二章 * 話し合い 3
マリオがリオンの意見に従う。
年齢はもちろん、実績も経験も上の彼の騎士団のメンバーにしてみたら抵抗があって当然だろう。それでもティナが
「話を聞きましょう。私とマリオですら判断出来ないことに、彼女なら答えを導いてくれるから。私も、魔導師として彼女の話に耳を傾ける必要があると思うのよ」
と、彼らの抵抗が和らぐ言葉を言ってくれたので早朝からの話し合いは驚くほどスムーズに進むことになった。
リオンを中心に、セリードは父から聞いた過去の話、ガイアとリュウシャは上皇から教えられた話、そして時折フィオラがミオからの助言を挟みながら時間が過ぎていった。話し合いというよりは途中からはほとんどリオンの話が一方的に進んでいく。マリオもティナも知らなかった、考え付かなかったことばかりがリオンの口から語られて、いつしか二人はただ質問するだけになっていた。
「ミオ様は、解決は簡単ではなく長い道のりになるとおっしゃいました」
フィオラはゆっくりと、ミオの代弁者として聖女が見た僅かな未来と、思いと、そして願いを語る。
「性別も年齢も立場も越えて、一人一人自分で考えて行動することを願っています。必ず壁にぶち当たることもあります、恐怖で動けなくなることもあります、だから今自分はどうするべきか所属や関係性などを抜きにして、どうやって危機を回避できるのか、事態が起こってもどうしたら被害を最小限に抑えられるか、なにより、大切な人をどうしたら守れるかを今すぐ考えて欲しいそうです」
聖女の言葉は、いつの時代も人々を導く。辛いときも悲しいときも、一筋の光をあたえる。けれど彼女たちはいつでも沢山のひとにそんな希望を与えられるわけではない。だからフィオラたちがいるのだ。聖女の言葉を聖女に代わり人々へ伝えて行く。少しでも多くの人々に安息を与える。
―――――時代が動きます。
混沌の時代へ動くのです。
誰にも止められません。
沢山の人が傷ついて命を落とす時代がはじまるのです。悲しみと憎しみが広がり、長くこの大陸を支配してしまうでしょう。
けれどそれは終焉ではありません、耐えることを強いられるますがその先に必ず安息が待っています。
私たちは今学ばねばなりません。
悲しみと憎しみを少しでも減らすこと、癒すこと、そして耐える術を学ぶのです。
見逃してしまう些細なことにも目を向けてください。
聞き逃してしまう他愛もないことにも耳をかたむけてください。
輝かしい光ではありません。けれど優しく暖かな灯火が目を向けた者、耳を傾けた者を照らしてくれるでしょう。
どうか、一人一人が流されず囚われず、己の意思で、判断で、進むことを望みます―――――
「‥‥それが、ミオ様の、聖女のお言葉です。私はただ伝えるだけですが、私のこの言葉を真摯に受け止めてくれる人に聖女の加護があるものと信じています」
のちにフィオラはたくさんの人々にミオの言葉をまた別の立場で伝えることになる。
「すごい、いつから言おうと思ってたの?いいタイミングだったよね?」
リオンのちょっと茶化す言い方にフィオラは気の抜けた、なんともだらしない顔をしたままぐったりしている。
「もうね、リオンの話なんて聞いてなかったからね。いつ言おうか胃がキリキリしてたわよ。タイミング間違ったら全然効果ないかもしれないと思うと吐きそうだった‥‥」
「お前はこれから聖女に代わり代弁者として言葉を伝えることも増えていくぞ? 頑張らないとな、聖女の評判はお前次第だ。」
ふふん、とわざとらしく鼻で笑ったリュウシャの隣でガイアがやっぱり、わざとらしくニヤリとしてフィオラの肩を叩く。
「まあ、頑張るんだな。未来の魔導院最高議長候補様」
魂が抜けた顔の、フィオラは無言。そこへセリードがやって来てリオンは彼が手にしているものを見て首をかしげた。
「お待たせしました、こちらをお持ちください」
それはこれから行くさらに南には不釣り合いな分厚いマント二枚を畳んだものだった。
「悪いね、用意させてしまって」
「我が家の領地ならもっと良いものが調達出来たと思うんですが、ここは流石に寒冷地対策のものは少なくて。ただここの守護隊隊長が父の古い知人ですので調達に協力してもらえましたから。十分使えるものですよ」
「公爵様々だね、ここの隊長と父上にはゴジツ改めてお礼をさせてもらうよ」
そのやり取りを見てリオンはガイアとリュウシャに顔を向けた。それに気がついてガイアはリオンに近づいて彼女の頭に優しく手を乗せた。
「マリオたちが君の言葉に耳を傾けた傾けた。方向性も上皇の望む、君の邪魔にならないよう君の進む道を塞がぬようになりそうだ。マリオたちがペースを落としたおかげで、バノンとジルも明日には隊を引き連れ追い付くだろう。ひとまず、我々の役目はこれで終わりだ」
「もう、戻られてしまうんですね。寂しくなります」
「いや、少し遠回りの寄り道をリュウシャとすることにした」
「寄り道、ですか?」
「東側を回って国境沿いのポーラ樹海を見てこようと。あそこは聖獣の目撃情報がある。お前から預かったこの琥珀を渡せたらと思って」
「ガイア様‥‥」
「出会えるかわからないが‥‥この目で事実を知りたい。この老いぼれに聖獣がもしも心を許してくれるなら、互いに伝えられることがあるのなら教えたいし、知りたいと思う」
「‥‥お願いします。私の与えられている記憶は《過去の記憶》であって、彼らの今の思いではありません。彼らの思いを知ることは必ず私たちを導いてくれるはずです」
「ああ、そう思う」
「王都に雪が降る頃に、新年を迎える前には戻ると思う、そのときには君たちも戻って来ているだろう」
リュウシャが優しい微笑みをリオンに向けた。
「もしかすると、君が無事に帰ってくるのを誰よりも心待にしているのは、上皇かもしれない。君さえよければ、真っ直ぐ上皇のところへおいで。一緒にあの方に今の世界を教えて差し上げよう」
「はい、必ず」
三人は清々しい表情で一時の別れの迎えた。
「王都へ戻るんですか?」
マリオはガイアに探るような目をしながら問いかけた。ガイアはその視線を気にする様子もなく落ち着いていて、荷物を確認している。
「ポーラ樹海に寄ってみようと思ってな」
「そうですか……あまり奥には入らないようにお願いします、南ナムザムとは友好的な協定を結んで久しいですが、あちら側の領土である樹海には先住民が多数存在します。好戦的な部族もありますので」
「ああ、分かっている。広大な樹海だし冬目前だ、迷えば大変なことになるからな。樹海沿いの道からそう外れることはない予定だ、間違いなくティルバ領の樹海にしか踏み入れないさ」
荷を馬の蔵にくくりつけたガイアは振り向いた。
「お前はどうするんだ?」
「はい?」
「ジェスターが去ってからのお前はどうも自ら牙を抜いた獣にしか見えない」
「……」
「ブラインとの繋がりもなぜあの黒い噂が絶えない中で絶とうとしないのか。ブラインからの寄付金はかなりの額だが、お前の騎士団にそれを散財している様子はないし、他の優良な貴族との交流を持つわけでもないし。ブラインから得られるものはなんだ?」
「……」
「お前のことだ、ジェスターが去る時にでも何か言葉を交わしてそれが影響を与えているのだろうが、それにしても今のお前は全く読めない。わざわざ孤立を深める言動で、唯一親しかったダインとも数年前から距離を置き始めたな? 理由はなんだ?」
「……」
「私はな、お前に次の指南役を引き継いで貰いたいと思っている」
「身に余る立場です、他にも優れた人格者がいますのでそちらに引き継いでもらってください」
「それだよ、私が知りたいのは」
ガイアは真っ直ぐマリオンを見つめる。
「お前は、何をしようとしているんだ? 出世欲を見せなくなり、孤立を深め……まるで、団長という立場を利用して、何か目論んでいるようにしか見えない」
「そうですね、そうかもしれません」
マリオは視線をそらすことなく真っ直ぐガイアと向き合っている。
「目論んでいる、というのは間違いではありません。ブラインに寄付をさせ、あいつの名前でオレの隊が遠征で結果を残しあいつの立場が強固になっていく手助けになったのも否定しません、それによって俺が孤立しても権力の圧力を受けにくい状況もご存知でしょう。おかしいと思いませんか」
「何をだ?」
「今の王宮です」
「……」
「騎士団団長になったころ、今の王宮……議会はもう少し潤滑でしたね、何もかもが、何だかんだ言いつつ回ってました。でも、どうですか?今の議会。ジェスターや一部の有力者が沈黙した途端それを好機と捉えて政治も経済も片手間に自分の利益の為に動く議員の増えたこと。……つまらない、議会になったものです。馬鹿馬鹿しことこの上ない」
「そこに、お前の答があるのか?」
「さあ、わかりません。ですが、ブラインがそれなりの権力を持っているのは事実、あちらが俺を利用するように、俺が利用することもあります。そうしなければ、議会は回らない。ぐずぐずしていたら、この国は身動き取れなくなりますよ魔物被害のせいで」
「……お前の考えは、何となくだが理解できた。だがなマリオ」
「はい」
「お前のやり方はそろそろ限界だ。分かっているな?ブラインはこのままいけば、早ければ冬の間にその罪で自分の首を締めて自滅する、それにギリギリまで付き合っていれば、必ずお前にも影響するぞ」
「承知しています。引き際は見極める自信がありますので心配におよびません」
「そうか」
再びガイアは荷物を纏めるため、マリオに背を向けた。マリオはその後ろ姿をじっと見つめ、支度が終わるのを静かに待つだけだった。
ちょっと謎多き人です、マリオさんは。
そのうち彼が思っていることを書く予定です。




