二章 * 話し合い 4
リュウシャとガイアがリオンたちより一足先に宿を出て、別の旅路へと向かう数時間前。
「用意できそうですよ、昼過ぎまでには持ってこれそうだと」
「悪いな、雑用をお願いしてしまって」
「お安いご用です」
荷造りがほとんど終わり、王都よりも少し北にある広大なポーラ樹海に入るための分厚いマントが届くのを待つだけのガイアとリュウシャ。マリオたちは焦ることもなく、バノンとジルの隊が追い付くのを待つように明日ここを出る決定を下し、今はあと数日南下するにあたって夜営になっな場合の必要なものを揃え、準備に余念がない。リオンとフィオラは放っておくと無茶をしてしまいそうなティナの監視兼話し相手をしながらマリオたちの手伝いもしている。
「後はたのんだ、セリード」
「かしこまりました」
「昨日今日のことで、マリオもだいぶ心に変化はあっただろうが、それでも元はブラインに近い。ティナが緩和の役目にはなると思うが‥‥バノンと衝突させるなよ」
「承知しています」
そう。根本的な解決など決してあり得ないとセリードは思っている。
マリオが今リオンに近いのは彼をそそのかす、利用しようとする権力が働いていないだけかもしれないのだ。王宮に入ったとたんどう転ぶかなんて、きっと政治の裏に詳しくその裏で暗躍さえしている父ジェスターでさえ予測は出来ないと彼は知っている。
バノンとの、衝突。それはやはり彼の父の死の真相が絡んでくるのだ。
バノンは真相を知り、一瞬で魔物と聖獣について強い関心をもつようになったことを彼らは今知る術はないし、知ったとも思っていない。
けれどそれでもマリオとバノンが世代を越えて対立する理由がある。
「いずれ、バノンも父親の死の真相を知るときが来るでしょう。そうすれば、バノンがリオンにより近い、リオンの力になって行くことは避けられません。だからこそ、オレは彼を今回の遠征に選んだつもりです」
「いい選択だったよ」
「ただ‥‥ガイア様の懸念はオレでも拭うことは不可能です。三年前、あんな対立さえしていなければ、こんな心配をしなくて済んでいたはずですが。先行隊にマリオ団長が出て来たことで、思いの外早くリオンが我々とは別の思惑で動いているものたちとの接触が増えていくと思います。‥‥出来るなら、もう少しリオンが安心して動ける環境を整えてからそうさせてあげたかったのですが‥‥。マリオ団長がリオンを信頼し意見を受け入れる態勢がこんなにも早いとは予想外で、それが今後どう転ぶのか検討もつきません。それをバノンが見たらどう受け止めるのかも」
「ふむ。‥‥まだマリオとバノンはダメか」
「お互い、事務的な会話をしますが、それ以外は一切。不穏な空気はリオンが見てもすぐに気づくでしょう。なるべく気を遣わせないように注意を払うつもりではいますが、あの二人が互いに譲歩して和解しなければ意味はありません」
「影響が出ないようにしてくれ。上皇はもちろんだが、我々もリオンが権力抗争に巻き込まれるのは断じて認められない。そんなことに巻き込んでいる暇はない、この国の危機は目の前まで迫っている。‥‥次対立すれば和解はほぼ不可能になる可能性もある、その状態で王宮に戻れば、誰がリオンの近くにいるか‥‥それを巡った対立が目に見えて始まるだろう。なるべく水面下に押さえたい。表面化したら終わりだ、リオンの名前だけが、一人歩きをして何もかもが権力抗争につながり混乱する。国政まで混乱し停滞することも覚悟しなければ」
「はい」
「頼むよ、セリード」
今まで黙っていたリュウシャが口を開いた。
「いざとなったら、どちらかを‥‥潰すことになる。その判断は君に任せよう、責任のことは考えなくていい。まぁ、君の価値観や考えからするとマリオが対象になるんだろうが君なら簡単なことだろう」
「簡単かどうかまだそのような命令を実行したことがありませんのでわかりかねますが‥‥。ご希望に添える判断と結果を残す努力はしますのでご安心ください、なるべく余計な血は流さない努力も怠りませんので」
「ジェスターを越える君なら簡単だろう」
「……」
意味深な、そんな素振りを見せながらリュウシャが言ったもののセリードは表情に変化を現すことはない。
「剣技術大会に出ないのはそれが関係してるのかな? ジェスターは息子がそういうことに興味がないと言って、しかも『家の七光りのアルファロス』と息子が影で言われていることすら放っておく。寛容なだけなのか、君もあの男も騎士として名を馳せるのを避けるための言動なのか、はっきりしないのは気になるところだ」
そしてセリードはにっこり微笑んだ。
「出来損ないなりに、やれているつもりですが? 家の七光りと言われるのは残念ながら我が家に生まれたら避けられないと教育も受けてますから気にしたこともありませんね。それと後継者ではありませんから、父も厳しく言いませんし名前を世に広めるために騎士団団長になったわけではありませんよ」
「この話もいつかはっきりさせたいものだね。セリード?」
「そういうことには、ならないと思いますので残念です」
「‥‥まあ、いい」
リュウシャはさらに深い笑みを浮かべた。
「君には期待しているんだ、今回の件を除いてもね。これからどう成長していくのか楽しみにしている。さて、先に昼食を済ませて来ようかな、一緒に来るかい?」
「遠慮します、オレ一人別行動ばかりしていられません、マリオ団長の補佐をしてきます」
二人と別れ、一人セリードは歩きながら呟いた。
「まったく‥‥上皇の側近ともなると厄介で下手なことも言えないな」
そして、誰にも気づかれないような微かな微笑みを浮かべた。
「敵ではないことは、ありがたい。‥‥あなた方の思惑に、どれくらい乗ってあげられるかはわかりませんけどね」
「どう思う?」
ガイアはリュウシャに神妙な面持ちで問いかける。
「セリードとマリオは共闘出来ると思うか?」
「出来る」
リュウシャがきっぱりと言い切った。
「あの二人は進む方向が同じだ。やり方は多少違えどそんなものは彼らが一番よくわかっているだろうから、互いに折り合いをつけて上手くやれるはずだ。……このあと合流するジルはもちろん、バノンも緩衝役さえいてくれれば案外問題は起こらない気はしている。今回リオンが中心にいる。彼女のことを考慮すればバノンもマリオもそう簡単には衝突しないだろう、だからビスへの遠征は、いい結果をもたらす予感がする」
「なるほど、そうか」
「お前こそどう思うんだ?」
「私も、マリオの様子を見て、そう心配はしていない。あれはあれなりに考えがあっての動きをしているようだし、ティナの妊娠でなお慎重になるだろう。いい傾向だと思う。……ただ、帰還後がどうも不安だ」
「ああ、それは同感だな」
リュウシャはため息をついた。
「マリオとセリードが二ヶ月以上、王宮を離れることでどんな影響があるのか。ブラインと王子だけではない、他にも動きを見せているからな。それが数ヶ月でどうなるか」
「今さらで申し訳ないが……《マクシス》と《レオ》の周りには諜報員を出すよう王宮を出る前に上皇にお願いしてある」
ガイアの発言にリュウシャは目を丸くして驚き、ガイアが苦笑する。
「それはまた、随分遅い告白だ。……で? あの二人、何を?」
「これといって目的はないような動きだ。だが最近はやけに議員の一部や魔導院の一部に接触しているらしい。まだ、動きらしい動きはないが……マクシスは昔から議員や貴族を毛嫌いしてきた。なのにここに来てその毛嫌いしてきた相手と。何かあるのは確かだ」
「そうなのか? ……よりにもよって、マクシスか。あいつは《ハンス》と合わないだろう? ハンスはウリエーム伯爵家本筋の人間だ、あそこの家はなかなかの発言力を待ってるし、無視できない議員や有力者も多いだろう、それなのに、マクシスは議員と? 当然ハンスの息のかかっていない議員と貴族だろうなぁ。面倒なことが起こらなければいいが……」
「上皇もそれについてはキナ臭いと思われたようだ。それで諜報員を出すことを快諾してくれたんだが、マクシスも自分の動きは必ず捉える者がいることも考慮して慎重に動くだろう、王宮に戻ったときに少しでも情報が上がってくれていればいいが、期待は薄い。……王宮は荒れる、必ず。しかも複雑に」
「困ったものだ。今のこの国で、コソコソする暇があるとは」
リュウシャは再びため息をついた。
お互い探り探りなのがちょっとこわいですよねぇ。しかも、何となく牽制しあってるところも面倒な。自分で書いてるくせにそう思わずにはいられない厄介な奴らばかりです。主人公を中心に纏まって欲しいものです。




