二章 * 仲良くできませんかね? 1
なかなか目的地に着きません。
もう少しこんな感じにお付き合いください。
知らないからこそ出来たことであって、もし知っていたならリオンも遠慮したかもしれない。
「ジルさーん!バノンさーーーん!!」
「やあ、無事でなにより」
「うおーい、リオーン!」
ジルは至って落ち着いていて、元気よく手を振って迎えてくれたリオンに応えるために軽く手を上げて先日の葡萄果汁による攻撃ぶりの再会に答えた。
「いえーい」
反してバノンは悪ふざけ丸出しで、足を前後に大きく開き、膝を少し屈めて手を顔の高さ辺りで前に突き出してハイタッチを求める体勢と雰囲気を作った。バノンの人懐っこい明るい性格は初めて会ったときにすでに知っていたし、ここ最近はこうしてふざけて誰かと接することもなかったせいか、リオンを自然な流れでその雰囲気に引き込む効果を生んでいた。明るい雰囲気はいいなと、彼女は純粋に思ったのだ。
「いえーい」
わざとらしい、やる気満々のジャンプで前へ飛びながら、リオンが手を出しハイタッチをした。親しい親しくないは関係なく、リオンとバノンはこの明るく軽いノリを楽しめる性格なのだ、お互いその性格を初対面から察していたのかもしれない。だから違和感なく互いに実に楽しそうな顔をした。
その一連の二人のやり取りを見てセリードはプッと吹き出して笑ったし、フィオラも『あのノリに合わせるんだから優しいわよリオンは』と笑った時に起こったこと。
「え、なに? 仲良いの?」
マリオの隊の誰かが驚いて声を出していた。マリオとティナを除いた団員の間に動揺のようなざわめきが起きたのだ。
マリオは我関せずといった様子でただ眺めている。もしかすると何かしらの感情は持っているかもしれないが、それを上手く隠しているのかもしれない。
ティナについても『あら、仲いいのね』と呟いただけで、感情は読み取れない。この二人についてはセリードとジルとバノンの関係性から何となくリオンとも面識があるくらいは想定していたのかもしれない。
一瞬リオンがそれに気づいて少し離れた場所からこちらを見ている彼らに目を向けたものの、バノンは気にする様子もなくリオンの頭の上にドンと構えるきっちり纏めた髪をもみくちゃにするように撫で、すぐにリオンは笑いだしてその手から逃げるような、けれど遊んでいるように体をよじらせた。
「やめてくださいよぉ」
「元気そうじゃん? 騎士団団長様に葡萄果汁攻撃するだけあるぜ」
「そりゃ元気です、サポートが最高にいいですもん、あの時はその団長様たちが悪いですよ、あそこは騒いで良い場所じゃありませーん」
「確かにな!!」
静かなざわめきが収まらない。
そのざわめきはバノンの隊員達からも起こっている。ただ、マリオの隊とは意味が違うようで団長が本当にリオンと面識があったんだな、と確認出来た驚きのようにも感じられる。
セリードとフィオラが目配せをした。二人もまさかバノンがここまでの反応とは思っていなかったらしい。
マリオの隊の団員にはリオンとバノンに不躾なほどジロジロと観察するような目を向けてヒソヒソと耳元で話始めるメンバーも出てきた。バノンの隊の団員は、気にしていないのか、それともわざとなのか、ふざける団長と一緒になっていた。笑って親密な雰囲気を盛り立てているようだ。
「バノン、まずは一通り慣例の挨拶くらいしてくれないか」
「おう、わかってるよ」
セリードは穏やかに笑って言ったけれど、声の質がいつもと違った気がして、やっぱりリオンはマリオたちへ目を向ける。その時初めて彼らの顔が、雰囲気が、敵意のようなものを含んでいることに気がついて、一瞬でリオンの顔から笑顔が消え去った。視線はバノン隊へ向けられている。
(え、なに?)
疑問が生じる視線。
不審に思って周囲を見渡すと、ジルがセリードの言葉に自然に動き出すようにマリオのところへ向かい、胸に片手を当てて軽く一礼するとジルの団員たちも合わせて一礼した。
「四十一世世代第一騎士団、ジル隊到着しました。これより合流し、合同遠征に入ります」
ジルの挨拶が終わると、マリオが同じように胸に手を当て一礼した。もちろん、団員も同じように。
「四十世世代第二騎士団、マリオ隊はジル隊の到着確認しました。同じく合同遠征に入ります」
するとマリオは手を差し出してそれをジルが握り、握手を交わす。
「お疲れさん」
「マリオ団長もお疲れ様です」
「ずいぶん急いだんじゃないのか?」
「負担にならない程度には。ガイア様とリュウシャ様が好き勝手暴れるところが見られなくて残念でしたが」
マリオとジル。二人は他人行儀さは感じてもそれなりに会話や接点を感じさせる雰囲気がひと目でわかった。
だが、このあとバノンとマリオのやり取りはリオンの疑問を更に強くさせたのだ。まったく同じ礼と慣例らしい義務的な挨拶。お互いがそこまで終わったあとだった。
にこりともせず、握手どころか互いにすぐに目を反らして関わりを持つのを拒絶するように、社交辞令の挨拶さえ交わさないで背を向けて歩きそのまま離れて行く。
マリオとバノン。
(なにか、あるのかな‥‥)
リオンがその雰囲気の悪さに気を取られそうになったが、それをジルが察したのか遮った。
「リオン、ジェスター公爵からお届け物」
「ジルさん、セリード様じゃなく私?」
「そう。ほら」
「はぅあ!!!」
リオンが目を輝かせ両手を頬にあてがって、奇声のような興奮した声をあげる。ジルが持っていた小さな箱の蓋が開けられると、中にはサイコロ状の、隙間なく詰められた黒っぽい物体。
「チョコレートぉぉぉ!! うわぁ!! うはぁぁぁ!!」
「ああ、リオン好きだしね。うちの父に会ったのか」
「呼び出されてな。その事で後で話せないか?個人的な話だ、夜でいい」
「‥‥いいよ、いつでも」
「あと、バノンのこともだ」
「わかった」
「今後に影響が出ると思う。フィオラにも聞いて貰うのがいいだろう」
「影響か‥‥あんまり聞きたくない気もするんだけどね。この状況では」
「マリオ団長のリオンとの接触は? 上手くいったのか?」
「上手くいきすぎて、それこそ今後影響が心配だけどね。オレもその件で話がある」
ふと、男二人が会話を止めた。リオンがそばにいるのにこんな会話をしていいのかと頭を過ったので、一言も言葉を発しない事が気になってチラリとほぼ同時に彼女に視線を送って、固まって目が点になる。
リオンも固まっている。さっき頬に手をあてがったまま。彼女の視線は一点集中。非常にキラキラした目をしている。いや、ギラギラしているようにも見える。
面白おかしくセリードは笑う。
「お茶にしようか、リオン。もうすぐ夕飯だけど食べよう」
彼女は無言で何度も激しく頷くだけだ。チョコレートが食べたくて仕方ないらしい。
「お前は食うなよ」
「え、なんで?」
「公爵からリオン専用ってきつく言われた。お前が食べ始めると全部一人で平らげるから絶対食わすなと」
箱を閉じるとジルはリオンの目の前に差し出す。リオンは両手をだして、それを受け取ったとたんに、悶絶するように体をよじらせデレッデレの蕩けるような顔をする。
「チョコレートぉ。くぅあぁぁぁぁっ」
セリードだけでなく、ついジルまで声を出して笑う。
「なんだお前、その声は」
「だってジルさーん、公爵家特製のチョコレート、死ぬほど美味しいんですよぉー」
「お前の家はチョコレートまでオリジナルがあるのか」
「父の好物だからね。おいしいよ」
「早くお茶にしましょう。そんな会話私にはいらないです」
急にキリッと凛々しい顔で言い放つリオンをやっぱりふたりは笑う。
(さて、どうするのかしら)
フィオラは静かにこの状況を観察している。
バノンとその団員たちはその場で今日の予定の確認をし始めた。マリオたちは団員の数名がリオンとジルのやり取りを気にしつつ、それでもそそくさと泊まっている宿に引き返して行った。リオンの周辺は賑やかに楽しげな声。
(嫌ねぇ、この雰囲気)
そしてリオンも僅かだが、悟られないように周囲を観察することにした。
(さっきのジルさん、チョコレートをわざとあのタイミングで出したよね‥‥)
マリオとバノンの不穏な空気に触れさせないようにするため意識を反らされたように感じている。
それは一体何故なのか。
(そういえば……)
リオンはセリードの兄であり次期公爵であるサイラスから徹底して騎士団と貴族社会について教え込まれている。
騎士団や貴族社会には独自のルールはもちろん暗黙の了解や慣例といった白黒はっきりしないことが多い反面、階級や序列といった縦社会を象徴するようなことは明確にされていて一歩間違うとその後処理が大変な場合が多いからだ。
ビスの遠征が終わり王都に戻れば再びその教育は再開される。たかが数ヶ月では全てを把握し上手く世渡り出来る世界ではないからだ。
リオン自らその世界を知ることで余計なトラブルに巻き込まれたり起こしたりしない自己防衛能力を付けさせるためにサイラスから提案され、それをリオンが快諾して始まった教育だが、その中で濁されたことがある。
騎士団団長の人間関係だ。
貴族についてはそれこそかなり詳しく聞かされたのに、騎士団団長については
「俺の情報ではリオンに偏見を植え付ける可能性があるからね。接点が今後増えていくだろう、だからその目で見て、気づいたことがあれば相談してくれ」
と。
その理由が今何となく分かったのである。
マリオへの感情。
セリードは警戒している様子が見受けられる。
ジルは、正直よくわからない。
そしてバノンとは明らかに確執がある。
(これは、確かに聞いてたら片寄ってたかも)




