二章 * なんでそうなる。 1
夕飯までもうすぐという時間で、フィオラや騎士たちが探し始める前に戻れて良かったと、リオンとセリードはホッと胸を撫で下ろしつつ、ついさっきの出来事について話ながら宿に到着した。その二人のもとへ宿の受付付近で待っていたらしいジルがかなり心配した様子で駆け寄ってきた。
「戻ったか。探しに行かなくてよかった」
「今後のことでちょっと話を。何かあったらしいね、その感じだと」
「え?」
リオンの顔がこわばり周辺を見渡している。だが特別変わったことは見当たらない。
「さっき入った新しい情報だ、魔物だ」
リオンはすぐに顔をジルに向き直おる。セリードは落ち着いた様子でジルと向かい合っている。
「どこ?」
「目的地」
目的地ビス市。
大河の支流二つが縦断する広大な熱帯雨林地帯を含む、海に面した南部最大の都市である。
元はメルティオス公爵領であったが、他国への海路の主要港として発展した国にとっても重要な拠点のため、現在は王家領となっている。王家領になって久しいが、古くからある建物の屋根や市の旗、公共の場など多岐に渡り未だににメルティオス公爵家のトレードカラーである鮮やかな青緑色が使われている珍しい場所でもある。
元々は潤沢な資金力のある公爵家が管理して発展したこと、大きな市であること、そして重要な港を抱えていたことからビス市には市内だけでなく港の防衛なども行うため市内と海岸線を守るため守護隊の体制が二つに分担されており、その規模はティルバでも五本の指にはいるものだ。それが今まで長きにわたり維持されてきただけでなく機能していた。
今までは。
「ビス市、ですね?」
「ああ。市内には今回侵入はされなかったらしいが……」
「らしいが、なに?」
言い淀むジルにセリードは探るような目をむけ問いかける。
「市内だけでなく、熱帯雨林も広範囲で荒らされたそうだ。特産品のフルーツの農園の半分の区画がほぼ壊滅、今までにない被害の出方をしたらしい。それに、な」
リオンに対して、ジルが躊躇いを見せた。それをセリードはすぐに死人が出てしまったのだと察して、彼女がジルに質問する間を作らせまいとすぐに話し出した。
「緊急会議だな。バノンとマリオ団長は?」
「ある意味そこも緊急だ。一触即発」
勢いよく歩き出そうとしていたセリードは前につまずきそうになりながら、体勢を戻して振り向いた。リオンの隣、額に指をあてがって目を閉じているジル。
「お前が介入するとややこしくなりそうな気がする。リオンがいいかもな」
「えっ! 私?!」
目を丸くして自分を指差し驚くリオンと、イラついた顔をしてセリードは頭をかく。
「明日からのことでか」
「ああ」
「な、なんですか、明日からのことって」
オロオロするリオンに、不安を与えまいとジルが表情穏やかに説明する。
「ビスまでもうすぐだ、被害が多い地域だ、こちらが魔物に遭遇することもあるだろう? それに合わせて綿密に体制を整える必要があるんだが、ここに来てビスにまた被害がでた情報が入ってきた。それで、まぁ、案の定というか想定済みというか、バノンとマリオ団長が真っ向から対立して。話にならないと打ち合わせが強制終了してしまったわけだ」
「ええ……」
リオンは苦々しい顔。
「ったく、こんな時に。何のためにここまで来てるか分かっているのか? ……なんだ? なんの、音だ?」
セリードの様子が突然変化した。
急に目をキョロキョロさせて、辺りを探るような目をし、左手で耳を塞ぐ仕草も。リオンはもちろんジルも普段みたことがない様子に、訝しげにジルは彼を眺めるように見つめ、リオンは困惑した目で見つめる。
「どうした」
「……これは……ああ、全く、こういうことか」
「おい、なんだ」
「マリオ団長も、バノンも、どっちもどっちらしい。《オクトナの力》はこれか」
「セリード様?」
「セリード、なんだ?」
「この上か? バノンは。先にこっちと話をつける」
彼は天井に顔を向けた。つられるように一度ジルも天井に視線を向け、そして信じられない様子でセリードを凝視する。
「お前……誰の気か特定出来るのか」
「今わかるようになった、が正しい」
「セリード様、それって」
「オクトナは、こんなものをまともに受けてよく、冷静でいられる。それとも、これはオレだけなのか? それがオレたちと聖獣の違いか」
「ビスには予定通り、マリオ団長に先行して入ってもらう。市内に魔物が侵入した場合のみ討伐、それ以外は被害にランク付けして区画ごとに復興と調査を進めてもらう。で、後続のオレたちだが、ジル個人はオレが対応力できない場合のリオンの警護と状況を見ながら全体の支援、ジル隊は二班に分け副長主導で一班はマリオ隊長と合流後市内復興と討伐補佐、もう一班はお前の隊と市の守護隊の体制再建と補佐」
「お、おう。」
「オレは当然リオンの警護、上皇個人の調査依頼も受け持っているから数に入れるな。フィオラも騎士団への補佐など任務は一切請け負っていない。あくまで皇太子殿下とミオからの調査依頼が建前の個人行動だ。そしてティナ副長は体調を考慮しつつ状況に合った行動を。そしてお前は主な活動とは別に、定期的に隊ごとビス市外の、今日報告があった熱帯雨林の魔物の分布調査もする。とにかく。ビズ遠征組は例外なく魔物討伐は最低限、市内への魔物侵入を防ぐ防衛戦が条件だ。万が一の場合はマリオ団長主導の合同の討伐隊を組むことも考えている。今言ったのが全員に提案する予定だった内容だ。逆らうな、オレは今すこぶる機嫌が悪い」
「お、おう。てか、まじで怖いです」
完全にバノンは呆気にとられて椅子に腰かけたままセリードを見上げている。セリードの後方、開け放たれたままになった扉の所にいるリオンとジルはなんでこんなことになった? という顔のまま、立ち尽くしている。
「リオンと密に行動するメンバーは上皇やクロード様から極めて慎重に選ぶように、その判断はオレがするように、仰せつかったことを今のうちに言っておく。そして私利私欲のためにリオンを利用するな、分かったな。今のお前にはその気配が感じられる」
「誰が私利私欲なんかに!!」
「分かったな」
「わ、かった」
セリードは無表情で、いきなりバノンがいる部屋に入ると腰に携えていた剣を躊躇いなく抜き取りその剣先をバノンの首に当てたのだ。感情のない顔は何を考えているのか? というより怖さが際立つ冷ややかなものだ。とにかく、その目が怖くて怖いもの知らずと自他共に認めるバノンも、思うように言葉を出せなくなっていた。
階段を登って行くときにその様子のおかしさからジルが何度もセリードを止めようとしていた声で、何事かとマリオやフィオラたちが駆けつけて大騒ぎ。扉の向こうの通路は次々集まってくる騎士と魔導師でごちゃごちゃしていて暑苦しい。
「セリード! 何をやっている!!」
「騒がないでもらえますか?」
ジルとリオンを押し退けて部屋に飛び込んだマリオが体を強張らせ立ち止まる。
振り向いたセリードの顔を見て、マリオも恐怖を感じたのだ。
「あなたにも忠告を。リオンは誰か特定の人のために動いたりしません。そんなことになるくらいなら、当家が保護という形であなた方が決して話しかけることも、顔を会わせることも出来ないようにしてしまうのがマシというものです。リオンと親しくなりその関係性を利用して誰か他を表舞台から引きずりおろすようなマネはしないで下さい。もちろん、利権を期待することも許しません。バノンお前もだ、いいか、一回しか言わない」
セリードはさらに強く剣を押し当てた。バノンの首に、剣が食い込んだ。
「リオンは、誰に対しても力を惜しまず協力するだろう、だが意味を勘違いするな。リオンは無知で無力のオレたちが楽をするためにいるんじゃない。こんなに惨めなオレたちでも出来ることがあると教えてくれるためにいる。いいか? 少しでも利用しようなんてそぶりをしてみろ、オレはもちろん、アルファロス家とリオンを本当に必要とする存在が潰しにかかると。脅しではない、決定事項だ。彼女の手はオレたちの為にあるんじゃない。彼女の手に救いを求めてすがっていいのは、人間じゃない。」
セリードは剣をようやくバノンから離し下げたが冷ややかなその目は少しも緩むことはない。
「父親の死の真相、聖獣と魔物のこと、お前は知りたいことがあって、したいこともあるんだろう、それは理解している。たが今のお前はリオンを盾に邪魔な存在を遠ざけたいという身勝手な願望があるはずだ。お前自身のためにリオンを使おうとしているんだよ。……それはな、自覚して制御出来ないならいずれただの欲望になって、お前を破滅させる。そうなったらオレは助けないぞ、勝手に他所で聖獣に殺されてろ」
バノンは、『俺めっちゃ恐いこと言われた』と、後でジルに吐露することになった。
なかなか前に進まないな、目的地近いんだけど。と、セリードさんあたりに言われそうです。
作者もそう思っていますが、もう少しだけゴタゴタにお付き合いください。




