二章 * 仲良くできませんかね? 3
三人の会話は続く。
その内容は少し過去に遡るものだ。
「あれがなければまだ歩みよりの余地はあったと思うんですけどね」
しみじみと言ったフィオラに同意するようにジルか頷いた。
「あれがなくてもあの二人は合わない。初めから意見が合わないんだ」
「今考えると、あれ、よく死人が出なかったなって感心する。マクシス団長とイオタが止めに入ったの偉いなぁと」
ちょっと笑っているセリードをジルがわざと冷やかな目付きで睨んだ。
「セリード、お前は見てただけだよな」
「あんなことで怪我なんてしたくないし。オレからしてみれば、くだらなくてね」
三年前の、騎士団総会。
毎年春と秋、決まった日に遠征などで王都にいない隊を除き全ての騎士団が集まり集会が行われる。
半年の騎士団の主な活動予定の確認と、その日迄に騎士団で退団や移動、新規入団のあったメンバーの通達と紹介が主な目的だ。
その総会自体は淡々と行われるもので、特にそこには面倒も楽しみも感じない当然の義務的な感覚しかない。しかし、その総会の後に急ぎの任務がなければ大半の騎士団はそこに残って久しぶりにあう仲間と会話をしたり、互いの経験や知識で意見交換や情報収集を行う場にもなるので、団長や副長たちは重要視している場合が多い。
特に大規模な戦闘が起こりやすい、複数の国のいがみ合いが続くクマーズ自治区という特殊な土地の情報や、いま問題になりつつある、魔物の急増している地域での討伐についての情報は皆が欲しがる。
そこでいつも弊害になるのが派閥だ。接点の多い隊同士での情報共有は当然だが、対立していたり、接点が少なかったりすると、虚偽の情報を流すことは決してないが、その代わりに重要な情報であってもあえてその場で開示せずにわざわざ議会に提出して情報が行き渡るまで時間をかけたり、酷ければ情報を一切流さないということが起こる。本来ならば一丸となって情報を共有し、国のためになるように努めるべきであるはずの騎士団であってもやはり人の子というものか、感情抜きと言うわけにはいかないのが現実である。
ここ数年、議会は議員の派閥争いで荒れており議会での決議で遠征の規模や内容に偏りを受けることもある騎士団はかなりその影響を受けており、その理不尽さが騎士団そのものでの派閥争いを増長させる要因になっている。
ジェスターが議員権を保有しながらも議会にほとんど出席せず、その影響力を与えていないことや、同じ権力を有するメルティオス公爵もあまり議員としての活動をしていないことが今の議会の乱れになっているとも言われているが、そもそも権力者二人が沈黙したからとそれを利用して権力を我が物にしようとする議員や目先の利権に左右される議員が多いことが問題なのに、その事を見てみぬふりをしている議会全体の悪しき構図は今のティルバの現状なのである。
そんな中ではセリードは特別だ。桁外れの領地と資産を保有する公爵家と、同等のもう一つの公爵家の協力を有し、独自の情報網を活用し常に最新の情報を国中どころかその交遊関係さえも利用して大陸中から集める。彼には派閥などの力が必要ないのはそこである。
だからこそ、一部の議員や騎士団は密かにセリードが頭角を現すことである程度の今の議会の停滞がこれ以上進まない抑止力になると期待しているが、本人とその一族がそれを無視しているし、どう思っているのかを親しい人以外には決して話す男ではないので、やきもきして彼の動向を見ている人は結構いるのである。
「バノンもあれは悪い」
セリードの顔が急に冷やかになる。
「あれだけの人数なら派閥があるのは当然のこと、それを頭ごなしにいつも否定してきた。あの時も自分が経験した魔物討伐の話を誰彼構わず話していて役にたてばいいと善人気取りというかな、そんな感じで。アクレスが演説でもしたら良いのではってちょっと皮肉る位にペラペラと」
「一方マリオ団長は、ヒソヒソ話。自分の周りをかためて団員にも箝口令を出してせっかくの意見交換すらさせず」
ジルも難しい顔をした。バノンとマリオの関係に少なからず頭を過った悩ませているからだろう。
「で、それに食って掛かったんですよね、バノン団長が」
「「そう」」
セリードとジルは頷く。
「マリオ団長も悪いんだ、三十九世世代の先輩騎士の質問も無視して」
セリードはため息。
「無視すべきじゃなかった、あれで実は あの世代からマリオ団長は避けられることになった。ジェスター公爵が引退してからはマリオ団長が事実上ナンバーワンの座についたから、上の世代は面白く思ってなかっただろう」
「え? そうなんですか?」
「ああ。あの人の実績は隣国ハレイアとの国境線問題の解決に一区切りつけさせたことからもわかるが相当のやり手で、厄介ごとへの騎士団の出動は真っ先にあの人の隊があげられるからな。それと、今考えれば、あの頃からもしかするとブラインとのつながりはあったのかもしれない。寄付金の授受自体はその後になってからだが、調和を乱す言動が目立てば支援を受けるのにも支障が出るという周囲の助言も鼻で笑い飛ばして。あの態度は上世代を完全に怒らせた。上皇から権限が陛下に移っていたから、あとで陛下が上の世代の騎士団をなだめるのにずいぶん苦労したらしい」
「……あの鼻笑いで一瞬で緊張が走って。そこであのでしゃばり、その態度は何だって始まって。言ってることは正しいんだが正義感が強すぎて、秘密主義なのはやましいことがあるんだろうとか言い出して、それこそ演説だ、そこらじゅうに同意を求めるような語り口調まで入れて」
「バノン団長が?イメージないですけどね」
ちょっと面白おかしく言ったフィオラにセリードも笑って返す。
「熱い男だから、火がつくとな。おかげでマリオ団長は恥さらしになった気分だったろう、無視は無視で貫けば良かったのに売り言葉に買い言葉だな、あれは。実力もないヒヨっ子の言うことは誰も聞かないと返して」
「で、そのあとはみんなの知ってる通りだ。」
―――お前の父親あの時生き残れなかったな? 詳細は不明だが、生き残ったメンバーを見る限り、お前の父親は生き残れない、その程度の男ということだ。そしてこういう場で騒ぎ立てるお前も空気を読めない、ただ能力持ちということにあぐらをかいて自惚れている、その程度の男ということだ―――
マリオの言葉にカッとなったバノンと、そんな彼がすぐさま手を出してくる動きを察したマリオ。互いに胸ぐらを掴み、止めようとする副長や団員たちを払いのけ、マリオが先制で殴りかかるともちろんバノンも仕返し。
ほぼ同じに、剣を抜いてしまった。
退くに退けない男のプライドで、団長同士が剣を向けてしまった。その場は騒然となり本気の剣のぶつかり合いが始まって、どちらかが倒れるまで見守ることになってしまいそうだった所を他の団長数名がそれを止めに入り事なきを得たが、それ以降バノンとマリオには埋められそうにない溝ができたのだ。
数ヶ月の減俸と騎士団団長の権限の一部期限つきの制限というそれなりのお咎めを受け、国王から諌められても二人の関係は以降改善することはなかった。
「マリオ団長がどう思っているかはわからないが、あれ以降バノンはマリオ団長を毛嫌いしてるし、マリオ団長もまともに顔すら合わせない。おまけに、ブラインとの接点がちらつくようになると輪をかけて嫌うように」
「やっかいですよねぇ。そのマリオ団長がリオンと接点が出来た上に、副長のティナさんは相当リオンのことを、気に入ってますよ」
「……バノンは警戒するよもちろん。大袈裟な位にね。マリオ団長も、あの様子では……バノンを邪魔に思うだろう。それぞれの団員たちも常に一触即発だ、だから迷ってる」
「何にだ?」
「……リオンと聖獣が接触した」
セリードの一言に一瞬ジルは硬直するように固まってしまう。
「何だと?」
「オレたちの想像を越える。リオンと聖獣の繋がりはあまりにも強くて、世界が違う。ああいうものこそ、特別というに相応しい」
ジルが戸惑う顔をセリードは真っ直ぐ見つめる。
「その事を言うべきかどうか、迷っている。いずれ、皆知ることになるにしても、バノンとマリオ団長が同じタイミングで知ったとき、あのふたりにビスでの行動がどう影響するのか……。ガイア様とリュウシャ様にはオレに一存するなんてことを言われたが、どうにもタイミングがな」
セリードとフィオラは、途中の村で起きた事をジルに話す。聖獣はリオンの中を出入り出来ることや彼女の言葉になら、どんな状態でも耳を傾ける可能性があることなどを。
リオンが人知を越えた《何か》を抱えているのは間違いないことを。
「信じられない、そんなことが……」
「びっくりですよ、今でも信じられない光景で。……うまく説明できないんですけど、とにかく特別なんですやっぱりリオンは。……心配ですよ、ホントに」
「さて、どうするかな……」
無表情で、何を考えているのか。
セリードはただじっと自分の中の手を見つめた。
団長たちにも色々厄介な人間関係があるようで大変そうですね。




