二章 * 話し合い 1
今回は人間関係が少し分かる、かな?というお話にしたつもりです。
リオンの特殊な力はセリードの予測通りその一時間後には使えなくなった。
いつものことなので本人は普通だが、他の魔導師は理解できず首を傾げていた。
ビートから言われていたこと。
半日も持たず、ある瞬間魔力が消えて使えなくなるため、どんなに便利な能力でも期待するな、と。
そして魔法は基本的に治療などの特定の支援系魔法のみで、他はリオン独特の能力らしく、しかも彼女もなぜそんなことが出来るのか分からないとのことで、どういうものなのか、どうやったら出来るのかリオンに聞いても仕方ないとまで言われた。
そのよく分からない能力は、過去に一回しか使えなかったようなものもあり、それも一種類と見なすとどうやらリオンが出来ることは無数にあるのではないか? と、なかなかに恐ろしいことも言われている。
そして厄介なのが、魔力が一瞬爆発するように現れたらそのあと一瞬で収まってしまうように見えるため、並みの魔導師では彼女が持つ魔力を正しく感知することができない。ビートの推測だが、収まっているのではなく、魔力が別のものに変質しているためそう見えるのではないかと。その魔力を変質させる能力自体が《聖域の扉》である証なのでは?とも言っていた。
そして、セリードはとある結論に至る。
「オレには解明不可能だな」
あっさりと諦めて、リオンについては観察し、あとでビートに報告しようと決めたようだ。
今はリオンの特殊な能力ばかりに気を取られているわけにもいかない。
目下の関心事は他にあるために。
膠着状態とはまさにこういうことだろうとしみじみとリオンは思いながら一人でのんびり構えていた。
「魔物討伐は優先すべきだ、数を減らさないかぎりこの先一帯はどうにもならない」
マリオが頑として譲らない。
「審議会でも復興優先と決定したんです、従ってもらいますよ、その証明書を持ってジル達も来るはずですし」
セリードも頑として譲らない。
「お前の言うことはわかる。だが被害は広域だ、後からバノンとジルの隊が来たとしても復興と守護隊の建て直し、市民生活の再建に重点を置きすぎたら、魔物が出た時どうするんだ? 黙って見てろっていうのか?」
「だからこそ、南部一帯には余計な討伐をしないように、夜の外出を控えるように、魔物が出没しやすいところ、目撃情報があるところには立ち入らないよう緊急措置で条令を発令して伝達すべきことを最優先にするんです、そのために早馬をもつ隊員は三隊全てから出してビス市はもちろん周辺町村に」
「そんな流暢なこと言ってる暇はねえぞ、お前も見たろ、ここまでにどれだけ魔物に荒らされた痕跡があった? 確実にこの辺りは王都なんかより遥かに多い、しかも実際討伐したが強くなってるぞ」
「だから、余計な討伐は逆に逆撫でして魔物を呼んでいる可能性があるんです。出来る限り無視をして、立ち去るしかないんです。それに町の復興が進まないようでは、不安ばかり募ります、国政への不満へ繋がる可能性があるんですよ? それを無視するんですか? 復興最優先です、これは決定事項です」
こういうやり取りを私ともしたのよ、とティナがこそっと耳打ちしてきた。
マリオ・イフタフ。
かつてジェスター・アルファロスと共に、『ティルバの双剣』や『鉄壁の双砦』などと呼ばれた。若い頃から頭角を現し、ジェスターは領土を巡る国家間の小競り合いを含めた戦線での共闘には必ず彼の騎士団を指名したし、マリオも同様にジェスターの騎士団を指名するほどの信頼関係にあった。個人的な付き合いがあったかどうかを知るものはほとんどおらず、彼等の関係性を語れる者はいなかったが、それでも騎士として超一流の能力を持ち、そして団長としての頭脳明晰な彼は常に一目置かれてきた。
ただ、ジェスターの引退以降、彼はそれ以前について語ることもなかったし、親しくしていた騎士にもその心情を一切語らず距離を置いたため、彼は孤立を深めていったとされている。
その孤立は色々憶測させ、今ではあの悪い噂が絶えないブラインから寄付を受け取っていることや他の団長達から反感を買う言動も多くて、彼は落ちぶれたと囁く者もいる。
それでも彼はこの国の魔物被害に心から真剣に向き合う一人であり、魔物討伐こそが突破口だと疑わない方針は彼の立場を決して悪くすることはなく、変わり者、厄介者と憎まれ口を叩かれつつも頼られる人物の一人となっている。
妻のティナはどうやら魔物討伐優先の今までの騎士団のあり方にずっと疑問を持っていたようで、前の騎士団の団長に口出しはしなかったものの納得できずに退団し、夫であるマリオの隊に移って来たとキースが教えてくれた。キースはもちろん、最近は団員たちも他の隊での負傷者が増えていること、討伐しても減るどころか増える一方の状況で少なからずこのままで大丈夫なのだろうかと不安があったようだ。
ティナは魔物を討伐するだけでなく、もっと魔物について知識を増やさなくてはならないと、あらゆる方法を考えなくてはならないと説いてきたのに対し、夫のマリオは違う。
力こそ全て、殺られる前に殺る、攻撃こそ最大の防御、そんな価値観を貫いてきた彼にしてみれば、日々悪化していくこの国の現状はゆっくりと話し合っている暇などないのだ。いくら賢い妻の言うことだとしても、自分の中にもこれでいいのかと微かな疑問があったとしても考える暇なんてない、ただひたすら今は討伐するしかないのだという考えを捨てられずにいるのである。
それゆえの夫婦のケンカ、もとい対立である。
なるほど納得だ、この二人が意見が合わずずっと睨み合うのは必然か、とリオンが思うのも無理はない。
(でも、マリオさんがいうことも一理ある)
そう、復興ばかりしていられない。警護ばかりしていられない。討伐すら追い付かないほど増えた魔物から人を守るには、騎士団とそして地元を守る守護隊がやはりそれなりに討伐しなくてはならない。
凶暴化してゆく魔物はそれに比例して人や町にどんどん近づき襲う確立も高くなる。それが進んでしまえばもはや誰も止められない。復興の間に人がどんどん犠牲になるだけだ。
「君の意見は?」
「は?」
唐突にリュウシャが声をかけてきたのでびっくりしてリオンの声は裏返ってしまった。
「思ってること言ってごらん」
「えぇっと?」
「どうして、君が来たのかマリオ達に聞かせてあげなさい」
「リュウシャ様、でも今は。セリード様とマリオ団長の話し合いが」
「私とガイアが上皇から君のことを任された意味を皆が知るべきだ」
その言葉にざわついた。ティナも目を丸くしてリオンの顔を伺うように見つめる。
「上皇と関わりがあるってホントだったのね」
リオンはバツが悪そうに笑った。
《二十三年前の出来事》にはなるべく触れず、三人の男が背負った代償の話は一切せず、ミオからまだ知られない方がいいと言われた自分の中のひどく片寄った力についても濁しながら、言葉を慎重に選びながら話した。
自分でもまだ分からないことが有りすぎることを何度も踏まえながら、特殊な記憶が与えられていることから推測する魔物と聖獣には何かしらの関係があることを説明してゆく。
特に彼女は凶暴化した魔物を煽るような討伐はしてはいけないことを丁寧に説明した。
「とにかく、一度凶暴化したら止められないと覚悟してもいいくらです。もし討伐するのであれば‥‥その町を住人たちに捨てさせて、当面戻らないようにさせてからです。魔物は執着がひどく、一掃しても一体でも逃げ延びたものがいればなぜか戻ってきます。町の被害が大きい場合は、何度討伐しても恐らく元に戻すことは出来ないくらい、‥‥しかも、元凶となる極めて大きくて強い魔物がいたら、討伐自体無理ですが」
討伐自体無理。
その言葉がピンと来なかったらしい。マリオと他の団員が僅かにリオンに一瞬呆けた顔をしたから、不審の目を向けた。
今まで何度も、何体もの魔物を倒してきた騎士団にしてみればそんなことはあり得ないことに感じたのだろう。小さくフッと息を吐いて薄ら笑いをした者もいた。
「父を騎士廃業に追い込んだのはその魔物の同類です、といえば納得しますか?」
セリードの素っ気ないような言い方は、またピンと来なかったらしい。
「セリードその話はまだしなくていい」
ガイアが心配そうにするリオンに代わって セリードを止めようとしたが、セリードは首を振る。
「いずれ、気づく人も出てきます。あの事は特別なことではなくなってしまう前に、対峙する可能性があるのなら知っておくべきです」
そしてセリードは淡々とした表情で父から聞いたあの日の出来事を話し始めた。
右に出るものはいないとまで言われた天才騎士を廃業させた存在。恐怖の黒い巨大な存在の圧倒的な力。町一つを飲み込んだ黒い凄惨な光景。何事もなかったように、一瞬で全て失われ、そして消えた事実。
「正確には、何とか一振り剣を当てられたそうです。でも傷どころか、乾いた布で撫でるような手ごたえしかなかったと。そして父はその魔物がたった一度、一振りした長い尾に叩かれただけです。その一振りで、上皇は事実上政権から退きクロード様は片腕を失い、そして父が騎士廃業です。他の騎士と魔導師は、近づくことすら出来ず亡くなったそうです。意味がわかりますか? たかが騎士団一つでは、無駄死にするだけなんです。たとえ‥‥騎士団全隊が揃っても傷一つつけるのもほぼ不可能な存在だとオレは思いますよ」
沈黙が続いた。リオンが何か話すべきかと考えている時間が出来るくらいの沈黙だった。
「この話しは」
ガイアだった。
「また明日早朝からとする。マリオ、一晩考えてくれ。我々のすべきことは何なのかリオンの話から自分なりに答えを出してもらえないか?それに、妊婦の夜更かしは良くないだろう、ゆっくり休ませてやるといい」




