれなりの仲の男女や、幼い子供とその親がするようなことではないだろうかと気がついたのだ。
遅すぎる。
「重い?」
「平気です」
「ご飯食べ損ねたから、お詫びにご馳走するよ好きなもの」
「目一杯食べますよ。遠慮なんてしませんからね」
「どうぞどうぞ」
きっとこんな会話も慣れているんだろうな、と頭をよぎってなんだかムッとしてしまう。
特別な感情がある訳じゃない、この人は女に甘える方法を知っていてそれを抵抗なく出来てしまうんだとリオンは自分に言い聞かせる。
(どうして私がこんなに悩まなきゃいけないのよ。おかしくない?!)
彼の余裕の笑みが、リオンにモヤモヤとした理由のはっきりしない不満を目覚めさせる。今日はいいお肉を彼がびっくりするくらい食べてやろうと決意させたことに気づきもせず、セリードはとても落ち着いた、嬉しそうな顔をして膝枕を堪能中。
食事中『相変わらずよく食べるよなぁ、見てて気持ちいい』と終始ニコニコされて、結局、朝起きたらリオンは、胃もたれでなんだか胃だけでなく気分もスッキリしない敗北感漂うモヤモヤとして納得できない感情が自分の中にあることに戸惑った。が、そのモヤモヤとしたものがすっ飛んでしまう光景に目が点になる。
「言うこと聞かないなら次は殺す。この能無しが!!」
と、青筋立てて言ったのはフィオラ。彼女の背後に悪魔がいる? と、錯覚させられる凄まじい迫力だ。
セリードとジルは、やったよコイツ、と言いたげに頭を抱えている。ティナは周りの空気無視で遠慮のない声で高笑い。
「騎士なんて全員不祥事で解雇されてしまえ! 一生無職でのたれ死ね! 鬱陶しい! 存在が迷惑! 睨み合ってる暇あるならその無駄な筋肉使ってゴミ拾いでもしてろ!!」
「それは、私も含まれるんだろうな」
「例外はないだろう、フィオラなら」
ジルのぼやきとセリードのあきれた声。
「あのー……私が、お手洗い行ってる間に何があったんでしょう」
リオンはその光景が錯覚かと一瞬頭をよぎり、目を擦ってもう一度見て、うーんと唸ってもう一度今度は何か冗談でたちの悪い遊びをしているのかと顔をひきつらせて笑おうとしたが、そのどちらでもないことがフィオラの発言で理解できた。
「無言でバノンとマリオ団長が睨み合ってただけなんだけどね。それが周囲に伝染して一気に騎士団同士で険悪になって空気が変わった途端」
昨日のセリード様の言葉を忘れたのかぁ!
この脳筋共がぁ!
次リオンの前でこうなったら極大魔法でぶっ飛ばす!
足括って早馬で引きずってやる!!
団員も全員連帯責任で覚悟しておけ!!!
「って、キレて」
セリードは『オレは関わりたくない』と言いたげにその光景を視界に入れようとしない。
「それが、どうしてこんなことに」
「ほら、一応フィオラって将来的には魔導院最高議長候補だから。団長クラスといえどフィオラに不意打ちで動きを止める魔法かけられたり結界に閉じ込められたらそれを破るのは至難の業で。オレでも不意にやられたら抜け出すのに苦労するよ。リュウシャ様のひれ伏させて動けなくさせるのと一緒だね。あれからヒントを得たんじゃない? しかもこの平和な場所でマジでアホみたいに強力な魔力解放してやるとは誰も思わないから、みんなドン引きして無様な上司を助けに行く気力も削がれちゃってさ。で、この有り様」
セリードの若干投げやりな言い方。
「あぁ、つまり、本気で怒らせてしまったんですね、騎士嫌いのフィオラを、騎士の代表二人が……」
あろうことか、この国の防衛の要と言っていい戦いの最前線に立つ男二人が、足首を縄でくくられている。そして宿の近くにある立派な大木の立派な枝に逆さに吊り下げられて通行人すべての人に晒されている。
ぷらーん、ぷらーんと二人寸分の狂いもなく揃って揺れているのはフィオラが魔法で何かしたのかもしれない。体格に恵まれた男二人が吊るされて揺れているのはどう見間違っても、目立つし、恐い。
この町の住人である子供たちは、『変わった遊びだねー』と無邪気に笑う。
とりあえず、子供の教育に悪そうなので下ろすべきだろうと思っても、とばっちりを受けたくなくて誰も手を出さない。
「あはは、あはははは! ウケる! シュール! 図体デカイ男二人がそろって揺れてるのってウケる! しかも逆さ!! 顔色悪くなってきたわよ!! 騎士も逆さ吊りは辛いんだ?!」
片方はあんたの旦那です、と全員が遠い目をして心のなかで呟いたことなど知るよしもなくティナはツボにハマって大笑い。
「リオン?」
そしてリオンはセリードの隣、ちょっとだけ大袈裟に感じるかもしれないため息をつくと不様な騎士団長二人のところへ向かう。
「自分で言うのもなんですが」
彼女は真顔で逆さの顔を見比べた。
「これから私は皆の役に立ちたくて、皆のために出来ることを増やして、時間がかかっても解決出来ることがあれば一つ一つこなしていくつもりです。それはきっとバノンさんとマリオ団長にとっても損にならないと信じて行動するつもりです。だから、協力してください。でも、邪魔になることはしないでください。私の知らないところで私を利用して互いを蹴落とすようなことを考えないでください。もしそういうことしたら、昨日セリード様が言ってくれたので、アルファロス家の力を借ります。ついでにフィオラに今度は王都の大広場にある時計台に並んでこうやって死なない程度にぶら下げて貰いますね。あと、私も金槌で一発くらいは殴らせて貰いますよ」
「肝に命じておく」
「了解」
マリオとバノンが素直に返事をしていた。
先行して魔物の遭遇に備えて今までよりも厳重に武装をしたマリオ隊から少し遅れて、ジル主導でリオンたちは妊娠初期のティナのため負担にならないようギリギリの速度で南下する。
馬を走らせながら、フィオラは横目で並走するリオンの表情を確認する。
(さっきのは、本気で怒ってたわね)
周りには呆れてため息をついただけに見えたかもしれない。しかしフィオラは明らかにリオンから強い怒りを感じていた。
(自分のこと利用して、しかも知らないところで勝手に喧嘩なんて嫌なだけよね……。これでバノン団長もマリオ団長もしばらく落ち着いてくれればいいけど……)
魔導師としての漠然とした予感めいた不安がフィオラの中から消せないでいる。
(ティナさんはいいんだけど、ほかの団員よ問題は。数名は確実に直接ブラインの息がかかってるわ、あれは)
リオンとセリードが昨日どこかへ行っていた時、個人的に今後の予定を確認するためジルと宿の外で話していたとき偶然見たもの。
ジルは彼女より先にすでに気づいていて、フィオラに気づかぬフリを要求した。
(あれ、領有院の諜報員だった。つまり、ブラインが動かしてるってことよね。マリオ団長と何人か、一緒に酒場に入ってずいぶん話し込んでたみたいだけど)
バノンも気づいているだろう。そしてセリードもすでに聞かされているだろう。だがその事を口にはしない。
(なるべく表沙汰にならないようにしたいって言ってたし、黙認は当然なのかしら。問題が起きなければいいんだけどね。王都で今何があってもこちらではどうしようもないし、後でミオ様に確認しようかしら)
勘弁してほしい。
リオンは本気でそう言いそうだった。
実は利用されても構わないと彼女は思っている。そんな事は自分の特殊な力のことを考えれば仕方ないことなのだから、と。けれど、そのために誰かが誰かと争うなんて迷惑だ。ましてそのせいで自分の知らぬところで、関わらないところで誰かが失脚したり、罪を着せられたりすることに繋がるなんてまっぴらごめんなのである。
(本当に次こんなことがあったら、ブッ飛ばす)
いつになく乱暴なことを思うのは、自分ではどうすることもできないことへのジレンマが生む怒りがあるからかもしれない。
そして、これから向かう先にいる存在との対峙がふと頭をよぎり、せめて危機が迫る事態の時はこんなことで悩みたくないなぁ、とため息をもらした。
リオンの心の揺らぎとか、変化とか、もう少し進展させたかったんですけどね‥‥。
そろそろ三章。の、予定です。
頑張ります。




