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二章 * 意味1

「そうですか、やっぱり」

 チョコレートを頬張る手をリオンは止めた。

 セリードと二人きり、宿の食堂の角のテーブルにつき、リオンは一通りマリオとバノンの話を聞かされた。

「今日はバノンもジルも久しぶりのベッドだ、夜は話し合いなどはせず、簡単な予定確認とその調整だけで済ませる。明日は確実に野営になる一帯に入る、休めるうちに休むことになったんだ。だから問題は明日からになる。……嫌でもリオンもあのギクシャクした雰囲気にさらされるから」

 申し訳なさそうに笑ったセリードに慌ててリオンは首を横に振る。

「大丈夫です、それとなく私も距離はとるようにするつもりではいましたから」

「え? あ、そうなんだ?」

 予想外の返しにセリードが言葉に詰まると、リオンも少し申し訳なさそうに笑う。

「セリード様には、大丈夫、かな?」

「なにか、あった?」

「あの、フィオラにも言わないでもらえますか? ちょっと判断しかねることが……」

「ん、なに、オレで出来ることなら何でもするよ?」

「いや、あのですね、そういうことではないんです、扱いかねてる、というか。……いるんです」

「……もしかして」

 リオンは物凄い複雑な顔をして項垂れた。

「聖獣か」

「はい」


 さて、どうしたものかとセリードも頭を抱える。そもそもリオンにしかわからないことなのにセリードがわかるはずもなく。

「えっと? とりあえず、なんで? って聞くのがいいのかな? というか、いつから?」

 彼のこの質問は当然だろう。質問自体が定まらないのはセリードが悪いわけではない。

「関係があるのかわからないんですが、実はさっき、ここに来る前にマリオ団長の騎士団の方とお話して。……聞かれたんです、バノンさんと親しいのか色々。その時です、気配を感じて、中にいるんだってわかって」

「それって……あの、《ルシア》という聖獣?」

「それが、わからないんです、話しかけてみたんですが無反応で気配だけ私の中にある感じで、何してるのかさっぱり」

『あの男の近くは気を付けろ』

 ばっ!! とリオンは両手を口にあてがった。

『今はまだ、信用するに値しない。妙な気配が漂っているからな、用心すべきだ』

 二人は微動だにせず、周りにいる宿の従業員に聞かれていなかったのかを確認する。忙しそうに掃除や片付け、夕飯前の準備に勤しんでいるので二人のことは置物程度に見えているらしい。

「あなたは、誰?」

 リオンの問いに、反応はなかった。リオンは口から手をゆっくり離すと

「こんな感じです」

 とだけ言って苦笑い。

 セリードはこの現象は二度目だが、目の前でリオンの口から別人の声が聞こえるというのは不気味で気持ちいいものではないなと、きっと何度遭遇しても慣れないだろうと、苦笑いで返すしかなかった。

「……これは、困るな」

「ですよねぇ。私の中に聖獣が出入りすることを知るのは今ここにセリード様とフィオラしかいないので……聞かれたら騒ぎになるかな、と。私がどうにか出来るものではないみたいなので他の人とは距離を置くしかなくて」

 彼女の困惑が滲む笑顔を察して、セリードはジルに簡単にだが説明した事を話し、彼なら周りに話したりせず今は広まることもないだろうと説明するとリオンは少しだけほっとしたようだった。自分のことを理解してくれる人とはリオンにとっては何よりも心強い存在なのだろう。

「出てきたりしないのかな?」

「あ、それはないと思います。中にいるからかな? ちょっとだけ分かります。《彼》は周りを観察しているみたいで何かしようとする気配はないんです」

「観察、か。その目的はなんだろう。それにあの男って誰のことだ? その周りに気を付けろっていうのが気になるところなんだけど」

『聞きたいか? 話してやってもいいぞ』





 鬱蒼と茂る木々。立ち寄った市の外れ、フルーツがたわわに実る果樹園や田畑が広がる先まで気分転換と偽り馬を走らせた。二人は馬を果樹園と森を遮る境界線になっている柵に手綱をかけ馬を休ませると、奥に進んでいく。人の気配のない、鳥のさえずり、風で擦れる葉の音が支配するだけの空間を探して。

「ここなら、いいだろう」

 そういって振り向いてリオンに視線を合わせた瞬間、それが始まった。

 そして、これは今後、何度見ても感動してしまうのだろうとぼんやり思いながらセリードは立ち尽くす。


 リオンの足元から湯気のようにキラキラ輝く金色の光の粒が沸き上がり、揺らめきながら上昇してゆく。聖獣ルシアの出現時とは違う理由は全くわからないが、なんとなく、これが本来の事なのかもしれないと漠然とした感覚が脳裏をよぎった。光の粒はある程度上昇すると滝のようにリオンの前、セリードとリオンの丁度中間の位置に次々降り注ぎながら集まり、大きな光の塊へと変化してゆく。周囲はその目映(まばゆ)い光に呼応するように木々が風とは違う何かに揺さぶられさざめく。


「あなたは、だれ?」

 リオンは静かに問いかけた。光の中に次第に何かの形が現れる。光が徐々に弱まりはっきりとしてくるにつれ、リオンの足元からもいつの間にか光は出な発現しなくなっていた。薄暗い森を照らした光が消えたとき《それ》はリオンの前にいた。

『名はない』

 リオンとセリードは衝撃で言葉が見つからず、ただ沈黙した。聖獣には存在しないと思っていた《色》をした姿がそこにはあった。

 漆黒の身体。

 黒いとは、魔物を連想させる色で人間にとって黒い獣は少なからず恐怖を呼び起こす。

 けれど、なにかが全く違っていることもその衝撃的な姿が教えてくれた。

『私はこの世界に初めて来た』

「初めて……」

 こちらの世界の生物に例えるなら犬に近いだろう。ただ、その大きさはセリードの肩に並ぶ高さに頭があり、それだけでこの世界からはみ出している存在なのだと伺わせる。顔立ちも二人が知る犬には見かけないものだ。人間ならイケメンの部類になるだろうな、なんてリオンが後日思ったりする。

 真っ黒であるにも関わらず、自然に射し込む太陽の光が反射を起こし美しい七色の光が、虹がその体毛から発生して空気に溶け込むように消えるるという幻想的な光景を作り出す。瞳は紺碧で金色の筋が流れ星のように走り夜空がそこにあるように錯覚させる。牙と爪は自ら発光していて上質なオパールのように艶やかに上品に輝いている。

『聖域の扉として目覚めたお前はまだ不安定。知識不足も当然のことだが《負のもの》を完全に避けられるまでにはまだ時間がかかる』

 黒い宝石。

 例えるならそれが一番だろうとセリードが心の中で呟いた。

『《選定》は私の力だ。その為に私がこうして来た』

 その聖獣は、二人の驚きをよそに淡々と放しはじめた。


「選定とは?」

 リオンが《それ》をじっと見つめたまま動かないのを見て、セリードが問いかけたが、《それ》はなぜかその質問には答えずセリードをじっと見つめる。

『……ほう、確かにお前はこうしてみると。なるほど』

「え?」

『生まれついて持ったものか、どこで拾ったものか。変わった運命を持っている。ルシアの言葉通りだな』

「オレが? 変わった運命をって、一体」

『そのうち知ることになる、焦ることはないだろう』

 セリードはもちろんリオンも少し気になるその言葉ではあったが聖獣は自ら間を置くこともなくやはり勝手に話を進める。

『リオンは聖域の扉と呼ばれ、我々の世界とこの世界を繋ぐ不安定な場所である『空間の狭間(はざま)』を支えられる稀有な存在で、本来ならば《負のもの》は寄せ付けない特別で強力な力を持っている』

「ねえ」

 リオンがたまらず遮った。

「聖域の扉って、そもそもどうしてそう呼ばれるの?」

『そのままだ』

「は?」

『聖域の扉は、我々がこの世界に出入りするに必要な狭間にある穴のことを言うが、それがお前の中にあるからだ』

 リオンはもちろん、セリードもぽかん、とした。そんなことをお構いなしに聖獣が喋り出す。

『空間の間と呼ばれるこの世界と別世界を繋げる穴、それがお前の中にある』

「‥‥」

『ま、その話はまた詳しく他にでも聞け。私は面倒だ』


 なんだか訳がわからないまま、勝手に話を切り替えられ、二人はやっぱりぽかんとしている。

『お前のこととその空間の穴をまとめて聖域の扉と我々は呼んでいる。別でもいいのだろうが、特に我々はそれで困らぬからな、ずっとまとめて呼んでいるのだ。で、その聖域の扉だが、今まで閉じてしまっていた。色々とあったがここに来てやっと久方ぶりに開いたのだ。開いたはいいが‥‥この世界の《負のもの》、つまり欲望や怨恨、憎悪といった負の感情はお前の中にある聖域の扉を傷つけてしまう』

「えっと、ちょっとまってね? ……傷つける? ……それって、良くないことよね?どう考えても」

 リオンはようやく我に返ったようで、聖獣から語られる言葉に反応を示した。

『お前の周りにいる者たちの、お前に向けられる負の感情は我々にも影響する。我々は穴、つまり扉に悪影響を与えるそれを【穢れ】と呼ぶ。穢れは扉を腐食させ、(もろ)くし、崩壊させる。一度そうなれば、元に戻すには長い時間を必要とする。そして、穢れは我々の肉体にも直接影響しこの世界で必要とする器すら変化させてしまう。その器に負った穢れも扉に影響するため聖域に戻ることが出来ず、眠りにつくことも、癒すことも出来ず(まと)ってしまった穢れだけを増殖させこの世界に穢れを撒き散らす。厄介なものでな、穢れとは。憎悪の塊だから手負いの獣より(たち)が悪い。』


 突然始まった、聖獣による聖域の扉と魔物と、そして聖獣についての講義に、二人は息を飲み、困惑することになる。


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